椿ちゃんが痴漢される話です。
安椿ですがモブ椿要素もありますので、苦手な方はご注意下さい。









蒸し暑く、不愉快としか言いようがない六月。はっきりしない天気が続き、肌に貼り付く衣服の鬱陶しさは、夏の汗ともまた違う。
外を眺めればしとしとと雨が降っている。窓を開けようが閉めようが、部屋は湿気でむっとしていた。その癖静かな雨音は眠気を誘い、なんとも過ごしにくい季節である。

しかし七月に入ればそんな日は少なくなった。雲間から差し込む眩しい太陽。その明るさは夏を思い立たせる。
ここ一週間は雨粒一滴見なかった。あとは梅雨明け宣言を待つのみだと、誰もが思っていた矢先だ。

「…すっげえ雨だよなあ」
「そうですね…」

生徒会業務を終えた二人は、学校の玄関で呆然としていた。
最後の一降り、と言わんばかりの土砂降りである。雨粒も大きく、地面にばちばち音を立てている。しかも風まで出ていて、横殴りにされた。

勿論天気予報で今日の雨は予測済みだが、想像以上だったのだ。持っていた傘は逆さまに開き、蝙蝠のように飛んでいった。無惨な形になったそれを追い掛ける気にもなれない。
二人は急遽電車で帰る事にした。普段は徒歩でも十分な距離だが、傘も役立たずなこの雨風では無理だと判断したのだ。
安形は鞄を傘代わりにし、椿の肩を抱いて走った。勿論これが功を奏する事はなく、駅に着く頃には二人供ずぶ濡れになっていた。

『三番線に列車が入ります―危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』

平日の夕方、駅のホームは人でごった返していた。
普段の通勤・通学量も凄いのだろうが、皆考える事は同じらしい。台風とまではいかなくても、雨で困難な帰宅手段を電車に変えたのだろう。
安形と椿は濡れた制服を拭うものもなく、鬱陶しそうにはたいた。

「うわ、混んでますね…」

電車の中も同様に人で溢れ返り、すし詰め状態だった。ドアは開くが入り込む隙間など見当たらない。そこに無理矢理押し入り、なんとか乗客の中に紛れ込む。
立っているのがやっとの中で、電車は次に向かって動き出した。

「あれ?会長…?」

人混みの中で椿は安形とはぐれてしまった。自分達の後からも人はどんどん押し寄せていたのだ。流されてどこか別の場所に行ってしまったのだろう。
椿はきょろきょろと辺りを見回したが、安形はいなかった。こんな場所では歩き回って探すことも出来ず、自分の場所を確保するのに精一杯だった。どうせ十分かそこらで目的地に着くのだ。
椿は鞄を抱えて通路の真ん中辺りに立った。

「本当にすごい人だな…」

規則的な振動が足元を揺らす。
椿は普段ほとんど電車に乗ることがない。日常の行動範囲は徒歩で補える。たまに遠出もするが、それも大概が休日だ。
こんな通勤ラッシュは初めてだった。
雨に見舞われた人達が乗り合わす電車は、汗と湿気た匂いで溢れていた。水分は含んだ空気は重く息苦しい。
しかしこんな不快感の中で、老若男女ほとんどの人が、黙して時間の経過を待っている。椿も大衆と同じ様に従った。

「………ん?」

ふと、尻に違和感を感じる。人混みに流されて押し付けるような接触ではない。誰かの手の甲が、トンと当たったのだ。
椿は訝しげに目を伏せたが、この混雑だ。たまたま当たっただけかもしれない。こんな事でいちいち目くじらを立てるのも心が狭い。
椿は目を閉じた。
しかし、その手は間を置いてトン、トンと二度三度当たる。明らかに動きがおかしいが、これだけでは故意なのか判断しかねていた。

「…っ!」

今度は確実に、手のひらで尻をするりと撫でられた。
これは、どう考えても痴漢だ。人に押されて尻を撫でるなんて有り得ない。
椿はぎゅっと鞄を握り締め、どうしたらいいものか悩んだ。もしここが学校で、こんな不埒な行動を起こす者がいればすぐにでも処罰しただろう。生徒会役員だからだけではなく、彼の性格が許さないのだ。
規律正しく、風紀を乱す輩を見過ごさない。
しかしこんな見知らぬ人達に囲まれた中で、「痴漢!」と抗議するのはどうかと悩んだ。男が痴漢されたことがばれ、最悪勘違いだと言い返されたら大恥もいいところだ。

「ぅっ……!!」

椿が思い悩んでいる内に、痴漢は彼が抵抗しないと判断したらしい。行為が増長し、するすると尻を撫でる。
椿は沈黙を心に決めた。そもそも男の自分を痴漢すること自体が有り得ない話なのだ。きっと女子と勘違いしているのだろう。
見過ごすのも癪だが、その内に気付いて向こうから御免被る筈だ。
椿は俯いてやり過ごそうとした。

「…っ!」

足の間に手が入り、太股の内側を撫でられる。まるで虫が這っているように気持ち悪い。そのまま脚をきゅっと掴まれた。
当たり前だが、手の持ち主は男だ。太くて短い指に、厚くてだらしない手のひら。顔など見なくても下品な性癖が窺える。
椿は自分の太股に這いずるそれを見た。指一本一本、別に動かして弾力を楽しんでいる。気持ち悪くて足が震えた。
しかし痴漢の手は休まるどころか、今度は迷いなく股間に伸びてきた。

「……っ、ぁ!!」

思わず出そうになった声を、咄嗟に両手で押さえた。調子に乗ったそれは強い力で握り込んでいる。
顔も知らない他人に、デリケートな部分を触られたのだ。流石に抗議しようと思ったが、これで男だと気付いた筈だ。早く離れろと願いながら舌打ちした。

「………ねえ、君…」

耳元ではあはあと荒い息遣いが聞こえてくる。この男が痴漢なら、息はかなり煙草臭い。
その手は事実に驚いて離れるどころか、そのままそこを揉み始めた。椿のまだ柔らかいそこが手の中で遊ばれる。

「ひっ……!っぁ、」

ぶる、と爪先から頭のてっぺんで駆け抜けるような戦慄が走る。

「やめ…!」

身を捩って振り払おうとしたが、満員電車ではたったそれだけですら困難だった。僅かな身動ぎで終わり、逃げ道もない。

「あんまり声出さない方がいいよ」

男が耳元で愉快そうに鼻を鳴らしている。

「君、その制服は開盟学園の生徒だろ?いいとこのお坊ちゃんが痴漢されたなんて、そんな噂たったら嫌じゃない?学校行けなくなるよ」

自分が優位に立っていると勘違いした男は、途端に雄弁に語り出した。下品な手を引っ込めず、椿の幼い陰茎を揉みしだく。

「……っ、!」

確かに、副会長である椿にとってそんな噂は避けたいところである。
しかし名誉を守って誇りを捨てるのも馬鹿らしい話だ。何より、恋人以外に体を許したくなかった。

「…会長」

電車のどこかにいるであろう安形を思い浮かべる。
しかし葛藤も空しく、結局慣れない電車で痴漢にされるがままになった。

「っう、や…」

制服越しに揉まれるだけでは済まず、ズボンに手が入ってくる。椿のそこは恐怖で萎えていた。しかしそれを無理矢理起こすように、上下にしごいてくる。爪で亀頭を引っ掻きながら皮を引っ張られ、乱暴な愛撫だった。

「ぅぅ…」

鞄を抱えたまま、どうにか声が漏れないように再度両手で口を押さえる。頭を小さく振り、恥辱に耐え忍んだ。
しかし一向に反応しない陰茎に飽きたのか、痴漢は次の場所へと手を伸ばした。

「……んっ!?」

脇からぬっと手が侵入し、鞄の下の胸をまさぐる。何も有りはしないそこを両方の手のひらで揉まれた。

「ひっ…あ、」

濡れて冷えたシャツの上から、男の汗ばんだ熱い手は不愉快極まりなかった。短い指が食い込みそうなくらい強い力だ。
痴漢は平たいそこを弄んだ後、見つけ出した胸の頂を指の腹で擦った。

「っう…ぃゃ…」

夏用の薄手のシャツの下で、それは反応を示した。ツン、とピンク色の小さいそこが自己主張する。脇の下で太い腕が楽しそうに動き、嫌悪で力が抜けていく。
しかし、今鞄をどかしたらきっと透けて見える。椿はなんとか鞄を持ち直した。だが痴漢の手も一緒に押さえ込んでしまい、事態は益々八方塞がりになった。

「ゃ、ぁ………」

男は更に調子に乗り、胸への刺激を強めた。摘まみ、引っ掻く。下半身にしたように乱暴な愛撫だ。
しかし執拗に弄られていく内に、体は段々反応をし始めた。陰茎は期待で頭を掲げている。
心とは別に本能的に快楽を貪ろうとしているのだ。
この淫らな体は安形によって生み出され、彼の為だけに差し出すものだ。こんな通りすがりの痴漢を楽しませる為ではない。
椿は前屈みに体を曲げ、少しでも距離を置こうとした。しかし小さな尻に、硬くいきり立った物が押し付けられる。

「ひっ…!」
「気持ち良くなってるの?可愛いね」

ぐりぐりと腰ごと密着してくる。椿はおぞましさに毛が逆立つような思いになる。
例え恥を晒してでも声を上げ、誰かに助けを呼ぼうと決意した。

「やめ―、」

言いかけようとした時に、首に腕が周り引き寄せられる。方向からして痴漢の男ではないとわかった。
何より口元を覆う、爪の形まで端正な大きな手は、よく見知ったものだ。

「人のもんに手出してんじゃねーよ、このすっとこどっこい」

この混雑を掻き分けて辿り着いた安形は、少し息が上がっていた。
けれど椿から顔は見えないが、声は恐ろしい程に冷ややかだ。

「な、なんのことだ?」

男は慌てて身を引くが、勿論逃げ場所はない。
椿は初めて痴漢と直面した。歳は自分の父親くらいだが、背も低くなんとも貧相な男だった。こんな奴に好き勝手されていたのかと思うと、怒りが込み上げてくる。

「なんだじゃじゃねーだろ痴漢野郎が」

腹が立っているのは安形も同じだ。いや、むしろ被害を受けた本人以上だ。
小声で言い返しながらも、のこめかみに筋が入っている。
二人は周りに痴漢の事実がばれないよう、ぼそぼそと言い合った。しかし男の声は動揺で掠れていたが、安形の声はドスがきいて低く響いている。
仰々しいオーラに痴漢は圧倒されていた。

「お、俺がそんな事するわけないだろう!?それにそいつは男じゃないか!大体証拠もないのによくそんな出鱈目を…」

追い詰められた獲物の三文台詞だ。
小声で捲し立てる男の眼前に、安形は携帯を突き付けた。途端に向こうは顔面蒼白になり、唇まで紫色になっている。

「証拠ならあるぜ?あんたの下品な顔がばっちり写った写真がな」

男は息を飲み、くしゃくしゃに頭を掻いた。蛇に睨まれた蛙のように身を縮め、脂汗をかいている。

『〇〇駅―、〇〇駅に到着致しました』

ガタン、と電車が音を立てて止まる。扉が開き、人波は再び動き始めた。
安形はまた椿とはぐれないようにしっかりと抱き締める。
しかし流れに乗じて、痴漢は踵を返して走り去った。人混みを掻き分けて駅へ消えていく。
安形は目を凝らしながら舌打ちした。

「くそ!待て!」

椿は追い掛けようとする安形の腕を掴んだ。

「椿、なんで…」
「いいんです、放っておきましょう。あまり大事にしたくないし…それに、もし逆上して会長が怪我でもしたら……」

椿は顔を伏せた。安形は流れていく人混みを見送る。
少し悔しそうにしながらも携帯を閉じ、ポケットにしまった。

「…悪いな、助けるの遅れて」

安形がぽん、と頭に手を置く。椿はようやく弱々しいながらも笑みを浮かべた。

「…いいえ、助かりました」

二人も人に流され、いつの間にか通路の真ん中から扉の方に移動していた。
だからと言って窮屈さが変わる訳ではない。相変わらず互いに押し合ってひどい混雑だ。

「椿、こっち来い」

安形は椿を扉の前に促し、向かい合わせで立った。

「これで大丈夫だろ」
「…は、はい」

安形は扉に手をつき、自らの腕の中で椿を守った。逞しい胸板が壁になり、ラッシュから隔てる。
しかし電車がカーブに差し掛かり、傾く。抗えない重力に、乗客も同じ様に傾く。それは安形達の方向だった。流石に腕二本の支えで隙間を確保するのは難しい。
安形の腕が曲がり、体が密着する。椿は胸の中で息を吐いた。

「…ん?どうかしたのか?」

安形の体の下で、椿は半転して扉の方に向いていた。

「いえ、あの…ちょっと息苦しかったので…」

椿は頬を染めながら、鞄を下の方で持っていた。安形は不審そうにじろじろと見つめる。
思考が一巡りすると、安形はぴったり閉じている椿の足の間に、自分の左足を割り込ませた。真下から股間を押している。椿はビクンと体が上に跳ねた。

「ひっ……!」
「もしかしてお前、勃ってんの?」
「あ、あの…」

椿はもじもじと体をくねらせた。恥ずかしくて足を閉じたいがままならない。
安形は膝で緩く立ち上がった一物を容赦なく刺激した。
口元に少し冷たい笑みを刻んでいる。

「椿は知らないおっさんに触られても勃つの?」
「……ゃ、会長…」

否定したところで説得力はない。事実、椿は他人に触られても僅かながらも反応してしまったのだ。
言い返す事が出来ずにいると、安形は足での刺激をしたまま、椿の横腹を撫でた。慣れた手が服の上から擽る。
たったそれだけで、椿は力が抜けて鞄を床に落とした。痴漢の乱暴な愛撫とは違い、確実に急所を責めている。
椿は体が崩れないよう、扉にもたれ掛かった。窓に額が貼り付く。吐息でガラスが曇った。自分の紅潮した顔が映り、ここは電車なのだと再認識させられる。しかし安形はそんなことお構い無しに、手を休めようとしない。

「会長…ダメ、です…」
「ダメ?」

わざとらしく聞き返してくる。
安形は椿のベルトを外し、下着に手を突っ込んだ。

「すっげ、ぐしょぐしょじゃん」
「ひぅ……!」

椿は強い快感に肩をすくめた。
そこは雨や汗だけではなく、先走りによってべったりと濡れている。これは痴漢のせいではなく、安形の仕置きによるものだが、こんな場所で下着を汚す程に感じているのは確かだ。
椿は自分のものを握る手をなんとか外そうとした。

「会長、こんなところ見られたら…」
「誰も見てないって」

そんな馬鹿な、と言いたいが安形の言ってる事はあながち間違っていない。
電車の中で皆四方八方を向いているのに、誰一人視線を合わそうとしない。わざわざ背けてるのではなく、それが自然なのだ。
つまり椿の恥態は安形の腕の中でしか見物出来ないのだ。しかしいつ誰に気付かれてもおかしくない状況に変わりはない。

「…ん、やっ…」

椿は頭を嫌嫌と振る。
しかし恥辱に震える姿は安形を更に煽った。堅い手のひらで握り込み、先走りを使って上下に扱く。電車の車輪音に紛れながら、ぐちゅぐちゅと生々しい音が混ざる。

「……や!」

容赦ない責めに、椿は体を曲げながら達した。
陰茎が跳ね、安形は自分の手で精液を受け止めた。崩れ落ちそうになる体を、空いてる手で抱える。
椿は肩で息をし、ぐったりしていた。安形は耳に口を寄せて低く囁く。

「こんな場所でイくなんて変態だなあ、椿?」
「だって、会長が…」

涙目ではあはあと短く呼吸している。安形は愉快そうに薄く笑っていた。
白く汚れた自分の手を、椿の目の前に見せた。

「舐めろよ」
「え…」

椿は不安そうに眉を下げる。しかし安形はそんなことは気にも留めなかった。

「椿が汚したんだから椿が舐めろ」

更に突き付けられ、精液特有の匂いが鼻を掠める。
椿は目を閉じ、恐る恐る舌を伸ばした。小さいそれが手のひらを這う。一回や二回で舐めとれず、ペロペロと舌を動かす。まるで手からミルクを飲む子猫のようだが、そんな心暖まる様子ではない。
それははっきりといやらしく、卑猥な光景だ。

「こっちも」

安形は指を二本差し出した。そこも先まで濡れている。
椿は薄く目を開け、また閉じ、指先をちゅっと吸った。すぼめた口の中で舌が這っている。それは口淫を思い立たせるような仕草で、安形の自身も興奮を示した。

「椿、降りるぞ」
「…え?」

電車が再びガタンと音をたてて止まり、お馴染みのアナウンスが流れる。
ぼんやりしていた椿は慌ててベルトを閉め、鞄を拾った。雑踏が目の前を通り過ぎて行く。
安形は舐めさせて綺麗にした手で、椿の手を取った。

「か、会長?ここはまだ降りる駅じゃ…」

安形は椿の手を引いてぐんぐんと早足で駆けていく。椿はただ引かれるままに後をついていった。
人波を掻き分け、駅のホームへ入っていく。ここは丁度オフィス街と住宅街の間にある、閑散とした駅だった。
夕方のラッシュにも関わらず、電車から降りる人間もまた乗る人も少ない。そこは夕方の静寂に包まれていた。
慣れていない筈の駅を安形は迷わず進んでいく。椿は体が先程達したばかりで、歩くのも辛かった。

「会長、あの…どこに行くんですか……?」

安形は答えず、手洗い所に続く細い廊下へ入っていった。
人気の少ない駅のトイレだが、意外と手入れは行き届いて清潔だった。逆に使う人間が少ないからあまり汚れないのかもしれない。灰色のトイレは安っぽい芳香剤で満たされていた。

「あの…?」

安形は三室の内の一番奥に二人で無理矢理入り、ドア側に椿を押し付けた。椿は鞄を胸で抱えながら恐る恐る見上げる。
安形は真顔をずいっと近付けた。照明がついていない薄暗い部屋の中で、僅かに口角を上げる。そのまま忠告もなしに、口付けた。

「ん……!ふっ、う…」

安形のせっつくようなキスはすぐに深いものになった。
舌で唇をなぞられ、強引に口を割ってくる。怯えて引っ込む舌を捕らえ、引き寄せた。そして逃げないように歯を立てる。

「会長ぉ…」

椿は甘美なキスに目眩がした。開けっ放しにされた口からは唾液が垂れ流しになっている。それは汗ばんだ首にも伝い、余計に肌を濡らした。
安形はじっとりしたそこを舐め上げた。椿は後退ろうにも密室で、距離は変わらない。

「まさか…こんな場所で?」
「そう、ここで」

ニッと微笑む。椿は扉の鍵に手をこっそり伸ばしたが、それはあっさりと捕まってしまう。安形は二人分の鞄を、荷物を置くスペースに放り投げた。

「や……あ、」

椿の体を半転させ、再度ベルトを外す。
体を密着させ、まるでさっきの電車の中を再現しているようだ。
しかしここではズボンを足首まで落とされる。白くて細い太股が露になった。安形はそこを撫でながらシャツに手を入れ、つぅー、と背骨に指を這わす。椿は背中を仰け反らせた。

「んんっ…」

痴漢にされた嫌悪の身震いとは全く違う。もどかしく、状況をも忘れさせてしまう手つき。
椿は少し触れられただけで、快感の虜になっていた。

「ん…会、長」

下着まで下ろされ、椿の完全に勃ち上がった自身が飛び出す。安形が体を密着すると、扉にそれを当て付けるようになる。避けようとすると安形の腰が押し付けられた。

「椿、俺もあんまり我慢きかねえからちょっと無理矢理鳴らすな」
「無理矢理、って…?」

安形は後ろで屈んで膝立ちになった。椿の双丘を割り、入口のところにベロリと舌が這う。

「ひっ…あ、会長!?」

体が強張り、膝が折れそうになった。しかしなんとか踏ん張るが、安形の頭は一向に退かない。丹念に入口の付近から舐められ、乾いたそこを濡らしていった。

「会長…汚い…汚いですから、やめて…」

椿は背中を捻って安形の髪を掴む。しかし弱々しい力では抵抗にもならない。自分の下半身から、半分顔を覗かせている安形と目が合う。
恥ずかしすぎる光景に、椿は唇を結んだ。

「仕方ないだろ?今慣らすもの持ってないし」
「だからって…」

普段から体を重ねているが、どんなに慣れてもやはり挿入は慎重にしていた。
大体はその手のローションを使うが、唾液や精液を使う事も少なくはない。しかしそれも指で掬って慣らすが、今回はダイレクトに直接慣らしてるのだ。
椿は膝がガクガク震えた。

「っう、ぅぅっ、ゃぁ…」

舌は中に侵入してきた。決して指や陰茎より長くはないが、柔らかく濡れたそれはあっさり凌辱を許す。
ぴちゃぴちゃと水音が自分のそこからしていると思うと、椿は顔を背けた。抵抗していた手も引っ込め、拳を作る。唇を噛みながら耐えた。

「もう大丈夫かな」

十二分にほぐしたそこに、安形は指を三本差し入れた。普段なら慎重に一本ずつしているが、難なく受け入れた。
陰嚢の裏側をぐっと押され、快感がビリビリと体を走る。
安形は腰を上げ、自分もベルトを外した。カチャカチャと金属の音がして、いつも受け入れる安形のものを思い出す。椿はゾクリとした。

「会長…」

安形の硬い陰茎が犯してくる。圧迫感で腹は苦しいが、そこに痛みはない。慣れているその行為は、その先に予想される快楽に期待していた。

「んっ……」

安形は背中に張り付き、後ろから椿の陰茎を握った。
律動が始まり、中を抉る。唾液によって滑るそこを行き来した。
強い快感に力が抜けそうなのに、立ちながらの挿入は負担がかかる。椿は体を曲げ、伸ばした両腕を扉についた。安形はその細い腰を掴み、余裕の顔で見下ろしている。

「や、あ、んんっ、ぁっ!」

肌がぶつかり、体が揺さぶられる。抑えきれない矯声が漏れ、狭いトイレに響いた。

「っ……ん?」

突然安形に口元を覆われる。振り向くと、人差し指を唇に当てていた。それは沈黙を意味する。
耳を澄ますと、廊下の方から人の声が聞こえる。椿は緊張で息を飲んだ。



「ひどい雨だったなー」
「本当だよ。傘も折れるしさ」

ガチャ、とドアノブが回る音がする。若い二人の男だ。
自分達と同じように学生らしい。なんてことない世間話は学校や部活のことだ。
しかし彼等は用を足す為だけに訪れたのであって、決して密室に籠って体を重ねたりはしない。

「………」

体に陰茎を入れられたまま、ドア一枚で他人の傍にいるのかと思うと、椿は恐ろしくて鳥肌がたった。緊張で体に力が入り、無自覚でぎゅっと後ろが狭くなる。安形は椿の挙動を涼しい顔で見ていた。

「明日は晴れるかな?」
「天気予報では晴れるって言ってたけど」

外の二人は一室の異変にも気付く様子はなかった。椿は息を吐き、早く去るように願う。すると、なんの前触れもなしに安形は自分の一物をギリギリまで引き抜き、奥まで一気に突いた。

「………!!」

血が滲むくらい拳を握る。それで叫びそうになった声をどうにか押し殺した。
しかし張りつめた緊迫の糸が無惨に切られ、椿は射精してしまった。深く呼吸しながら朦朧とする意識を保つ。

「……っ、はっ」

椿はもう立っているのがやっとだった。陰茎を抜き、扉に凭れて安形を横目で伺う。彼は楽しそうに悪く笑い、椿の項にキスした。

「……っ」

再びドアノブが回る音がする。どうやら男達は去ったようだった。
椿は長くため息をつき、床に膝をついた。

「椿ー、俺まだいってないんだけど」

すっかり疲弊した椿に対して、安形はけろっとしている。後ろから抱き締めているが、椿は弱々しく頭を横に振った。

「会長…後ろからは、もう…嫌です」
「ん?」

安形は椿の脇を掴み、立ち上がらせた。二人で向かい合うようになる。
左足を持ち上げ、そこに体を割り込ませる。壁に凭れているとは言え椿はほとんど片足で立っている状態だ。
安形は椿を抱きながら首を傾げる。

「こっちの方が体勢辛くねえか?」

椿は首に腕を回し、目の前の胸に顔を埋めた。

「…こっちの方がいいです。後ろからだと痴漢の事思い出すから…会長の顔、見てたいんです」

胸の中で呟く声は、語尾にいくにつれ小さくなっていた。
外の雨はまだ止んでいない。
安形は目を細めて薄く微笑んだ。

「なんて?聞こえなかった」
「……もういいです」

椿の頭を抱き、口付けた。二人の体は雨と体液でぐしゃぐしゃになっている。本当ならすぐにでもシャワーを浴びたいところだ。


しかし憂鬱な雨も、鬱陶しい電車も、お互いがいれば緩やかな微睡みに浸れる。


二人の睦言は激しい雨音に消えていった。

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