※"甘えん坊ダーリン"に繋げても読めます。
▼ごろり、口に広がるは苦味の強い甘さ控えめな、チョコレートの味。それは舌で転がす度に、溶けて薄れていった。
同時に残ったのは、チョコレート特有の舌に残る甘い後味。
そしてまたもう一つ、俺は四角いチョコレートを口に放り込んだ。
▼バレンタインも終わり、もう日付が変わる頃。俺は一人、ソファーに大量に座っているチョコレートたちの傍らで、そいつらを仕方なく一つ一つと食していく。
今日は塑琉奈の姿はない。まあ…前日にあんな我が儘を言っちまったんだ。流石に今日は来なくても文句は言えねぇか。
「…どうせ今頃、始末書でも書いてんだろ」
そう今はいない彼女のことを思いながら、また一つ、ラッピングされてある箱を手に取った。
▼こういう行事も、昔っからアイツにちゃんと貰っていたな。
俺が小さい頃も、親父との確執があった時も、荒れた頃も…
そういや…ちゃんと塑琉奈は忘れずに渡してきてたよな…
今度はビターじゃない、ミルクチョコレートを挟んだクッキー。それをガシッとひと噛みしてから、ふと昔を思い出してみる。
『ラクサスー!ハッピーバレンタイン!』
『わっ、ありがとう塑琉奈ー!』
大好きだよ、ラクサスっと笑顔でそう言ってくれた小さな彼女。それを純粋に喜んで、嬉しかった自分。
それが脳裏に流れると、不意に口角も上がる
「(…あの時は、あんまり甘いもん…苦手じゃなかったんだけどな。)」
それから、また一年、一年経って…、小さい頃はちゃんとお返しもしなかった俺が、やっと塑琉奈に三倍返し出来るようになって…
そして、俺は……あいつを護りたいが為に強さを求めるようになって。ギルドも、家も、空けることが当たり前になった…
▼「…くそ、」
今思えば、馬鹿なことをしちまった、と後悔の念が俺の背中に掛かる。
そして改めて思い出してから気付いたことに、ああ…っと舌打ちが漏れた
『ハッピーバレンタイン!ラクサス!お仕事いつもお疲れ様!』
そうやって、仕事積めの俺が家に帰ってきた時にあったカード。そしてチョコレートの箱。
中身はちゃんと俺の好みを理解したビターチョコレートとウィスキーボンボン。
そうだ、俺はあれから…塑琉奈から直接貰うことは無くなったんだ。いや…俺が、そうさせたんだ…。
▼『おっ、ラクサス帰ってきたんか!おかえりー』
『おう。』
置かれたチョコレートをすぐ食べて秘密の場所に行けば、案の定、アイツはいて
『…美味かった』
『えっ、あー…!なら良かった!』
今思えば、ずっと塑琉奈はちゃんと此処に来るのを、毎日欠かさず来るのを、分かってたくせに。
…どうして当日も、俺を待っていたということまで、考えてやれなかったんだろう
『今年の三倍返しはなにかなー?』
『あ?…どうだかな』
『食べ物がいいな』
『お前はいつも食い意地張ってんな』
ああくそ、塑琉奈も塑琉奈だ。
渡してぇなら渡してぇって、素直に言ってくれればいいのによ。
変な意地ばかり張りやがって。
▼「……。」
思い出してから、甘いような…それでいて後味の悪い苦味とゴロッとした固体が自分の心境に落ちていく。まるで少し焦げたチョコレートのように。
やってしまった、と頭をガシガシと掻き、はぁー…っと深く息を吸い込む。そして俺はソファーの上にあるチョコレートたちではない、テーブルの上にある、箱を目にやった。
それは…毎年変わらない、塑琉奈が俺に渡すチョコレート。
それに無意識に手を伸ばしてる自分がいた。
「…うめぇ」
箱を開けて、一つだけを口に放り込み、ゆっくりと、味わうようにそのチョコレートの味を噛み締める。
その味も、毎年変わらない。苦味強く甘さ控えめな、俺に確実に合わせたチョコレート。
「…悪い、塑琉奈」
舌にチョコレートが絡む度、味が広がる度に、まるで侵されたように辛気臭い自分の、焦げた感情も気分も、全てその味に書き換えられる。
そして、溶けきったそれを名残惜しく記憶に残しながら、俺は目を拭った
(どれだけ俺は、お前を待たせてしまったんだろう)
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