榛葉は風呂を終え、湯冷めせぬ間にと部屋へ戻っていた。もう十年間歩き続けた廊下が、今夜は妙に感慨深い。

明日は納税の日、もとい決戦の日でもある。
農民の度重なる暴動が隣国の手引きだとわかった。それは彼らの御上である城主に伝えたが、流石は馬鹿殿と農民にまで罵られるほどである。彼は自分の親戚にあたる隣国の城主が、まさかそんな企てをしてるとは露にも思わなかったのだ。もしかしたら事前にこの最大の暴動を止められるかもという、儚い願いも散っていった。明日は念のために見張ってくれと申し付けられたが、こちらは念のため等と安い心構えではない。何日か前から見回りをしている時は襲われ、しまいには今日は農民の男連中が消えていた。家に残っている老人や女子供に聞いても、「どこかに出掛けた」と頑なに言い張るだけで答えなかった。

「どちらにしろ、この国は終わるだろうな…」

榛葉の亜麻色の髪が、濡れたせいでより丸まっている。水も滴るいい男とは、まさに彼の為にあると言っていいだろう。男だらけの役所にいようと、傷を負おうと、見目が下がることなく彼は女性に不自由したことがなかった。その甘い美貌もそうだが、榛葉はよく気が利いて女心を把握するのが得意だった。人からは恋の伝道師と呼ばれている。しかし恋心や女性に察しがいい伝道師も、最近は自分の勘も鈍くなったと痛感させられた事件があった。

「椿、また医学の本読んでるのか?」
「まあ家が医者だからな」
「俺読んでも全然わかんねえや」

自習室の前を通ると、痛感させられた本人がいた。椿は数人の同期に囲まれて雑談している。雑談というよりは、勉強している彼女に周りが群がっている感じだ。本人は勉強したいようだが、仲間と過ごす時間は以外にも満更ではないらしい。その表情は当初の人を寄せ付けない凄味はなく、とても柔らかかった。

彼女は先日、男と偽っていたことが役所中にばれた。それは局長代理の安形以外は皆驚き、納得もしていた。椿は最初からあの見た目で良くも悪くも目立っていた。
しかし火付盗賊改方は女人禁制である。だが椿は追い出されなかった。これから戦争が始まると告げ、一緒に戦いたいと言い張る彼女を、隊員は快く受け入れた。
椿は正体がばれないように距離を置いて孤立していたが、皆努力を続けた彼女をひっそりと認めていたのだ。何人かは嫉妬で文句を言う野暮な奴もいたが、それは局長代理の安形から厳重に注意された。彼女の正体を口外した場合も厳罰は免れないと半ば脅しを受け、すごすごと下がった。
そして改めて仲間と迎えられた椿は、以前と違い仲間とこうやって過ごすようになったのだ。外見の愛らしさは勿論、元々人を惹き付ける魅力を備えているせいか、周りが放っておかないのだ。つまりは皮肉にも、女とばれたことによって打ち解けたと言ってもいい。

「なあ椿、お前本当に局長となんもないのか?」

一人の男が、大きな声で意味のない耳打ちをした。途端に彼女の顔が赤くなる。

「だ、だから本当に何もない!正体を知っても匿って貰っただけで…」

しどろもどろと言葉繋げているが、榛葉からしたらばればれだ。
しかし勘違いした男はパッと顔を輝かせている。

「じゃあ戦争が終わったらさ、俺と…」

男は椿の両手を掴み、身を乗り出した。他の連中がずるいと騒ぎ出す。榛葉はそこに一発ずつ、拳骨を落とした。
椿以外は頭を押さえて涙目になっている。

「いてて…あ、榛葉さん!」
「はいはい。女の子困らせないの。明日早いからもう寝てきな」

しっしっ、と犬を追い払うように手を振る。男達は渋々部屋へ戻っていった。
椿が女とわかってからああやって言い寄る連中が多い。害はないものの、彼女だって困るだろう。振り向くと苦笑いしていた。

「椿ちゃん、お風呂皆あがったよ。野郎の残り湯で悪いけど入ってきなよ」
「あ、わざわざありがとうございます。片してから行かせて頂きますね」

椿は山になっていた本を閉じ、持ち上げた。ざっと見ても、どれも医学の本だ。

「…やっぱり、戦争が終わったら実家に戻るのかい?」

彼女は苦笑したまま目を伏せた。長い睫毛の影が出来る。

「はい。今も我が侭で置いて貰ってますから。これが終わったら勉強し直して、父のあとを継いで医者になろうと思うんてす」
「そうか、寂しいね」

椿は確かに仲間と打ち解けた。しかし女の子をいつまでもこんな危ない場所には置いておけない。それに彼女がいることに文句を言う奴はいなくても、さっきの男のように恋で浮かれて混乱を招く危険性もある。そもそも、明日無事に帰れるかもわからない。
榛葉は彼女が抱える本を取った。

「これは俺が部屋行くついでに戻しておくよ。明日は早いんだから行っておいで」
「でも…」
「女の子は甘えておくもんさ」

にっこり促すと、椿はお辞儀しながら風呂場へ向かった。
榛葉も書庫へと向かう。本が結構な重さで、床がギシギシと鳴った。前も見えないくらいの本の山を、なんとか書庫まで運ぶ。
部屋は幸いなことに戸が開いており、中には埃を被った安形が明かりもつけず本を読んでいた。

「安形、まだ寝てなかったの?」
「ああ明日の用意がな…そろそろ寝るつもりだけど」

安形は視線を落としたまま返事をする。
榛葉は椿の正体を知ってから、彼に色々と聞き出していた。
椿は何もないと公言しているが、ある程度までは行為に及んでいたこと。安形はそれだけだと言っていたが、彼の病気の事を知る数少ない人物でもある榛葉は、安形の心中を察していた。心などないように振る舞っているが、恋の伝道師は焦れったく、乱暴に本を置いた。ドンッと大きな音がして机が揺れる。安形がようやく振り向いた。

「安形はさあ、いいの?」
「何がだよ」
「椿ちゃんのことさ」

二人の視線がかち合う。安形は棚に本を戻し、一つ息をついた。

「そうだな。ここまで巻き込んだから、家に無事に帰さないとな」
「違うよ。お前の気持ちの話をしてるんだ」

榛葉は小さいが語気を強めた。安形の目が険しく細まる。

「気持ちも何も…何度も言っただろ。あいつの正体黙る代わりに遊ばせて貰っただけだって」
「遊ぶだけなら今まで他の女の子だって出来た筈だけどしなかったじゃないか」
「たまたま気が向いただけだ。お前が想像するような気持ちなんてねえって」
「ふうん。じゃあ椿ちゃんさっき同期の子に求婚されてたけどどうでもいいんだね?」

安形の眉が一瞬つり上がる。榛葉は目敏くそれを見つけた。

「ま、俺が追い払ったけどね」
「そうかよ」

彼は眉を下げて平静を装った。

「………なあ、わざわざ危険な場所でも傍に置いていたのは、何かしら理由があったんじゃないか?」
「しつこいな」
「臆病者」

二人は腕を組み、仁王立ちして互いを睨みあった。
暫く沈黙が続くが、先に観念したのは安形だった。視線を逸らして短く嘆息する。

「…俺に何かしら下心があったとしてもだ。俺みたいな奴は手出しちゃいけないんだよ。わかるだろ?」

安形の表情が痛切に歪む。
榛葉も痛いくらいに彼の気持ちを理解していた。
十年間、仲間として傍にいた。彼は病気と戦いながらも局長代理にまで登り詰めた。その中で小さな幸せを見つけ、結婚しようとした矢先に婚約者は自分の病気で亡くなってしまったのだ。彼がどれだけ病気を呪い、怯えていたか。強さの裏に弱さを隠してきたか。安形の心はずっと傷付いたままなのだ。
だからこそ、一番の友人である榛葉は彼に幸せになって欲しかった。

「…わかったよ。もう口出ししない」
「そりゃ助かるな」

やっと二人の間の空気が弛緩する。
安形はもう書庫に用はないらしく、着物についた埃を払いながら部屋を出ようとした。

「安形、風呂入って来なよ。皆もう出たからさ」
「ああ、悪いな」

安形は風呂場へと向かった。その後ろ姿を見て榛葉は口元を押さえ、ニヤリとした。

「…うまくいくといいな」

頭の後ろで手を組み、鼻歌を歌う。二人の幸せを願いながら、榛葉は何事もなかったように部屋へ戻っていった。





一方椿は、体を洗い流して湯船に浸かっていた。疲れた体が芯から解れていく。

「明日はとうとう決戦か…」

伸びをして、壁に凭れる。
心はもう緊張を通り越して静かになっていた。明日への恐怖や躊躇はもうない。ただ彼女の中では、まだ二つの痼があった。湯に顎まで深く沈む。

「キリ…どうしているだろうか」

城の元お抱え忍者、加藤希里。彼が椿に暴動の黒幕を教えてくれたからこそ、戦うことが出来たのだ。しかし椿は希里とその日を境に会っていない。
希里は椿を好きだと言った。主従の関係ではなく、一人の男として守りたいと。しかし椿はその気持ちに応えられなかった。そして希里は、隣国側に回ってしまったのだ。城は希里がいなくなったと大騒ぎしていたが、隣国についたとはやはり信じてくれなかった。
椿は安形に簡単に彼のことを話した。正体を知られていたことはずっと黙っていたのだ。今回の一連の流れを説明するには、そこから語らないとわからないだろうと判断した。
蔵泥棒の時に希里を助けたこと、そこで正体を知られたこと、彼が主と慕ってくれたこと、個人的に何度か会っていたこと、今回黒幕を告げに来た際に告白され、そして去ってしまったこと。安形に何か言われるかと思ったが、向こうは話し終わっても「そうか」と言っただけだった。

椿は罪悪感で押し潰されそうになっていた。希里が結果として城を裏切ったのは自分のせいだ、と。もっと何か言い方や方法を変えていれば、この暴動を食い止められたかもしれない。しかしもう無理なのだ。椿が首を振ると、濡れた束ね髪が湯飛沫を飛ばす。

「考えても仕方ない…もう明日なんだ」

椿の意識はもう一つの痼へ移った。
安形への想いのことだ。明日は本当に、生きて帰れるかわからない。死ぬつもりなどないが、どうしても自分の気持ちを伝えたいという焦燥に駆られていた。
しかし改めて受け入れられてからも、安形の態度は素っ気なかった。夜の営みは勿論、必要以上の会話はない。結局告白の機会がないまま、前日まで来てしまったのだ。諦めて今夜は寝るしかないのだろうか、と湯から上がろうとした。そこで戸が開く。

「…局長!?」
「椿!」

椿はもう一度浴槽に身を戻し、安形は慌てて戸を閉めた。着替えの夜着は置いていたが、気付かなかったのだろう。もう戸は開いていないが椿は体を抱き、背を向けた。

「お前、まだ入ってなかったのかよ」

戸の向こうから声がした。椿は小さい肩を竦めた。

「すみません。さっき榛葉さんから全員入ったと聞きまして…」
「………道流の野郎」

安形は額を押さえた。何食わぬ顔で謀られたのだ。
安形は仕方なしに風呂を諦め、再び着物に袖を通した。

「俺は後で入るから。ゆっくり浸かってろ」

椿は急いで戸の方に振り向いた。

「あ、あの!局長、待って下さい!」

椿はまた浴槽を出て、戸の前まで走った。一枚の木戸を隔てながら二人は近い場所にいる。

「このままでいいので、少しだけ話を聞いて貰えませんか?」
「…なんだよ」
「あの…」

いざ切り出そうとすると、椿は緊張して上手く喋れなかった。風呂で体温が上がった全身がバクバクと脈打っている。
震える唇を噛む。すると、向こうにいた安形が戸に凭れたのだろう。ギシッと木が音を立てた。

「お前本当に隙多いよな。そんなんでよく役所入ろうとか思ったもんだ」

彼の声は以前のような調子で優しかった。久しぶりに聞く声色に椿の緊張がほどけていく。彼女は戸に額をすり付けた。

「そうですね。最初に気付いたのが局長で良かったです。そうでなければ、ここまで来れなかった…」

二人は戸を挟んで沈黙を共有した。ぴちょん、と湯が体を伝って床に落ちた。

「局長、覚えてますか?最初に貴方にばれてしまった時、ここのお風呂場だったの」
「覚えてるよ」
「黙る代わりに体を差し出せなんて、酷い人だと思いましたよ」
「お前が出ていかないってごねるからな」

椿は懐かしさに頬を緩めた。

「でもそれが局長の優しさだったんですよね。戦いの時も、部屋の移動も、床を共にした時も…局長はいつも僕を守ってくれた…」

安形は腕を組み、うつ向いた。

「…別にそんなつもりじゃねえよ。買いかぶるな」

椿はすぐに返した。

「局長、今度は僕に貴方を守らせてくれませんか?」
「お前が?」
「はい。不躾だとは思いますが、局長の病気についてあれから一人で調べていました。貴方の病気は確かに感染しますが、症例では必ずしも発症するとは限らないんです。同じ病気の人でも結婚して子供を授かって、年老うまで生きた人もいます」
「…そんなの一部の話だろうが、まあ戦争が終わったらお前のとこで診て貰うかな」

安形は誤魔化すように、小さくカッカッカッと笑った。椿が息を呑む。

「…出来れば、貴方の傍でずっとお守りしたいのです」

幾ばくの間があり、空気が変わる。暖かな風呂場なのに、背筋が寒くなった。
椿はひたすらに安形の返事を待つ。

「俺が傷の人で、恩があるからっていうんなら気にするな」

彼の声がまた凍るくらいに低い。椿は勢いよく、戸を開けた。

「違います!僕は……!」

安形はぎょっとして一瞬振り返るが、自分は服を着ていても彼女は真っ裸だ。目を背けたが、椿は彼の背中に抱きついた。腕を前に回し、着物の胸の辺りを掴む。

「僕は、貴方が傷の人だと知る前からずっと、ずっと…お慕いしていました……」

安形は震える腕に、そっと自分の手を添えた。

「…椿、俺は病気が」
「病気なんて僕が治します!僕と、生きて下さい局長…病気を言い訳にしないで……」

着物の後ろが椿によって濡れていく。特に彼女の顔がある背中は冷たいくらいだ。
椿は着物に顔を埋め、くぐもった声を漏らした。

「局長が…好きです」

安形は椿の腕を剥がし、彼女の方へと向き直った。痛みに耐えるような表情が眼前に迫る。
椿は安形に口付けられた。濡れた唇は重ねられてすぐに舌が割り込まれる。接吻の経験は少ない、というか希里との一度だけだ。慣れずにされるままにすると、歯列から潜り込み舌と舌が絡まる。そこを誘われ、歯を立て、吸われた。

「……ん、ふぅ…」

離れる時はとてもゆっくりで、静かだった。彼の唇を盗み見ると、そこは強引だった行為からは結びつかない程に震えていた。まるで怖い夢でも見ている子供のように。
今度は椿から彼の頬に手を添え、引き寄せた。何度も何度も、安形が躊躇して離れては椿から口付ける。 安形は頬に添えられた手を取り、彼女の細い体を自分の胸に抱いた。くしゃ、と彼女の髪に指を絡ませる。

「……もう後戻り出来ねえな」
「局長…」

安形は椿の夜着を探しだし、羽織らせた。前を交差させて簡単に帯を結ぶ。
もう一度壁に体を押し付けて、熱く口付けた。そこから安形は彼女の手を引き、自分の部屋へと向かって行く。二人は終始無言だった。口火を切ると、僅かな距離も我慢出来なくなるのは容易に想像がつく。
役所の皆は明日に備えて寝ていて、廊下は二人以外誰もおらず静かだった。
椿は吐息を漏らし、安形の背中を小走りしながら見つめた。部屋までの時間が途方に長く感じる。
それでもやっとの思いで部屋に入ると、二人はまた唇を重ねた。どちらからでもなく、安形は彼女の腰を抱き、椿も彼の首に腕を回す。布団までも二人にはもどかしかった。もう一度舌を絡ませる。顎に伝う唾液すらも舐め取られ、椿は背中がぞくりとした。口腔の頬の内側も、上顎も、舌の裏側まで蹂躙される。彼の唾液を吸収しているかと思うと、椿は喜びで胸が満たされていった。

「局、長…」

濃厚な接吻に腰が抜けそうになると、安形は彼女を抱えてやっと布団になだれ込んだ。その拍子に、束ねた椿の髪紐が切れ、ばさりと広がる。安形は長い髪を掬い、そこに口付けた。
椿は口を自ら開け放し、彼の舌を望む。求められるままに安形は与え、その間に彼女の帯を奪った。一度横に引けば、すぐに夜着が左右に開かれる。行灯はつけていないが、暗がりの中では見慣れた肢体が露になった。

「あの…」

二人は度重ねた接吻で既に息が上がっていた。至近距離の吐息で相手の鼻先を温める。
安形は首から鎖骨の窪みへ、なだらかな胸へ、ゆっくり舌を這わせた。擽ったくて椿は身を捩らせる。

「んんっ、局長…局長……!」

まだ始まったばかりだというのに、既に女の悦びを知っている椿は弓なりに仰け反った。弧を描く背中と布団の間に隙間が出来、安形は彼女の背骨をなぞる。
椿の肌が粟立つ。体のどの場所も、彼の手を、唇を、全てを望んでいた。浮いた腰を彼の足の間に押しつける。椿は潤んだ瞳で乞うように瞬きをした。

「局長、もっと…」
「焦るなよ」

安形は口元に笑みを忍ばせながら、腰を布団に戻させた。
今まで散々強引に体を弄んできたのに、今夜は妙に慎重だ。彼の全てをぶつけてくる愛撫は嬉しいが、椿は焦れったくて仕方なかった。早く体の奥に渦巻く熱を治めて欲しい。
しかし安形はゆっくり乳房を舐めた。全体を手のひらで覆われ、揉まれる。肉に指が食い込み、中心へと寄せられた。彼は谷間に顔を埋め、硬くなった乳首を指先でこねた。

「…ぁ、んっ…駄目…」

椿が制すると、今度はそこを吸われた。やんわりと噛まれ、立ち上がると次は舌先で潰される。
椿は安形の頭を抱き、前髪の垂れた額に唇を落とした。

「椿……」

安形は顔を上げ、彼女の足をぐっと開かせた。胸に置かれていた手が、臍から恥骨へと降りていく。時々曲線や窪みを掠める指先に、椿はぶるっと身震いした。
安形の指が、彼女の陰口を擽る。そこはねっとりと糸を引いていた。

「すげー濡れてるな」

そこは布団がぐっしょりと湿る程、彼女の愛液は漏れていた。濡れて冷えた布団を椿は踵で確認し、恥ずかしさに顔を背ける。しかし卑猥な体と対照的な初々しい態度は、余計に安形を煽った。彼女の足の間に顔を持っていく。広げた太股の内側を更に持ち上げ、秘部がぱっくりと開かれた。

「やっ、ぁ…ん!」

薄い茂みの下にある割れ目に沿って舌を這わす。口で性器を愛撫されるのは初めてで、彼女は怖いくらいの快感に足が宙を蹴った。

「ぁ、っあ!」

愛液滴るそこを吸われ、代わりに唾液を垂らされる。その行為にまた愛液が分泌されていく。
椿は布団を掴み、抑えきれない矯声を部屋に響かせた。

「ぁあっ!局長、駄目…先に……いって、しまいます、から…」
「…ん」

安形は包皮から剥けた陰核に強く口付けた。同時に中指を膣に入れ、襞を引っ掻く。椿の爪先が布団で滑り、彼女は絶頂を迎えた。

「……ぁあ!!」

四肢がぐったりと力を無くす。されるままに横たわっていただけなのに、激しい運動をした後のように呼吸は荒くなり、胸が上下していた。いつもはここで終わるが、今日はその先が重要なのだ。
椿が安形に目配せする。彼は彼女に馬乗りになり、着物を脱いだ。逞しい体が惜し気もなく出され、椿を見下す。
最後の一枚の褌も取り払われた。突き出た大きな陰茎に、椿は卑しくも期待で心が震えた。安形が前に屈み、彼女の頬を撫でる。

「…本当にいいんだな?」

彼の表情にはまだ躊躇や、椿への感染を恐れていた。椿が添えられた手に頬を擦り寄せる。

「今更何を…」
「だってよ」

椿が彼の手を、自分の両手で包む。にこりと微笑んだ。

「好きな人とこうして、僕、今とても幸せです」

安形は拳を握り、彼女の頼りない体を抱き締めた。椿も抱き返した。どちらも傷だらけだった。
椿は彼の背中の傷に指を沿わせる。彼女からは見えないが、少しだけ細い凹凸があるのがわかった。安形が椿の耳たぶの裏をねっとりと舐めた。

「……ん」

怯んだ隙に、下半身に当てられていた熱い雄が、膣口を突く。その質量は到底受け入れ難いものなのに、椿は本能で欲していた。体の力を抜き、捩じ込まれた陰茎を奥へ誘い込む。しかし予想以上の痛みに顔をしかめた。

「っう、いたっ……」

安形が挿入を進めていた腰を止める。心配そうに彼女の状態を窺った。

「一旦抜くか?」
「駄目、です」

声は途切れ途切れだが、椿は断固拒否した。
目には生理的な涙を浮かべ、髪が布団の上で広がっていく。息を吐き、安形の首に鼻先を寄せてすがり付いた。

「僕、ずっとこうして欲しかったんです。局長に…」

安形の陰茎がこれ以上ないくらいに奮い立つ。すがり付く彼女の上半身を抱き、一気に奥へ打ち付けた。椿の尻に、一筋の血が伝った。

「ぅぁ……!局長、局長…っ」

体が小刻みにブルブルと震える。安形は腰まで伸びた長い髪を鋤いた。癖っ毛なのに、櫛でも通しているようにするすると指を通り抜けていく。
このまま体ごとどこかいってしまうんじゃないかと、安形はありもしない不安で胸がざわついた。

「…局、ちょ」

安形は彼女の口を塞いだ。離してもまたすぐに重ねられる距離を保つ。

「局長じゃねーだろ。名前で呼んでくれよ」
「でも…」
「忍者や同期の奴に告白されたんだろ?」
「え?」

椿がきょとんと目を丸くする。

「嫌なんだよ。お前は俺のもんなんだから、ちゃんと言えって」

彼女の瞳に映る彼が不安そうに覗き込む。椿は薄い唇で形を作った。

「…惣司郎さん」

安形は満足そうに微笑んだ。
二人は燃え上がるくらいに、溶けそうなほどに、体が熱い。安形も久しぶりの性行為に加え、椿の絡むような締め付けにすぐ持っていかれそうだった。眉根を寄せ、切羽詰まった額に汗が流れる。色気があるのにどこか子供みたいで、椿は小さく笑った。

「惣司郎さん、僕も」
「ん、佐介」

彼は収めていただけの陰茎をゆっくりと抜き差しした。

「……んっ」

律動が段々と早くなり、椿の浮き上がった恥骨がぶつかる。痛みに安形が角度を変えると、陰茎も動いて椿の腰が揺れた。

「ぅん、ぁ、ぁ、っあ!惣、司郎…さんっ……」

気付けば揺れる腰を固定され、貪るように打ち付けられていた。
痛みと快楽が、縺れた糸のように絡まる。椿は彼の背に爪を立てた。昔椿によってついた一文字の傷の傍に、新しい短い傷が出来る。
安形は彼女の首筋に鼻を寄せ、汗の混じる甘い香りをいっぱいに吸い込んだ。腰がぶるりと痙攣し、迸りを注ぎ込まれる。射精が終わってもうねるような熱が二人の中に居座っていた。

「…惣司郎さん…」
「うん?」

安形達は繋がったまま布団の上に倒れた。
椿がクスクス笑うと、安形も額を突き合わせて笑った。ずるりと陰茎を抜くと、漏れていた血溜まりに更に精液と混ざった血が落ちる。

「あ、ごめんなさい。汚して…」
「ちょっと待ってろ」

安形は体を起こし、背を向けて机に手を伸ばした。そこから見えた背中の傷を、椿は布団にくるまってじっと見つめた。

「…惣司郎さんはなんで自分が傷の人だと言ってくれなかったんです?」

当たり前の問いを、安形が告白してから聞けずじまいだったのだ。彼は最初と同様に罰悪そうにしていた。しかしそこに苦々しさはなく、どこか照れた様子だった。

「…まあ最初は驚いたからな。お前があの時のがきなんてさ」
「ええ」
「別に言っても良かったんだけどよ。お前は傷の人を探す為だけじゃなくてここで働きたいから、わざわざ入隊したんだろ?言って帰るような雰囲気でもなかったし」

安形は机の戸から出した手ぬぐいを渡した。椿はそれを握りしめながら、どこか言葉を濁す彼を訝った。

「本当にそれだけですか?」

向こうは図星を突かれたようでむっと唇を尖らせた。
椿は彼の背中の傷に寄り添う。安形は彼女の肩を抱き寄せた。

「本当はさ、言い出せなかったんだよ。お前が傷の人のことを大恩人みたいに語るけどさ、俺は全然そんな奴じゃないからな」
「そんなこと…」

椿は彼を見上げる。安形は自嘲めいた笑みを返した。

「十年前の俺は病気に悲観していて、どうせいつ死ぬかわからないならこの場所で働こうと思ったんだ。あの時は人を殺すことで自分の生を実感していた。お前の時だって、そんな大層な心構えじゃなかったんだ。幻滅したか?」

肩にある手の力が若干強まる。椿は首を左右に振った。

「でも僕は貴方のおかげで生きています。…遅くなりましたが、本当にありがとうございます」

二人はもう一度布団に倒れた。
正確には、安形が椿を押し倒した。何度も啄むように口付ける。その内に、椿から望んで舌先を突き出す。安形は彼女の頭を引き寄せ、深く唇を重ねた。

「…もう病気に悲観しなくていいですよ」

安形がふっと笑う。それは自嘲でもなんでもなく、ただ穏やかだった。

「ああ。こうしているだけで、生きてるなって思うよ」

安形と椿は、今とても幸せだった。
この時間が永遠に続けばいいと願う。戦争などなく、二人だけの世界に浸りたかった。しかし時は刻一刻と近付く。
空に浮かぶ月は、二人の運命を嘲笑うかのように欠けていた。
それすらも、朝日によって消えていった。

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