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13



ハーフタイムに入り帰ろうとする人や野次る観客も少なくないなか、隣にいる黄瀬君はそれを歯痒そうに見つめている。


「っも〜…根性見せろよ誠凛!」

「見せてるよバカ。あんだけ力の差見せつけられて、まだギリギリでもテンション繋いでんだ。むしろ褒めるぜ」

『普通のチームだったらもうとっくに心折れてますからね…凄いですよ誠凛』


並のチームだったら前半でこれだけの差がついたら既に諦めていてもおかしくはないだろう。だけど彼らは落ち込んではいるものの、きっとまだ誰も諦めてはいない。

それに対して、秀徳はまだ余裕すら感じられる。選手の厚さを考えてもそれは仕方ないことではある。
しかし、王者はそれで手を止めることは決してないだろう。つまりは、止めを刺しにくる。


黄瀬君は不満気に椅子に座り直すと、その弾みに彼のポケットから音楽プレイヤーが落ちた。それを拾い上げると、聞こえてきたのは、


『おは朝占い…?』

「…水瓶座のあなたは今日はおとなしく過ごしましょう。1位の蟹座のあなたは絶好調!!ラッキーアイテム、狸の信楽焼きを持てば向かう所敵なし!!」

『あらら…黒子君って確か水瓶座だったよね?』

「そうなんっスよ…それで緑間っちは絶好調…」

「お前ら…何でそんな占い気にしてんだよ」

『笠松さん、おは朝を侮ってはいけないんですよ。殊、緑間君に至ってはこれは最重要事項なんです』

「マジかよ…」


まあ笠松さんが引くのも無理はない。緑間君と関わったことのある人ならきっと誰もが通る道だ。正直、私も未だにあの占いにどれほどの効果があるのかは疑問だけど。


「あ、戻ってきたっスよ」

『あれ?彼、さっきと何だか…』

「彼?…ああ火神っちスか!確かに雰囲気違うっスねー」


今更だけど、あの緋色君の名前は火神君と言うらしい。彼の纏ってる雰囲気は直感的にだけどたぶん良くない。


「あれ…?黒子っちベンチスか?」

「まあ…高尾がいる限りはしょーがねーだろ…。にしても無策っつーか…」

『突破口を探してるって感じですかね、まだ』


それにしてもやっぱり気になるのはあの火神君だ。点差にただ焦っているという風にも見えないけど。

そして変化は起き始めた――緑間君の撃ったシュートを火神君がとめた。

大坪先輩のリバウンドによってそれは結局決められてしまったけど十分過ぎる変化。

その後、遂に火神君は完全に緑間君のボールを叩き落した。というか……段々ジャンプの到達点が高くなってる?


『黄瀬君、練習試合の時も彼、あんなに高く跳んでいたの?』

「…片鱗はあったっスね」


なるほど、これが彼の才能ということか。

それにしても今の彼のプレーは目に余る。チームプレーを二の次にした完全な独りよがりのスタンドプレー。これじゃあまるで……変わらない。


第3Q終了のブザーが鳴りインターバルに入ると誠凛のベンチがもめていた。

きっと黒子君も私と同じことを思ったのだろう…まあさすがに火神君を殴ったのは意外だったけど。

でも彼が怒るのは当然だ。今の火神君のプレーは黒子君が理想とするバスケとは真逆の……キセキの世代のバスケそのものだったから。よしとするはずがない。

だけど、どうやら火神君の頭は冷えたようだ。ここから見る限りだけど、元の雰囲気に戻っている。


第4Qになり、先程ベンチだった黒子君が再びコートに立つ。


「黒子っち、でてきたっスね」

『何か策があるのかも』


おそらくだけどあれだけの跳躍を乱発してた火神君はもうそう多くは跳べないはず。緑間君のシュートを全て防ぐのは不可能だろう。

だからこの局面での黒子君の投入には何か意味があるはずだ。

開始直後、火神君が再び緑間君をあのスーパージャンプで叩き落とす。…それにしても高校生の跳躍じゃないよこれ。

そして黒子君も――遂に高尾君のマークを外した。加えて彼が出したのは、


『イグナイトパス!?』


あれは確かキセキの世代しかとれなかったはずの加速するパス。

パスを出す黒子君も十分凄いけど…これをとった火神君だって称賛に値する。彼はそのまま阻む緑間君を倒してダンクを決めた。

沸きあがる場内とは対照的に私と黄瀬君は息をむ。彼も中学時代、あのパスをとっていた内の1人だから当然だろう。


「やりやがった…アイツ…ついに…緑間っちをぶっ飛ばしやがった…しかも今のは中学時代キセキの世代しかとれなかったパス…!ってじゃなくて、ガス欠寸前で大丈夫なんスかアイツは!」

「まあ…今のは無理してダンクいくって場面でもなかったって見方もあるな…てかそもそもダンクってあんまイミねーし」

「派手好きなんスよ」

「つーかお前もな」

『それは私も同意見です』

「ちょっ!センパイ達酷いっス!」


煩くなりそうな黄瀬君をスルーしてコートに目を戻せば、映るのは火神君が黒子君に駆け寄って背中を押す姿。火神君が黒子君を信頼しているようなそれは――黒子君とかつての彼の光とのそれを彷彿とさせた。

本当に…良いチームだね誠凛。


それから試合時間も残り3分を切り点差は2点。流れは今、誠凛に来てる。

秀徳はここで最後のタイムアウトをとる。


「秀徳が突き放すか、誠凛が追いすがるか…分かれ道のタイムアウトだ」

『そうですね…』


秀徳はこのタイムアウトで流れを断ち切るつもりだろう。…それにしてもこのタイミングまでとっておくなんて中谷先生って本当にえぐいな…。

それに、あくまで推測だけど点差と火神君達の体力を考えればおそらく…


『秀徳は残りの時間、緑間君に託しますね』

「だろうな…1年にここで任せるのは同じ3年にとっちゃ色々思う所があるだろうが…」

『それがキセキの世代…ですもんね』


キセキを獲得するというのは勝利のためというのが一番の理由だ。けど裏を返せばチームは3年間彼らを主体としなければならない。

同じ高校生と言ってもやはり上下関係はあるし、上級生が故のプライドだって必ずある。実力主義だと頭では分かっていても心が追いつかないのが普通だ。

それでも全ては勝つための選択…監督も先輩達もそれを覚悟しているからこそのチーム。


残り15秒で79対81の2点差。誠凛が勝つためにはキャプテンの子の3Pが必須。


『大坪先輩がマーク!?』

「それでも誠凛には3Pしかねえ!日向が決められなけりゃあ終わりだ」


すると、火神君が大坪先輩にスクリーン。その隙を突いた彼は3Pを決めた。

残り時間3秒、誰もが誠凛の逆転勝利かと思った瞬間――高尾君の速攻パスが緑間君へと渡る。

これは…!ブザービーターで終わらせるつもりだ!

火神君の足はもう限界だろうし、他の人も意表を突かれて動けない。誠凛は絶体絶命!



それはほんの一瞬の出来事だった。


シュートモーションに入った緑間君を限界だったはずの火神君が飛んで阻止しようとした。


しかし、それは緑間君のフェイク。この土壇場でそんなことが出来るなんて並の人間には考えられない。


秀徳の勝利を決めるシュートを再び緑間君が撃とうとした瞬間――彼の後ろから現れた黒子君がボールを叩き落した。


鳴り響くブザー音は試合終了を告げる。


直後、歓声と驚きの声で会場は包まれた。


82対81で誠凛が王者秀徳に勝利した瞬間――それはキセキの世代、緑間真太郎が初めて負けた瞬間を意味するものでもあった。



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