30
地獄のような合宿も昨日で遂に終わり、今日は帰るだけ…と思っていた。
『えっ、海?』
「はい!海っす!」
目の前で満面の笑みを浮かべる高尾君はとても楽しそうで、それに引き換えて私はというと…戸惑っていた。
『いや、海って…そんな遊ぶ体力みんなもう無いんじゃ…』
「それはそれ、これはこれですよ名前さん!遊ぶ体力は別なんすよ!」
『ええー…』
「ごちゃごちゃ言ってねーで行くぞ苗字!」
『裕也君まで…』
そのまま腕を引かれてしまえばどうにも出来ない訳で。
男子高校生の…いや、バスケ部の体力恐るべし…。
半ば諦めて流れに身を任せることにした私はそのまま海へと向かった。
* * * * *
「やっほーい!!!真ちゃんも早く!!!」
「うっせーぞ高尾!」
いつも以上にテンションが高くはしゃぐ高尾君に、それに怒る裕也君。
緑間君はといえば入念に日焼け止めを塗っていて、その行動が彼らしくて少し笑ってしまう。
どうやら私以外はみんな水着を持って来ていたらしく(後から聞いた話だとこれもバスケ部の伝統だったらしい)各々自由に過ごしている。
水着を持っていない私は海に入る訳にもいかないので、そんなみんなを眺めている。
男の子って本当に楽しそう…。
そんな事をぼんやり思っていると
『ひゃっ…冷たっ!?』
突然頬に冷たい感触。
吃驚して見るとそこにいたのは――缶ジュースを持った宮地先輩だった。
「ボーっとしてたら熱中症なるぞ苗字、これ飲め」
『あっ、じゃあお金…』
「後輩は黙って奢られとけ。それに女から金取る訳にいかねーしな」
『すみません…ありがとうございます!』
缶ジュースを受け取ると満足気な顔をした先輩はそのまま私の隣へと腰をかけた。
『先輩は泳ぎに行かないんですか?』
「ああ、俺は別に。つーか今行ったら高尾がウゼェ。お前は?」
『私はそもそも水着持って来てないので。足くらいなら大丈夫だと思うんですけどね』
「…じゃあそれ飲み終わったら行くぞ!」
そう言いながら優しげな笑顔で私の頭をポンと撫でる先輩はとても…彼に似ていた。
脳裏に浮かぶ彼の…いつも私を救ってくれたあの笑顔…
「オイ、大丈夫か苗字?」
『あ、はい!大丈夫です』
慌てて意識を戻しそう言ったものの、先輩はどこかまだ心配そうな目で私を見る。
前にも思ったけど宮地先輩って結構心配性じゃないかな…。
『少し考え事してただけですから何ともないです』
「そうか…ほら、早く飲んで行くぞって…危ねえ…!」
そう叫んだ先輩に私は突然肩を抱き寄せられた。
思考が追いつかない中、見えたのはビーチボールを打ち返す先輩で。
今、何が起きたの…?
「てめぇ何しやがんだ裕也っ!?」
『先輩大丈夫ですか!?』
目に入るのは転がっていくビーチボールで。
どうやら私達の方に飛んできたそれを宮地先輩がぶつかるすんでのところで回避してくれたらしい。
今の当たってたら絶対に痛い…。
「ああ゛?何しやがんだはこっちの台詞だっ!兄貴こそ油断も隙もねぇ…」
「だからってボール投げる奴がいるか!苗字に当たってたらどうするんだ!?」
「そんな事する訳ねぇだろっ!兄貴目掛けて投げてんだからな」
「てめぇ…絶対殺す」
『…2人とも落ち着いて下さい』
このまま放っておいたら確実に殴り合いの喧嘩になる。そうなる前に止めなければ。
『先輩も裕也君も、後輩達もいるんですから喧嘩なんてしたら先輩として示しが付きません』
「「……」」
『それに、理由はよく分かりませんけどボールを投げるのも殺すなんて言うのもお互いに良くないです。折角2人だけの兄弟なんですから仲良くして下さい』
「「……」」
『返事は?』
「「…はい」」
『それじゃあ…海行きましょう!』
どこかまだ不服そうな2人の手を引っ張って海の方へと走り出す。
急な私の行動に目を丸くする2人。
波打ち際ギリギリまでそのまま駆け込み、そして――私は急停止した。
当然いきなり立ち止まった私に対して宮地先輩も裕也君も同じことが出来る訳もなく…2人はそのまま海へとダイブしていった。
バシャーンという音と水飛沫が2人分。
『やったー!大成功!』
「ブフォwww名前さん何してんすかwww」
「名前さん…あなたという人は…」
お腹を抱えて大爆笑している高尾君に対して唖然としている緑間君。うん、中々上出来。
「てめぇ苗字…」
「いい度胸じゃねぇか…」
『頭冷えましたか?あと、女は度胸と愛嬌どっちも必要です』
「名前さん最高wwwああーマジ腹痛えww」
私の至極真面目な返事に高尾君はさらに笑い転げている。…若干呼吸出来てるのか心配だ。
それを見て益々不機嫌になっていく宮地兄弟。あ、高尾君そろそろその辺にしないと…
「まあ、とりあえず裕也」
「ああ、分かってる兄貴」
「「高尾を潰す」」
「ちょっ!何でそうなるんすか!?」
ああー…やっぱりそうなっちゃうのね。
逃げる高尾君を追いかける宮地先輩と裕也君…3人の姿を見ていると
「全く…あなたのそういう悪い癖は直すべきだと思います」
『そう?でも面白いでしょ?』
呆れた様子の緑間君にそう問えば溜息を吐かれる。そんなあからさまに…。
「…昔も同じことをしていましたね」
『え?…ああ!そういえばハワイでもやったね。懐かしいなあー…』
「あの時は今より大変でしたが…」
『そうだねえー…でもそこが面白いんだけどね』
そもそも私がイタズラをするようになったのは、彼にされたそれをやり返すためだったからなんだけどね。
だから、彼が怒るのは少し変な話なんだけど…まあ宥めてくれた赤司君や二次被害者の黄瀬君と青峰君には申し訳なかったけど。
それでも…あの時のみんなには楽しそうな笑顔があった。
『またみんなで集まれたらいいね』
「…そうですね」
この願いが叶うかどうかなんて分からない。
でも、もし叶うなら私はもう一度あのみんなが見たい。
私だけじゃない、きっと黒子君もさつきちゃんも同じことを思っているはず。
だから…
「オーイ緑間、苗字!すいか割りやるぞ!」
大坪先輩に呼ばれて見ると、いつの間にかみんな集まっていたらしい(高尾君と宮地兄弟は最早放置されている…)
『はい!今行きますー緑間君行こう!』
「はい。人事を尽くして割ります」
『…本当に何でも人事を尽くすんだね』
こういうの興味なさそうに見えて結構気合入ってるんだよね…負けず嫌いだからか。
それからみんなのいる方へと私達は向かった。
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