『お兄ちゃんが前世で私の恋人だった!?そんな話、信じられるわけないでしょ!』 『本当だよ。俺達は昔、愛し合ってたんだ』 コンクリート造りの建物、鉄の車、ボタン一つで相手と繋がる伝達道具、乱雑な雑踏、色とりどりの衣服。 江戸時代から数百年―現代は、刀を携え戦うことも、餓えに苦しみ盗むことも、ほとんど無いに等しいと言えるだろう。 平和な世の中だ。 『やはり今期の一押しアニメはヴィーナス☆ブラザーズだな…まずモモカの歌う主題歌がいい。そして監督の演出が…』 「なーにアニメ見てんねん!ちょっとはこっち手伝えや!」 ある学校の、一角の部室。 決して広くはなく、部活名に乗っ取って活動に勤しんでいるという風でもない。三人しかいない部員の一人は、自分の世界にのめり込んでいる。 後の二人は折り紙細工を作っていた。普段から暇な時は折り紙で遊んでいるが、今日は七夕飾りという名目がある。 リーダーであるボッスンはなんの苦労もなく、次々と作品を生み出していた。紅一点のヒメコは、長い時間をかけて作った、不恰好な鶴が一匹手のひらに収まっている。 『ヒメコ、これは前世で恋人同士だった二人が現代で兄妹になって巡り合うという、全俺が泣いた神アニメだ!!』 「ふーん泣けるん?」 「けどよお、前世の恋人なんて現実には有り得ない話だよなー」 パソコンには可愛らしい絵柄のアニメが流れていた。三人は画面を覗き込み、めいめい好き勝手に話している。 窓際の畳に座った短髪の少年、生徒会長である椿が不満そうにその様子を見ていた。 「…わざわざ人を呼び出しておいて、貴様達は何をしているんだ?」 彼の皮肉めいた上から目線な物言いは、最早慣れっこだった。ヒメコは近所の子供でもあやしているかのように、短い髪をぐりぐりと撫でる。 「えーやん!今日は生徒会ないんやろ?兄弟で七夕パーティーせえや〜!」 兄弟である二人は目を合わし、フンと顔を背けた。 彼等が双子だと知ったのはまだ一年も経っていない、最近の事だ。訳あって二人は生まれた瞬間から、それぞれ別の親元で暮らしていたのだ。 それまでは相手をまさか兄弟だとは思わず、犬猿の仲だった。しかしお互い血が繋がっているとわかると、不器用ながら徐々に距離を縮めていった。 今では兄弟であり、友人であり、ライバルであり、そして、恋人だった。しかし元々の因縁もあってか、未だに素直に甘える事が少ない。 甘い恋人同士とは形容し難い二人だった。 「じゃあアタシら他の子呼んでくるから、あんたら笹持って屋上行っといてや」 「なんで屋上なんだよ。別にここでいいじゃん」 「部室からやと天の川見えへんやろ。頼んだで!」 パソコンにかぶりつくスイッチも無理矢理引っ張り、二人は出ていった。 藤崎と椿は顔を見合わし、一つ嘆息する。 「…行くか」 「ああ」 二人は渋々屋上へ向かった。藤崎が笹を持ち、椿が予め用意していた屋上の鍵で扉を開ける。 風もなく、アスファルトは昼の熱気を帯びてむっとしていた。扉を開けた真正面が丁度西になっていて、夕暮れの光源が眩しかった。 「天の川まだ見えないな」 藤崎は目を細めて空を仰ぐ。 「まだ早いからな」 椿もそれにつられる。 「あ、でも一番星」 「別名、」 「「誰そ彼星」」 二人の声がぴったり重なる。 椿はきょとんと目を丸くしていた。 「知っているのか?」 椿の知る限り、自分の兄は特別博識ではない。藤崎はというと、まるで幽霊でも見たかのように表情が固まっている。 「いや、知っていたっていうか…なんかこんな話、前にもしたような…」 二人は不意に、一番星を見上げた。 途端に、頭の中で逆再生のように幾つもの季節が流れる。それは脳内で弾けているのに、目の前で起こっているように視認出来た。 同じクラスになれた高校三年生の春、不器用に愛を育んだ寒い冬、お互いを知った秋、敵対していた夏―逆再生のスピードはどんどん上がっていく。 中学校、小学校、幼稚園、赤ん坊。そこで映像が途切れ、目映い光の中を走り抜ける。 映像自体は一瞬だが、長い時間を走り続けていた。光が差している場所にやっとの想いで辿り着くと、そこは見覚えのない風景だった。 木造の建物、人は皆着物を来ていて、馬で移動している。時代劇よりもずっとリアルな風情があった。 そこで藤崎は盗賊、椿は役人だった。老人の自分の姿が垣間見えたが、それは大した事ではないと言わんばかりに通り抜けていく。 逆再生のスピードがまた上がり、映像とは認識出来なくなる。そして、止まった。 何百年も前の七夕。 藤崎と椿は同じ願いを胸にして別れた。 目に映るのは一面の空になった。 さっき見た屋上の光景に似ている。 濃い橙色の空に光る一番星。 『…やっと会えたな、椿』 『数百年もかかったけどな』 何処かで声がする。それはよく聞き知ったものだ。耳元で囁かれているような、遠くで声を上げているようにも聞こえる。 『けど願い通り兄弟として生まれ変わったのに、まさか生き別れになるとはな…』 『俺は良かったと思うけど』 『なんでだ?』 間違いなく自分の声なのに、それは自分とは違う別の人格だ。 けれど逆再生の体験によって、別人格は自分の一部になっていた。 『だって他人同士で出会ったから、また恋人になれた』 空の映像が途切れ、目の前の相手が映る。一瞬、着物を着て微笑んでいるように見えた。 しかし当たり前だがお互い制服を着ていて、立っているのはセメントで出来た屋上である。二人は呆然と立ち尽くしていた。 しかし藤崎が一歩踏み出し、笹を投げ捨てて椿を抱き締めた。 「椿…」 「…藤崎」 ただの抱擁ではなく、まるで相手の存在を確かめるように腕の力を強める。 椿も背中に腕を回し、優しく受け止めた。色んな想いが胸を馳せる。 擽ったいが、満たされて暖かい。 「あのさ、」 「うん」 「…前世で果たせれなかった約束、今度こそは…」 「うん」 見つめあい、視線が絡まる。 瞳が揺らぐ。 二人はそっと口付けた。それで十分だった。 季節は巡り 奇跡が廻り 二人はようやく出逢えた 時代こそ変わったが、一番星だけは変わらず見守り続けていた 一番星に願う彼は誰ぞ |