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見た瞬間、全身に鳥肌が立った。
呼吸の仕方も忘れそうになるほど目が離すことが出来なかった。
その圧倒的な才能と存在感は今まで見たどんな選手よりも誰よりも光り輝いて…それが1人いるだけでも凄いというのに、4人もいるのだから益々驚かされる。
『凄い…』
思わずそう声が出ていた。
“彼ら”の力はとてもそんな言葉では言い表せないというのに──
青峰君はまさに型にはまらない、変幻自在と言うのがしっくりくる。スピードの緩急の付け方に加えてとても普通なら入らないような体勢や位置でシュートを撃っているのに入ってしまうのが不思議で仕方ない。
それに対して緑間君は正統派のシューターだけど、だから普通というわけではない。シュートフォームを崩されない限り、ほとんど外れないシュート。自分もアウトサイドシュートが得意だったからこそ分かるその成功率に息を呑む。
背の高い人が多いバスケ部の中でも一際大きいのは紫原君。1年生にして既に180後半のその恵まれた体格を活かしたディフェンスだけではなく、パワーもあるからオフェンスも上手い。
そして、赤司君。背は4人の中で一番小柄だけど技術は全く劣っていない。動きの1つ1つが洗練されているし、何というのか…とても年下とは思えないカリスマ性みたいな雰囲気がある。冷静な判断と広い視野でゲームメイクは群を抜いている。
4人それぞが持つ圧倒的な才能。“天才”という言葉に何も違和感はない。
彼らがこれからチームメイトになるのかと思えばとても心強いと思った一方…同時に感じたのは、脅威。
そして多分それを感じたのはきっと私だけじゃない。
* * * * *
『へえーさつきちゃんは青峰君と幼馴染なんだ。あ、だからマネージャーに?』
「まあそんな感じです。昔から大ちゃ…青峰君がバスケしてるの見てたので」
柔らかく笑うさつきちゃんは本当に可愛い美人さんだ。
昨日から選手と同じくマネージャー希望の子達も入部して、さつきちゃんはその中の1人。まずは業務内容を覚えてもらうために上級生がついて教えることになっている。
今は2人でドリンクボトルを洗いながらお喋りに花を咲かせている。
「名前先輩はどうしてマネージャーになったんですか?」
『私?私はね…約束したからかな』
「約束ですか?」
『そう、日本一になるってね』
そう声に出して隣のさつきちゃんに笑いかけると、いい約束ですねと笑い返してくれる。本当に良い子だ。
「でもそんな約束するのって選手の人ですよね?もしかして彼氏さんですか!?」
『え、いや、違う!違うよ!』
目を輝かせるさつきちゃんに私は慌てて首を横に振って否定するものの、本当ですかー?とさらに追及される。い、意外とぐいぐい来る子でもあるみたいだ…。
『彼氏とかそういうのじゃないけど、でもそうだなあ…救世主って感じかな』
迷って悩んでいた私に手を差し伸べて導いてくれた。あの日、私の夢を叶えてくれると言ってくれたのにどれだけ救われたか…本人は知らないだろうけど。
「信頼してるんですね」
『うん、凄く頼りになる。だから少しでも力になりたいし、自分ももっと頑張らなきゃって思う』
全国優勝しようねと続ければ、はい!と勢いのある返事に頬が緩んだ。
私の夢は私の夢でもあるけど、ここにいるみんなの夢でもある。目指す所はみんな、選手もマネージャーも同じ。それが本当に嬉しくて仕方ない。
それから次にボトルにドリンクを入れようと水道から給湯室へ移動して早速作り始めた…のは良かったのだけれど…
「先輩!できたんですけど、味これで大丈夫ですか?」
『どれどれー…………』
舐めた瞬間言葉を失った。その味は何とも形容できないもので…ただ確かなのは美味しいとは言い難かった。粉と水だけで作ったはずなのに甘いのか酸っぱいのか苦いのか分からない…。
『さつきちゃん、粉以外に何か入れた…?』
「?入れてませんけど…?」
『そ、そっかあ…』
首を傾げるさつきちゃんに私は苦笑いでそう言うことしかできない。他に何も入れてないのにどうしてこんなことに…。
(もしかして料理苦手とかなのかな?いや、でも初めてだからかもしれないし…)
『きょ、今日はとりあえず私が作ったの配るけど、また今度お願いするね』
「はい!」
考えた結果さつきちゃんのドリンクはまた明日作ってみることにして、作り終えたドリンクを運んで体育館に入ると丁度タイミング良く休憩に入ったらしく2人でみんなに配っていく。
配り終えたところでみんなに行き渡っているか確認しようと周りを見ると体育館の隅に何かが置いてあるのに気付いた。何だろうと思い近づいてみるとそこにあったのは──
『フクロウ……?』
ポツンと置いてあったのはフクロウの置物で、しかも割りと大きい。体育館にあるには違和感がありすぎるそれを見つめながら、そういえばここ数日不思議なものが置いてあるのを思い出した。確か、昨日は収納ケースで、一昨日がパレットがこの辺りに置いてあった。
最初は忘れ物なのかと思っていたけど、体育館を閉める時にはいつの間にかなくなっていたのでそれほど気に留めていなかったけどよくよく考えればそれはつまり部員の誰かのものということだろうか。
なら一体誰のものかと思ったその時。
「それは俺のです」
『え?』
顔を上げると真顔の緑間君と目が合う。というか間近で見ると凄く綺麗な整った顔だ…睫毛が長くて羨ましい。
『これ、緑間君のなの?』
「はい。今日のラッキーアイテムです」
『…ラッキーアイテム?』
「おは朝占いの今日の蟹座のラッキーアイテムはフクロウの置物です」
淡々と伝えられた言葉は単純なはずなのに脳内はかなり混乱を極めている。おは朝占いとはあのおは朝占いのことだろうか。あのいつも私が毎朝流れで見ている、その謎過ぎるラッキーアイテムに内心突っ込みを入れている、あの。
『えーっと、もしかして最近置いてあった収納ケースとかパレットも…』
「それは昨日と一昨日のラッキーアイテムです」
ちなみに明日はサボテンですと続ける緑間君に、なるほどここ最近の置いてあったものは彼の私物という名のラッキーアイテムだということがよく分かった。まさか本当に毎日あの突飛なラッキーアイテムを律儀に持ち歩いている人がいるとは…おは朝も本望ではないだろうか。
『でも毎日持ってくるのって大変じゃない?』
「確かにおは朝占いのラッキーアイテムは法則性がないので入手するのに苦労する時もありますが、これも人事を尽くすためです」
話によると緑間君は人事を尽くして天命を待つというのが座右の銘で、万全を尽くすことによってそれに見合った結果が付いて来るのでおは朝のラッキーアイテムもその為の1つなのだとか…。
どうやら緑間君は運命論者らしい。
「名前ちんー」
『…紫原君、その呼び方はやめて』
緑間君と話していたところに私を呼んだ声にそう注意するのはもう既に何回目だろうか。
「えーダメ?かわいいからよくない?」
『よくない?って…一応私先輩なんだけど』
「知ってるよー?」
気にした様子もなくそう言う紫原君に、思わずふうと息を零す。何と言うか…体は大きいのに中身は完全に子供だ。この前まで小学生だったことを踏まえてもそれ以上に幼い気がする。
「紫原、先輩に失礼なのだよ」
「えー」
『いや、もういいよ…緑間君もありがとう』
ならばもうこれはこちらが大人になるしかないと早めに諦めた方が良さそうだ。改善されないことを注意し続けてはこちらも疲れてしまう。
『そういえば私に何か用?』
「ああ、そうそう〜あのねー峰ちんが倒れたの」
『!?そういうことはもっと早く言って!』
慌てて青峰君を探せば仰向けになって倒れているのを見つけて、すぐに駆け寄る。
「…ああー…死ぬかと思った……」
『青峰君大丈夫っ!?』
意識があることに安心したものの、顔は真っ青でかなりげっそりとしている。身体を起こしてから何があったのかと尋ねる。
「さつきから渡されたドリンク飲んだら…意識が遠のいて…」
『ドリンクを飲んで…?』
ドリンクを飲んでどうしてそんなことになったのか。もしかして分量を間違えた…でも他のみんなは何ともなさそうだし…。
一体どうして青峰君だけがと思った直後、その疑問はすぐに解決された。
「あ、大ちゃん!ドリンクどうだった?」
「…どうだったも何も気失った」
「えー!折角大ちゃんのは私が作ったのにー」
さつきちゃんの一言に思わず「え…」と私と青峰君は声を揃えた。
『…青峰君のドリンクさつきちゃんが作ったのなの?』
「はい、1つ足りなかったので大ちゃんには私が作ったのを渡しました」
『そ、そっかぁ…』
本日二度目の苦笑い。というかそうか、青峰君あれを一気に飲んだから…。
味見で一口飲んだ私さえも絶句する味だったのを考えると、さつきちゃんには悪いと思いながらも倒れるのは納得できる。
「テメェさつきっ!俺を殺すつもりか!?」
「何それ酷い!そんなわけないでしょっ!」
「酷いのはお前の料理の腕だろ!」
『まあまあ2人とも落ち着いて…』
何とか2人を宥めようとするものの、幼馴染だという2人の間に昨日今日会ったばかりの私が割って入るのは中々難しい。
私も真君と幼馴染だけど、さつきちゃん達みたいにこういう口喧嘩することはほとんどなかったから参考にならないし。
(私達の場合は急に真君が機嫌が悪くなったりで、それはそれで大変だったけど…)
理由もよく分からないまま拗ねる真君に私は機嫌を直してもらおうと必死になったりした。昴にはよく放っておけばいいのにと言われたけどそういうわけにもいかない。
それが幼馴染というものだ。
「名前さん!コイツにはもう絶対にドリンク作りさせないでくれ!」
「何で大ちゃんが決めるのよっ!」
…まあとりあえずはこれをどうにかしなければ。
大変だと思う半面、どこか楽しいのはきっと──後輩が可愛く思えるからだ。
* * * * *
「体育館の戸締り終わったぞ」
『ごめんね、ありがとう。こっちはもう少しかかりそうだから先に…』
「帰んねーよ」
そのまま向かいの椅子を引いて座る虹村君に、ありがとうとお礼を言う。
あの日から虹村君とはすっかり一緒に帰るのが習慣になってしまった。本当は遠回りしてまで送ってもらうのは申し訳ないと思うけど、言っても今みたいに返されてしまうので甘えてしまっている。
それなら早く部誌を書き終えようとペンを走らせると。
「…1年の4人、どう思った?」
突然投げかけられたその質問はいつになく真剣な声で、動かしていた手を思わず止めた。
顔を上げるとそこには声と同様に真面目な顔をした虹村君。射抜くような目に捕らえられたような、そんな錯覚をしそうになる。
『…4人とも凄く上手いと思う。個々に違う、それぞれの強さを持っている』
「……」
『でもまだ完成されてるわけじゃない。だから…』
不自然に切ってしまったのは、後に続けようとした言葉を言うべきかどうか迷ったから。
完成していないということは、言い換えればまだ発展途上中といこと。つまり、いつか彼らの潜在能力は必ず開花する時が来る。
そうなった場合、その才能を前に彼ら以外に太刀打ちできる人間はいるだろうか。絶対勝利主義を理念とする部がどういう判断をするか。
答えは分かりきっている。
「お前の言いたい事、多分俺が思ってる事と同じだな」
眉を下げて笑いながらそう言った虹村君に、彼も気付いてるのだと分かった。お互い、言葉には直接出さないけど確かに同じことを思っている。
それだけ彼らの才能が凄まじいということだ。
「まあ腹括っとくに越したことはねーけど…そう簡単に譲る気も更々ねえよ」
『…そうだね』
彼のこの強さは本当にどこから来るのだろうか。こういう所も虹村君を信頼できる理由の1つだ。
「にしてもアイツらかなり癖強いよなァ」
『確かに。今日だけでそれ凄い思った』
「そういえば休憩ン時騒がしかったよな。何してたんだ?」
『実はね…』
それから今日起きたことを話すと「桃井のドリンクどんだけだよ…」と少し顔を引き攣らせたのに思わず笑ってしまった。
「まあ向き不向きは誰にでもあるからな」
『ちなみに虹村君の苦手なことは?』
「ああー…手加減?」
気まずそうに頭を掻くのがおかしくて声を出して笑うと、不服そうに唇を尖らせるのだからまた面白い。
「…笑いすぎだろ」
『ごめんごめん』
謝りながらもやっぱり少しおかしくて笑ってしまう。そんな私を見てはあーっと息を吐く虹村君、どうやら呆れられてしまったようだ。
「ま、俺達で出来る限りのことはしてやろうぜ」
『うん。でも私は虹村君達のサポートもするからね』
「…サンキュ」
“その時”がいつなのかは私にも虹村君にも勿論分からない。だけど、間違いなくその日は来る。
その後どうなるかも大体の予想はついている。
それでもやることは変わらない。
日本一になる、ただそのために。
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