「椿、別れよう」

夕暮れの生徒会室。上座の会長席で働く後輩に、物憂げな顔で告げた。
それはどこか寂しい笑みにも見えた。





安形三年、椿二年。
春を前にしてまだ冷え込む二月。時季は各部活動・委員会・学校行事等の年度末決算、又年始の予算案の作成、行事も卒業式とそれに伴う送る会、学園の運営をする生徒会は連日大忙しだった。
しかし多忙を窮め丹生と浅雛が倒れ、今日は宇佐見まで熱を出し、椿はキリに送るように告げた。

「よう、椿」

一人で業務をこなす彼の所に、見ていたように安形はやって来た。別に手伝う訳でもなく、ソファに寝そべり飄々と働きぶりを眺める。椿もマイペースな恋人の行動にも慣れたもので、特に気にも留めなかった。

「二人きりって、なんだか久しぶりですね」
「ん?いつも二人でいるじゃん」
「生徒会室で、ですよ。なんだか副会長だった時を思い出します」

椿は小さく笑う。
付き合って一年近くになるが、確かに生徒会室で二人きりになるのは久しぶりだった。
安形は夕日を背にして座る椿を見た。以前はあの場所でよく愛し合ったが、引退してからは流石にない。
光源の眩しさに目を細める。暖房のきいた部屋の窓は、結露が滴っていた。

そうして冒頭の台詞に戻る。
事はあまりにも突然で、穏やかな空気に似つかわしくない告白だった。

「…え?」

椿は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして青ざめている。
安形はソファから立ち上がり、距離を取った。椿を通り過ぎて振り返らないままドアの所で立ち止まる。

「…もうここには来ない。じゃあな」

茫然とする椿を背に、安形はそのまま生徒会室を去った。

「ははっ、意外にあっさりしたもんだな」

安形は自嘲しながら廊下を歩いていた。見知った教室、窓からの景色、部活動に勤しむグラウンド。どこを見ても学生生活の思い出で溢れている。そしてその風景の中には、いつも椿がいた。










安形が二年の秋、まだ会長に就任したばかりの頃だ。
副会長の空席に立候補したのは椿だった。

『この度生徒会副会長になりました。椿佐介です!よろしくお願いします!』

かっちり上ボタン一つまで制服を着込み、礼儀正しいながらも野望に燃える瞳。
面倒くさいのが入ってきたな、とややうんざりしたのを今でも覚えている。

『おー、まあよろしくな』

安形はその持ち前の才覚で会長になった男だが、別段学園をどうこうしようという理想がある訳ではない。ただ規律に縛られ自由と個性が一律化した学校を、過ごしやすい学園生活になればと思った。特別な事はしないが、彼なりに努力もしていたし意思もあった。
しかし態度は呑気な安形に、椿との関係は水と油だった。最初は反抗され、呆れられ、酷い時には馬鹿にしているのを隠そうともしなかった。
安形はそれを諌めもせず、自分のペースで付き合っていった。
しかし接している内に、椿は頭こそ固いが一本気の通った真面目だという事を知った。頭も良く身体能力も高い。生徒の事も考えている。
安形のルールを柔軟に変えていく姿勢と、椿の規則に準ずる姿勢は二人で足して割れば丁度いい均衡を保てた。
頑なな態度も崩れ、いつしか心を開き、尊敬するようにもなった。

『椿ってさ、休日とか何してんの?』
『そうですね…読書や空手の稽古をしたりとか』
『予想通り過ぎるなーゲーセンとか行かねえの?』
『ゲーセン?食べた事ないです』
『まじかお前…』

蓋を開けてみれば椿は世間知らずのお坊ちゃんで、意外と天然だった。知れば知る程思いもよらぬ一面が見え、可愛い所があるものだと嬉しくなった。

『…ん?嬉しい?』

それを恋心だと自覚するには、時間はあまり掛からなかった。
勿論最初はまさか男に惚れるとは、と随分悩んだ。
しかし椿が笑顔を見せる度に、頼られる度に、感じたことのない喜びを知った。

半年近く思い悩み、想いを告げた。それも二人きりの生徒会室だった。そして椿は同じ気持ちだった。

『椿は可愛いなー』
『…なんですかいきなり』
『いや思った事言ってみただけ』
『…会長のバカ』

ついつい頬が緩んでしまう。想いが通じあってからの椿は一層に可愛かった。
笑顔は勿論、照れた顔に拗ねた顔、快楽に浸る顔、これが自分にだけ向けられているのかと思うと、心は暖かく満たされた。

『本当に、スケット団って腹が立つんですよ。特にリーダーの藤崎という男が…』
『ふーん』

しかし幸せな日々に、いつか知らずの内に暗雲が押し寄せていた。いつだったかと問われるとよくわからない。
椿は自分以外の人間でも変化を遂げたのだ。

『藤崎!廊下は走るなって何度も言っているだろう!』
『うるせーバーカバーカ』
『兄弟喧嘩や〜キュンキュンするわ〜』
『…だ、誰が兄弟だ!愚か者!』

最初は藤崎だ。
天涯孤独だと思っていた椿に、血の繋がった兄がいた。複雑な立場と元来の関係もあり、喧嘩こそしていたがそれは以前のような険悪な雰囲気ではなくなっていた。
藤崎を通し、スケット団を通し、椿は今まで付き合いのない生徒とも接するようになった。
親のように見守りながら、安形は引退を迎えた。

『新しく入ってきた庶務がちょっと厄介で…中々打ち解けれないんですよ』
『ふーん』

次は加藤だ。
椿も初めて上の立場になり、苦労はしていたが確かな信頼関係を築いていた。

『会長!鞄をお持ちします』
『持たなくていい!』
『では飲み物でも買ってきましょうか?それとも何かおやつがいいですか?』
『君は僕を子供扱いしてないか…?』

引退して会う日が減っていく中で、椿を見掛けると大概が加藤といた。
安形は気分が悪くなった。それは嫉妬なんて可愛らしいものではない。幻滅という言葉が近く、怒りではなく落胆していたのだ。

『…椿』

季節が進むにつれ心は冷えていき、安形は椿に嫌気が差してしまった。
好きなのかと聞かれたら好きだ。椿以上の相手はいないし愛しい。ただ、自分を唯一としなくなった椿が嫌だった。我ながらなんて子供っぽい理由だとは思う。しかし安形はこんな想いを隠して付き合うことも、または告白することも出来なかった。椿が自分の手元から離れていくなら、いっそ別れようと決意したのだ。









「ほんっと、安形ってバッカだよね」

促音をたっぷり交えながら、道流は皮肉に言い放った。
二人は既に自由登校を許される期間に入っているが、いつも通り学校に来ていた。図書室で受験勉強を終えた後、休憩を兼ねて中庭のベンチに座り込む。
寒いが人に聞かれたくない話だったので、この場所を選んだのだ。
聞き終えた道流は缶コーヒー片手に呆れ返っていた。

「うるせーな、ったく…」
「安形の気持ちがわからないわけじゃないよ。でも理由も言わずに一方的になんてさあ…椿ちゃん可哀想だよ」

恋の伝道師はがっくり肩を落とす。安形は真っ向からの正論に唇を結んだ。

「あ、噂をすれば」

二人が腰掛けるベンチの向こうの渡り廊下に、椿がいた。相変わらずお供に加藤が付き添っている。

「会長、今日はもう生徒会休んだ方がいいのでは?」
「いや、大丈夫…大丈夫だから」

ふらふら歩く椿を心配そうに窺っていた。安形は勝手にもその光景が面白くなく、じとりと睨んだ。
相手もこちらに気付いて視線がかち合う。

「…あ」

目を真っ赤にはらし、窶れた顔をしている。見るからに夜通し泣いていたのがわかった。

椿は眉を下げ、会釈だけをして走り去った。その後ろを加藤がついて行ったが、一瞬安形を振り返り、一瞥してから追い掛けていった。

「…椿ちゃん、目真っ赤だったね」

安形は居心地悪そうに肩を竦めた。

「大丈夫だろ。あの忍者もいるし」

スタスタと椿が向かったのと逆方向に歩いていく。苛立っているその背中を見ながら、道流はやれやれとため息をついた。

「やっぱり馬鹿だよ、お前」



梅の木は色付き、春の訪れを感じさせている。安形は中庭の池に目を取られた。水面は明るく光り、冬服の自分を場違いに映し出している。ゆらりとそこが揺れ、泡のように心に椿が浮かぶ。

「…くそ」

この寂しさも、感傷を思わせる胸の痛みも、いつか時間がたてば忘れてしまうのだろうか。
思い出として振り返るのだろうか。
安形はそんな漠然とした未来は想像出来なかった。
憎々しげに舌打ちをして、砂を蹴った。




結局何も変わらぬまま、日々は緩かに過ぎていった。
学校に来るのも残すは一日になった、三年生を送る会。アクシデントを起こしながらも会は大成功に終わった。特に生徒会協力の演劇部の劇は、大喝采が送られていた。
椿は可愛い後輩に、信頼している同期、スケット団と仲間に囲まれて楽しそうだった。
心配していたが元気そうで少し安心する。しかしやはり落ち着かなかった。観劇中に笑いが起こる度に、安形は大衆の中で一人孤独になった。



「寂しくなるな」

体育館を出た後、道流と連れだって空を仰いだ。
雲の色も薄く、よく澄んでいる。道流は困った様に微笑みながら横顔を見つめる。安形のぽつりと漏らした言葉が、卒業への感慨ではなく、椿への想いだとわかっていた。彼は何度か安形を説得しようとしたが、それは全て徒労に終わっていた。
もう為す術なく横を歩く。

「安形、卒業式は答辞読むんだろ?もう書いたのか?」
「ん?ああ、一応な」

元生徒会長で東大首席合格という偉業を果たし、数日前に校長に言い付けられていたのだ。
しかし気持ちはそれどころではなく、元々堅苦しいのが苦手なので適当に書き、そのまま制服のポケットに突っ込んでいた。
こうすれば卒業式に忘れないだろうと持ち歩いていたが、それがいけなかった。

「……ない」
「え?」

ポケットに手を突っ込み、ひっくり返し、制服をはたいたが出てこない。

「安形、それってやばいんじゃないの?」
「いやまあ書き直せば…」

狼狽える道流に対して、当の本人の安形はどうでもよさそうだった。

「何言ってんだよ。もし誰かが拾って中見ちゃったら興醒めだよ。卒業式前に答辞の内容知っちゃうなんてさ」

確かに興醒めかもしれない。腕を組んで考えた。
道流の心配とは少し意味の違う、答辞の内容を知っている本人は額を押さえた。

「体育館かもよ。探してきたら?」
「うーん…」

安形は渋々体育館に戻った。
多分、まだ片付けをしている生徒会連中がいる筈だ。また椿と鉢合わせるだろう。気まずさを考えると足取りが重くなった。ざっと見てなかったら諦めてすぐ帰ればいい、と一人で頷く。

「失礼しまーす…」

安形は舞台近くの扉からそっと覗く。
中にはやはり椿がいた。だが、椿以外誰もいなかった。
見た所荷物も置いていないし帰ったのかもしれない。しかし舞台にはまだ劇で使った道具が散乱している。
椿はそれを一人で片付けているのだ。何故他の皆がいないかはわからないが、安形は戸の前で入るべきか悩んでいた。

「くそ…重いな」

劇で使っていた、水の入ったままのプールを運んでいる。ゆらゆらと水は左右に揺れ、床に溢れた。
椿の足元が滑る。

「しまった…!」

舞台から体が落ちる。

「危ねえ!」

安形は咄嗟に飛び出した。扉を乱暴に開き、駆け寄る。
ドシン、と大きい音をたてて二人は床に崩れた。

「いってぇ…」
「か、会長!?」

椿の下で安形は倒れて腰を押さえていた。

「あの、すみません…」
「いいからどいてくんねえ?」
「!すみません!」

椿は顔を赤くし、慌てて退いた。必要以上に冷たくしてしまい、しまったと安形は息をつく。

「…なんでお前一人で片付けてんの?」

安形は立ち上がりながら体育館を見回した。ガランとして二人以外に人気がない。

「鬼塚が風邪をひいてしまって…スケット団には帰るように言いました。演劇部でも何人か体調を崩したみたいで、彼等ももう帰らせました。生徒の体調が一番ですから。生徒会の皆も疲れていたし、宇佐見に至っては制服も濡れていて…もし風邪がうつったら卒業式に差し支えると思いまして…」
「で、お前一人?」
「僕は点検だけして、明日皆で片付けようってなったんです。でもやはり少し気になるので…」

相変わらずの真面目っぷりにため息を吐いた。
椿は居たたまれなくなって口を開く。

「会長は…どうしたんですか?」
「ああ、答辞書いてた紙落としたみたいでさ。それで戻ってきたんだ」
「答辞を?じゃあ見つかったら会長の教室の机に入れておきますね」

安形は乱雑に散らかった舞台を見た。

「…いい。自分で探す」

そう言いながら、舞台下にあった大きなパネルを担いだ。椿は驚いて目を大きくする。

「あの、会長?」
「ついでだよ、ついで」

振り返らないが黙々と片付けを始める。椿はその後ろ姿を見た。

「…ありがとうございます」

ぽつりと小さく呟く。安形は聞こえないふりをした。





それから三時間。答辞も無事見つかり、会に使った物は全て運び出した。まだ卒業式の準備はしなければいけないが、流石にそれは明日にすると椿は遠慮した。

「すみません。三年生を送る会で、卒業生の会長にこんなことさせるなんて…」
「だからいいって。気にすんな」

荷物だけ運び出した、まだ些か乱雑な体育館を後にする。
外はすっかり陽が暮れ、暗闇のグラウンドを校舎から漏れる光が照らしていた
。その中で、雪がしんしんと音もなく降っていた。

「まじかよ…」
「最近は暖かったのに…卒業式は晴れるといいんですけど」
「まあ名残雪だろ」

軽く薄い結晶は、手のひらに落ちるとすぐに溶けた。
なんてことはない会話はしているが、彼等の間には不自然な距離があった。そこに隙間風が吹き、より冷え込む気がする。
肝心な事には触れられず、気まずい沈黙の中で椿が一つくしゃみをした。

「…椿、これ使え」
「え?」

ぱさりと頭にマフラーをかけた。それはまだ体温を残して暖かい。

「…なんで」
「ん?」
「なんで、優しくするんですか?別れたのに…別れようって言ったのに…僕の事が嫌いになったのではないのですか?」

椿の弱々しくも責める声が胸に刺さる。安形は振り返られずにいた。

「別に…嫌いになった訳じゃ…」
「じゃあなんで?なんで別れようって言ったんですか…!?」

声がすがるように強くなった。
二人の間に雪が吹きすさぶ。まるで阻むように、名残雪には似つかわしくない強風が舞った。

「なんで、って…」

心に閉まった理由を言えず、安形は言葉を詰まらせた。

「……やっぱり、嫌いなんですか?それならそう言って下さい…こんな風に優しくされたら、僕は……」

椿の見当違いな言葉に、安形の胸が焦がれる。
気付けば鞄を捨て、その細く頼りない体を強く抱き締めた。無言で力を強める。

「…会、長?」
「そんな事言うな…」

肩を掴み、じっと顔を見る。安形は眉根を寄せ、痛々しくどこか泣きそうだった。
どちらからともなく距離が縮まる。白くなった吐息が一つになる。
未だ心はどこか擦れ違ったまま、乾燥した二つの唇が重なった。





「んっ…あ、会長………」

真っ暗な生徒会室、例の会長席で体を重ねる。かつて愛し合い、二度と来ないと誓った場所の行為は些か滑稽だ。
部屋に連れ込んだものの、安形は行為に少し戸惑っていた。今は自分だけにすがる愛しい椿だが、根本的な問題が解決した訳ではない。こんな気持ちのまま抱いていいのだろうか、眉をひそめる。
それでも照明や暖房をつけるのももどかしく、椿をすぐに机に押し倒した。口付けては離れ、追いかけてくる。

「お前、キスだけでこんなになってんのかよ」

するりと股間を撫でると、そこはもう限界まで切羽詰まっていた。
いつもの意地悪な笑みを浮かべる。

「その…久しぶりですから」

椿は頬を染める。それは赤というより薄ピンクで、桜の蕾のようだった。

「一人でしなかったのか?」

安形は事が始めてから饒舌を装った。わざと厳しい物言いにして、いっそ嫌われようと思ったのだ。焦らし、痛め付け、怒りを誘う。そうすれば椿はもう追い掛けてこないだろう。
なぞるようにズボン越しにそこを握る。

「あの…して、まし…」

腕で顔を隠し、小声で言い淀んでいる。しかし安形は布越しのそれをギュッと強く握り直した。

「聞こえない」
「んんっ!」
「ちゃんと言わないと触んねえぜ?」

腕の下で長い睫毛が切なく揺れる。
小さな唇が求めるように形を作った。

「一人で、してました…会長の事を考えて……」

しどろもどろだが、しっかりと声にしていた。言い終えた椿は安形を窺った。
安形は舌で耳の穴を犯した。ぴちゃぴちゃと水音が脳に直接響く。

「っう、ん…」
「何考えてたんだよ」
「…え?」

ふう、っと耳に息が吹き掛かる。

「だから、何考えて一人でしたんだよ」

チャックを下ろし、今度は下着越しに撫でる。たった布一枚を煩わしそうに、椿の腰が浮いた。

「ひぅ…会長ぉ…」
「会長、じゃわかんねーだろ。言え」

どれだけ視線で訴えてきても取り合わない。
代わりに掴む力を強くする。下のそれは正直で、嬉しそうに痙攣していた。
椿の開けっ放しにされた口から赤い舌が覗く。暫くして、ようやく声を発した。

「あの、触って貰った時のこととか…」
「どこを?」

椿は唇を一文字に結んだ。
体は快感を欲しがっている。陰茎はさっきからガチガチに硬くなっていて、天井を仰いでいた。
もどかしそうに眉を寄せている。
椿は下着を触る安形の手の下に自分の手を入れ、陰茎を取り出す。それを直に握らせてきた。

「…ここ、です」

堪らなくなった彼は言葉より先に行動を起こしたのだ。恥ずかしそうに目を背けている。
しかし手中のそれは嬉しそうにビクビク震えていた。
安形は口元を喜悦で歪める。陰茎の首の部分を摘まんだ。ビクン、と痙攣する。

「んあ!」
「自分のモノ触らせるなんていけない子だなあ、椿?」
「あ、ごめ…んなさ、い…」

上下に扱くと、面白いくらいに先走りが溢れる。椿はガクガクと体を震えさせた。机も揺れて無機質な音と粘液が一緒に響く。

「ぁ、ぁ、っや!」

数回擦っただけで、椿は顎を反らせて射精した。手に貼り付いたそれはべったりしていて濃い。
安形はそれを自分で舐め取った。

「会長、汚い…ですよ」

椿は達した直後で下半身が甘く痺れているようだ。
疼く膝を擦り合わせ、切なげに見つめてくる。

「どうした?」

わざとらしく微笑み返した。
久しぶりの交わりだが、決して悠然とした態度は崩さない。仮面を被ったまま安形は行為を続けた。
ゆっくりとブレザーとシャツのボタンを外した。露になった白い肌は、心なしか痩せている。

「う…ん、」

手を腹にそっと這わす。指先を少し動かし、軽く爪を立てる。

「ん、っ…ふぁ」

安形が一挙一動する度に、椿はピクピクと身動いだ。
腹からゆっくり手を上げていく。シャツの下の胸の飾りに触れた。平たいそれを親指で押す。ツン、と立ち上がったものを弾くと面白いくらいに矯声が漏れた。

「んぁ!やっ…会長、会長…」

そこを強く吸い、歯を立てる。
胸の刺激を続ける内に、安形の腹には再び勃起した椿の自身が当たった。

「…お前痛くされるの好きだよな」

胸に口をつけたまま話す。ガリ、と噛み付くと、椿の体がくの字に曲がった。

「ぅぁ……!」

恍惚の声が響く。
安形は下着ごと椿の制服を脱がした。床にズボンがぱさりと落ちる。
椿は机上でシャツとブレザーだけになった。薄く筋肉の張った足を撫で、膝に口付ける。足を折り曲げ、間に顔を滑り込ませた。
そこはいつ達してもおかしくないくらい祖反り立ち、期待で震えている。安形はそれをくわえ込み、頭の部分を強く吸った。

「ぁっ!や、やだ」椿は体に力を入れ、更に膝が曲がる。安形はあっさりそこから離れ、背筋を伸ばした。

「いや?」

椿の左足を掴み、片方だけ靴下を脱がす。爪先にキスをし、足の指をくわえる。陰茎にするように舌でなぞり、唾液を滴ながら吸う。指一本一本、間まで舐めあげた。

「…あ、あの…」
「嫌ならやめるか?」

安形は血色のいい舌を見せつけるように這わしている。笑みを浮かべながらも、どこか背筋がゾクリとするくらい冷たい表情だ。椿はふるふると首を振った。

「いや、じゃない…です」

素直に答えても、安形は口を結んだ。足を置き、ずいっと顔を覗き込む。互いの鼻先が触れた。

「そうじゃないだろ」
「…へ?」
「ちゃんとどこをどうして欲しいか言えって」

行為が嫌ではないという湾曲表現ではなく、椿の口から望んで欲しいのだ。
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。唇がわなわなと震え、考えを巡らせているようだ。その口からどんな卑猥な言葉が出てくるのかを待つ。

「あ…」
「ん?」
「あの…」

何かを言いかけては開いて閉じる。はあ、と吐息だけが宙に消えていく。
普段品行方正な彼は、中々誘うような言葉が思い付かないらしい。安形は苛立ち、陰茎を膝で潰した。

「い、あ!」
「こんな立ってるくせに、今更何が恥ずかしいんだよ」
「ひぅ……いたぁ…」

安形は膝の堅い部分でグリグリとそこを押す。押し返そうとするそれに容赦なく体重をかけた。椿は痛みに腰を引こうにも、狭い机では叶わない。

「言えないなら帰るぞ」

椿はビク、と目を開き、手を伸ばした。安形のブレザーの裾を掴む。

「それは…」

瞳に涙を溜めて懇願する。
安形は膝をどけ、今にも帰ろうとした。手からブレザーがすり抜ける。椿はもう一度腕を伸ばした。

「会長…!」
「何?」
「…あの、最後まで…して欲しい、です」

視線が揺れる。俯き、声を振り絞った。

「…入れて、下さい…」

只でさえ聞き取りづらかった声は語尾につれて小さくなった。
不安そうにこちらを見上げ、反応を待っている。必死にすがりつく彼は情欲をこうも煽る。
安形は椿の腰を掴み、半転させた。

「あ、会長……?」

机に凭れて尻を向ける形になる。
扇情的な光景に、安形の自身も痛いくらいに立ち上がっている。余裕の態度も保てなくなり、慣らしていないそこに自分の物を押し入れた。
ぐぐぐ、と乾いたそこが広がる。

「ひっ……あ!」

勿論今まで挿入は何度もしてきたが、久々のそれは痛みを伴った。裂けてはないが、割り入る感覚に椿は拳を握る。
暖房をつけていない部屋の温度はかなり低い。それなのに、内臓は燃えるように熱かった。

「ぁ、ゃっ、ああ!」

抜き差しを始めると、机に突っ伏した。額を擦りつけて悶えている。安形は熱く絡む中を堪能しながらも、心にある痼を捨てきれないでいた。
椿を愛しいと思う反面、やはり彼を取り巻く環境を許せないでいる。このまま二人だけで永遠に愛し合い続けたら、と願う。しかし叶うわけがない。

「椿…」

額に汗が流れる。
どれだけ雄弁に椿を責めても、結局本心を語れないでいた。
剥き出しの項に口付けた。これから先を共に出来ないなら、せめて痕を残す。下半身を犯しながらも、そこは安形の愛した軌跡がつけられていった。

「っ、会長…僕、もう…」
「ん…」

中がぎゅう、と締まりその衝撃で二人一緒に達した。ぐったりした体にどうにか力を入れて、安形は自身を引き抜く。どろりと精液が溢れた。
黙ったまま制服を正し、帰ろうとドアの方に向かった。

「…会長」

いつの間にか床に座り込んでいた椿が後ろから声をかける。

「なんだよ」
「明後日、答辞読むんですよね?」
「ああ」
「僕も送辞を読みます…」
「だろうな」
「聞いて下さいね」

なんのことだかわからないまま、安形は部屋を後にした。



もうこれで椿と二人きりになることはない。それぞれ自分の道を歩み、いつか別に好きな人が出来る。涙を堪えている今この瞬間も、忘れてしまう。そんな事もあったと振り返る。
安形も椿もそんな陳腐な未来は望んでいない。だが、そうするに他ならないと決めつけていた。
しかしそれは安形だけだった。



「寒いな…」

二日後の卒業式に、安形は先程の言葉の意味を知る。
椿は全校生徒の前にも係わらず訴え、安形も応え、二人はまた変わっていく未来を一緒に歩き出す。


それでも今は、過去の鮮やかな思い出に目を取られ、灰色に染まった現実に身を置いている。

郷愁は未だ二人を離すが、季節は変わろうとしているのだ。


名残雪が早咲きの桜のように、ひとひら舞った。

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