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『…雨、か…』


会場に向かいながら降りしきる雨に思わずそんなことを呟く。そういえばIH予選の日も酷い雨が降っていたのを思い出す。

運命なのか宿命なのか…どこまでも彼らの気分を高めさせようと神様はしているのかもしれない。

WC予選決勝リーグ、第2戦――今日はいよいよ秀徳にとっては待ちに待った、誠凛とのリベンジマッチ。

夏合宿で誠凛とは合同練習になって試合も何度かして、秀徳は全部の試合に勝った。

でも、それはあくまで練習に過ぎない。重要なのは公式戦での勝利――王者としての絶対的なプライドを前に同じ相手に負けることは許されない。

そして何より、両校共に1勝同士。勝てばWC出場がほぼ決まり、負ければそれは大きく遠のく大一番。

どちらもIHには行けなかった…だからこそWCまで逃すわけには絶対にいかない。全員本気で挑んでくる。


(前なら、どっちが勝ってもいいと思ってたけど、やっぱり今は…)


脳裏に思い浮かぶのはバスケ部のみんなの顔。

辛い練習に耐える顔も青筋立てて怒った顔、困った顔、悔しそうな顔…色々な表情を見たけど、やっぱり私が一番見たいのは――勝利に喜ぶ笑顔。


(だから――勝ってほしい、秀徳に、みんなに)


そんな私の願いと共に、秀徳対誠凛戦、両校様々な思いを抱えた試合の火蓋が今、切られようとしていた。



* * * * *



会場に着いて適当な席に座って暫くすれば、選手のみんなが入場してきた。

それと同時に盛り上がる場内の観客達…流石に今大会最注目カードなだけのことはある。


(…というかここから見えるだけだけど…)


殺気立っているとでも形容するべきなのか、私の目に映る緑間君は少なくとも今までに見たことがない彼だった。それだけ、この試合を意識しているということ。

前回の誠凛との戦いで、緑間君は初めて負けた。

言葉にすると凄く軽く思えるけど、実際はそんなはずがあるわけない。

キセキの世代は…文字通り無敵だった。帝光バスケ部という組織自体が常勝を理念としていたけど、それでもやっぱり彼らは強すぎた。敗北なんて言葉は彼らには無関係だった。

だからこそ、初めて味わった敗北というものが緑間君に与えた影響は私の想像を遥かに上回るくらい大きかったのか…

そこにあるのは勝利への渇望だけ。

そして、火神君という好敵手を倒すこと。

今の緑間君からはそれが十分なくらい伝わってきた。

高尾君や先輩達も、もう誠凛を格下とは思っていない。

当然、誠凛の方も簡単に勝てるとは思っていないはず。

この試合…両方共、今ある力の全てをかける――


「それではこれよりWC予選決勝リーグ第2試合、誠凛高校対秀徳高校の試合を始めます…礼!!」

「「「よろしくお願いします!!」」」


互いに礼をすればすぐにジャンプボール。センターサークルの中には秀徳が大坪先輩、誠凛が木吉君…東京屈指のC2人のジャンパー対決。

審判がボールを高く宙に放つ――始まった。

ジャンプボールはほぼ互角。最初にボールを取ったのは…誠凛の伊月君だ。

でもそれはすぐに高尾君によって弾かれ、木村先輩の手にボールが渡る。

ゴール下には大坪先輩だけで他は誰もいない。先制点は秀徳か、誰もがそう思い木村先輩がパスを出そうとした瞬間――ブロックされた、勿論それをしたのは…黒子君。

だけどそのボールは緑間君が拾い、すぐにシュート体勢へ…でも、火神君のあのスーパージャンプで阻まれてしまう。

始まってまだ数十秒なのにこの気迫…息つく暇なんてない。加えて…


確実に高くなっている、火神君の跳躍が。僅かと言われればそれまでだけど、元々あれほどの高さだったのを更に…。

緑間君との相性は悪いと言わざるを得ない、けど


(このままなわけないよね)


その後も緑間君のシュートを火神君がブロックするという繰り返し。連続ブロックに観客席は驚きや賞賛の声で溢れているけど…たぶんリコや当の火神君は気付いている、この違和感に。

普通の人なら負けた相手と再戦する時に新技なり何なりを身につけた上で戦うことが多い。でも、今の緑間君は前とほとんど変化がない。

それは相手方からすれば拍子抜けとまでは言わないけど、妙な戸惑いを覚える。

緑間君が夏休みから取り組んでいたもの――それは体力アップの基礎トレーニング。

一見すれば、それは地味だし軽んじられることが多いけど、実際どんなスポーツでも最後は体力勝負になる展開は少なくはない。それに…緑間君のあの超長距離3Pシュートに段数制限があるように、火神君の方も飛べる数には限りがある。

どっちが先に限界が来るか…この試合はおそらくそれが肝心になってくる。



そのまま2人の攻防を中心に試合は進み第2Qが始まって16対23でリードしているのは誠凛だけど…たぶん秀徳の方が実際有利かもしれない。

体力の消耗が激しいのは火神君だ。高尾君の鷹の目で黒子君のミスディレクションも封じている。点差以上に内容が秀徳の方が良い。

それに、ここにきてフェイクも入れてきた緑間君にいよいよ分が悪くなるのは火神君だ。

フェイクかシュートか一瞬で判断するのはかなり難しい。それにあのスパージャンプは確かに凄いし、夏合宿からの走り込みで鍛えていたとしても、何度も跳べば負担は大きい。

火神君のブロックをフェイクでかわし、再びシュートモーションに入る緑間君。

それをフォローに来た木吉君。ブロックされたと誰もが思ったその時、それは起きた。


『っ…!?』


息を飲んだとか驚いたとかそんなレベルの話じゃない。信じられない。

“あの”緑間君がパスを出した。

完全に意表を突かれた誠凛はディフェンスが間に合わず、パスは宮地先輩、大坪先輩へと繋がりゴールが決まる。


…それにしても、

青峰君がそうであったように、キセキの世代の、才能を開花させた後の彼らには必要最低限でしかパスと言う選択肢はない。

それはパスを出すまでもなく自分がシュートを決めるのが最善であり最良であったから。何より自身の持つプライドがそうさせていた。

それにも関わらず今、パスを出したということは…


(秀徳が、本当の意味での1つのチームになったんだ…。スタンドプレーじゃなくてチームプレーに、チームのために緑間君が…)


極端な言い方だけど囮のような役割を緑間君が買って出た。

前の彼ではそんなことは考えもしなかったことだったのに…変わったのか、変えられたのか。どちらにしても今の方がずっといい。


「強え…」

「こんなのどうやって止めればいいんだ…」


そんな声が観客席から聞こえてくるけど、忘れてはいないだろうか。

前回との最大の違い――誠凛には無冠の五将“鉄心”木吉鉄平がいる。

木吉君はポジションはCだけど、PGとしてのパスセンスにも相当長けている。それこそパスを出せるある意味異色のCだ。

そんな彼の加入はインサイドの強化だけに留まるわけがない。

誠凛は攻撃型チームバスケットをスタイルとしたチーム。それも都内でも屈指のスピードでパス回しをしている。

パスを出せる木吉君がいることによって伊月君と一緒にパスを回せるからそのスピードはより速くなる。IH予選の時よりも圧倒的にそれはわかる。

ラン&ガンでどんどん攻めてくるのが今の誠凛バスケ部の強さということだ。

どちらも気を抜いてはそれが命取りになる。それだけ力が拮抗している。

第2Qも残り数秒のところで緑間君の超長距離3Pシュートが決まり、すぐにブザーが鳴った。

良い所でインターバルに入るから客席からも焦らされる所為か異常な盛り上がりや熱気で包まれている。


(私も何だか熱くなってきたし、飲み物でも買いに行こうかな…)


そう思い席を立って後ろを振り向けば…目に入ったのは黄色頭と桃色頭。

あ、これは気付かれたらまずい。

本能的にそう思った私は彼らに見つからないように出入口に向かったのだけど…


「あ!名前センパイー!!!」

「えっ!?名前先輩!?」

『……』


私の願いは通じずに見事黄瀬君に発見されてしまった。…どうして黄瀬君はいつも目敏く私を見つけるのだろうか。


『黄瀬君にさつきちゃ…』


ここまではっきりと声が耳に入っているのに無視はとてもじゃないけど出来ない。

そう思った言葉途中――


「名前先輩…!」

『わっ!』

「桃っち…!?」


飛びついてきたさつきちゃんに驚く私と黄瀬君…私の方が背が高くて良かった。でなきゃたぶん支えきれていない。


『さつきちゃんも黄瀬君も、急に突進する癖は直した方がいいね』

「名前先輩…!名前先輩!」


困ったような口調になる反面、しがみついて私の名前を呼び続ける後輩に相変わらず可愛いなと思ってしまう自分もいるわけで。

これが中学時代の直属の後輩――桃井さつきとのおよそ1年ぶりの再会だった。



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