安←椿前提の藤→椿です。ラブラブ両思いではないので、ご注意下さい。 「…重てぇ!ったく、スイッチの奴!」 藤崎は大きな段ボール箱を両手で抱え、よろよろと廊下を歩いていた。 中には訳のわからない機械の部品や、アニメやモモカのグッズで溢れている。全部スイッチの私物だ。 教室のロッカーに置いていたのを注意され、部室に持って行く事になったのだ。 そこまではいい。 しかし今日はモモカのイベントがあるから、早急に帰らなければいけないと本人が言い出した。だから後日持って行くとクラス委員長に提案したが、今日中にと断られた。 スイッチに手を合わせて懇願され、スケット団のリーダーとして無視するにもいかない。 ヒメコはこんな日に限ってキャプテンと買い物だから、と早々に帰ってしまった。 「くっそ…まじで重いこれ…」 結局一人でこの荷物を運ぶ事になったのだ。 あまりの重さに、腰がギシギシと痛くなってきている。 さっさと運んでしまおうと、早足で向かった。 「え?……うわ!」 箱が大きくて、前がちゃんと見えていないのが悪かった。 誰かに思いっきりぶつかり、衝撃で尻餅をつく。 箱の中身もバラバラと床に落としてしまった。 「あ、ごめ…」 相手を見て、謝罪をやめてしまう。 向こうは同じ様に尻餅をついている、副会長こと椿佐介だった。 「…藤崎!廊下は走るな!それになんだ、このおもちゃは!」 座り込んだまま、人差し指を向けてガミガミと説教を始めた。 矢継ぎ早に飛んでくる怒号に耳が痛くなる。 確かに自分の不注意で起きた事故だが、この態度は如何なものか。藤崎は顔を背けて舌打ちした。 「聞いているのか!?」 ずいっと身を乗り出してくる。椿は規則に準ずる頭の堅い男だ。いつも眉をつり上げ、校則違反者がいないか目を光らせている。 彼が穏やかな表情をしているところをほとんど見たことがない。 「…うるせーな!文句言う前にまず拾ってくれよ!堅物睫毛!!」 「なんだと!」 額を突き合わせて睨み合う。 端から見れば双子が廊下に座り込んで顔を見合わせているのだ。ヒメコ辺りなら、頬を緩ます光景かもしれない。 しかし雰囲気は険悪だ。剥き出しになっている額はゴツゴツしていた。 「廊下を走った罰則は一週間のトイレ掃除でどうだ?」 「はー!?誰がそんな事…」 咄嗟に形だけの拳を構えた。 すると、目の前にいた椿が突然体を上げて膝立ちの状態になった。正確に言うと、膝立ちの状態にさせられたのだ。 「おいおい、こんな場所で兄弟喧嘩か?」 いつの間にか後ろにいた安形が椿の腋を掴み、引っ張り上げていた。 顔を覗き込み、ニッと笑いかける。椿は慌てて立ち上がり、膝についた埃を払った。少し距離を取りながら、背筋を伸ばす。 「会長、すみません…お手を煩わせて…。今藤崎が廊下を走っていたので、校則違反として罰を執行しようとしていた所です」 諫める様に、段ボールの中身を拾っている藤崎を横目で見る。安形もその視線を追い掛けた。 ふむ、と思案した後、僅かに口の端を上げる。 「でもよぉ、今俺も廊下走っちまったんだけど。罰則受けた方がいいか?」 突然の申告に、驚きで長い睫毛が動いた。 「な!なんでまた…」 「いやなんか凄い音がしたからさ、見てみたら椿座り込んでるじゃん。怪我でもしたのかと思ってつい走ったんだよ」 悪いな、と言ったが悪びれず笑っている。 頭一つ小さい髪をくしゃくしゃと撫でた。相手は首を曲げれるだけ下に向けて黙っている。 耳が赤くなっているのを、後ろにいた藤崎だけが気付いた。 「……会長に罰則なんてさせれないです」 椿は照れた目を伏せながら、頭の手を退かした。 「おお、悪いな!」 カッカッカッと安形が笑うと、椿もつられて微笑んだ。 目を細め、普段は見せない穏やかな顔をしている。 「…わかりやすいんだよ、バーカ」 もう一度箱を抱え直し、二人を背に走り去った。 「あ、藤崎の奴、また走って…!」 「んー?」 廊下を見ると、走った後に小さなロボットのおもちゃが落ちていた。 「椿、これあいつのじゃないか?」 安形は拾い上げ、手のひらに収まるそれを見せた。 「ああ、そうですね。さっきぶつかった時に落とした物だと思います」 「そっか」 短く返事すると、覗き込んできた椿の手に押し付けた。 思わず受け取るが、錆臭い玩具だ。 「会長?」 「お前が持っていってやれよ」 「ええ?なんで僕が…」 納得いかないと頬を膨らましたが、向こうは笑いながら肩を叩いてきた。 「ついでに仲直りしてこい、な?」 安形は笑いかける時の距離がいつも近い。椿は慌ててまた手を払った。 「仲直りはともかく、会長が言うなら行ってきます」 ロボットの玩具を握りしめ、スケット団の部室へ向かった。 「あー…やっと着いた……」 部室には藤崎一人だ。 いつもの畳に大きく寝そべり、さっきの事を思い出す。 何も知らずに頭を撫でる安形、ひっそり微笑む椿。 「……あーあ」 やるせないため息をつく。 椿が安形に好意を寄せているのは、つい最近わかったことだ。 何故弟の秘めた想いに気付いてしまったのか。それは、自分も椿をよく見ていたからだ。何か強いきっかけがあった訳ではない。知らず知らずのうちに、目で追い掛けていた。 泣いたり怒ったりしていると辛くなる。笑っていると嬉しくなる。 しかし笑顔を向けているのは、決まってあの男だ。 そうなると今度は悲しくなってくる。 彼の気持ちと一緒に、自分の気持ちにも気付いてしまった。 自覚した途端に失恋なんて、情けない話だ。 「依頼もこないし…もう帰るかな」 体を起こして背伸びをする。 しかしその考えを打ち砕くように、部室の扉が勢いよく開いた。入口には先程別れたばかりの椿が、相変わらず睨みをきかせて立っている。 「藤崎!廊下に玩具を散らかした挙句、部室で怠けるとはいいご身分だな!」 「げ…なんだよ。何しに来たんだよ」 顔をしかめて嫌悪を露にしたが、特に気にも留めないようだ。 ずかずかと部室に入り、目の前で立ち止まった。無言で見上げると、眼前に見覚えのある玩具を突き付けられた。鼻先にロボットの足が当たる。 「…これ」 「廊下に落ちていた。君の物だろう」 「ああ、悪いな」 わざわざ届けてくれたのか、と少し感心しながら受け取る。椿はフン、と鼻を鳴らした。 「会長が届けろと言ったからな」 また安形か、と折角高揚していた気分が落ちた。 今はいないのに、再び見せ付けられているようだ。 ムカムカと苛立ちが喉に込み上げてくる。顔を見ずに、わざとらしく肩をすくめた。 「会長、会長って、お前本当に安形の事大好きだなー」 ちょっとした厭味のつもりだった。いつものように「なんだと!」と言い返してくるだろう。 しかしいつまで待っても何も聞こえてこない。不審に感じて盗み見ると、顔を真っ赤にしていた。口を金魚みたいにパクパクさせている。 「なん…で、好きって……」 予想外の反応に、すくめていた肩に力が入る。 椿は突然図星を突かれて、どう答えたらいいかわからないようだ。否定したり嘘をつく事が出来ない、いい意味でも悪い意味でも正直者だ。 「あ…えっと、」 藤崎は困ってしまった。 まさかこんな反応をされるなんて思いもしなかったからだ。こう出られると、悪い事をしてしまった気になる。 部室は気まずい沈黙に包まれた。 「…気付いていたのか?」 「え?」 「僕が、会長を…」 語尾が小さく消えていく。 椿は自分のシャツを握りしめ、俯いていた。座ったまま下から覗くと、泣きそうな顔をしている。 自分の発言の愚かさに後悔した。 「………告白とかしねーの?」 「え?」 問いの返事ではなく、新たに質問をされ相手は困惑していた。 普段は口喧嘩ばかりしている二人だ。恋心なんてばれてしまったら、何を言われるかわからないと考えたのだろう。 しかし藤崎は決してからかって聞いているのではなく、真摯な表情で向き合っている。 スケット団のリーダーというだけあって、困っている人を目の前にすると放っておけない質なのだ。 例えそれがさして仲の良くない、こっそり想いを寄せている弟でもだ。 「座れば?」 体を壁際に寄せ、自分の隣へと促した。 話しにくい相談は、面と向かうより意外と肩を並べる方がいい。椿は少し戸惑っていたが、黙って従った。 「…告白は、しない」 もう少し躊躇すると思ったが、自然に話し出してくれた。 一人で抱えていた想いを誰かに打ち明けたかったのかもしれない。 「なんで?」 藤崎は言葉少なめに、なるべく話しやすい空気を保つ。相手もいつもの悪態をつかず、ぽつぽつと吐露していた。 「会長は男だし……僕も男だ。会長は優しいけど、言われていい気はしないだろう。もし嫌われたり気を遣わせてしまったら…怖いんだ。今みたいに会長と副会長として過ごせなくなるのは嫌なんだ。…それならこのままでいい」 このままでいいんだ、と言い聞かせる様に二度目を付け足した。 目尻から音もなく落ちる涙を、袖口で拭っている。 見ている藤崎も泣きそうになった。 傷付いている彼を救ってあげたい。スケット団としてではなく、兄としてではなく、ただ一人の男としてだ。 ぐっと唇を一文字に結び、手を伸ばす。しかし自分が安形のように頭を撫でても意味がない。手のひらは行き場をなくし、宙で握られただけだ。 「……っ」 どうすればいいのだろう。何か言わなければ、と口を開く。浅く息を吸い、腹に力を入れた。 「椿、好きだ」 いつもより低い、空気に振動する声。自分の声ではない。 これは安形の声真似だ。 「…え?あれ?今、会長の声が……」 椿はきょとんとしながらこちらを見ている。 大きな目が驚きで更に大きくなっていた。 「いや、今のは…」 咄嗟に取ってしまった自分の行動が恥ずかしくなり、頭を掻いた。 「…ごめん、今の俺の物真似」 「……え、物真似って、」 「別に冗談で言ったんじゃなくて、あの」 両手を大きく振りながら必死に続く言葉を探した。挙動不審の動きで明後日を見る。 「声だけだけど、椿の気持ちが報われたらって……」 途切れると、部室は静まり返った。 気まずい空気で肩が重くなる。 椿は何も言ってくれない。 呆れてしまったか、怒らせたか、逆に辛くさせてしまったか。 罵声でもいいから何か言って欲しいと願った。 「……ありがとう」 椿は少しはにかんでいた。 ほっと胸を撫で下ろす。 「怒ってないなら良かった」 「…藤崎、あの」 畳に両手をついて、請うような視線が刺さった。距離が縮まる。 突然の接近に思わず身を引くと、壁に頭を打った。 「な、なに?」 「…もう一回、」 ほとんど吐息のような声だ。 「え?」 「もう一回、言ってくれないか」 声を震わせながら、しかしはっきりと口にした。 普段の彼なら絶対にこんな事は言わないだろう。頭の堅い、冗談の通じない男だ。 しかし今は藤崎の声真似にすがっている。それほど安形への想いは強いのだ。 少し面白くはないが、頼まれて断るなんて出来る筈もない。 「…じゃあ目瞑って。見られるとやりにくい」 「わかった」 言われた通り、大人しく目を閉じた。 藤崎は姿勢を直し、まじまじと顔を見た。 改めて見ると、本当に綺麗な顔立ちをしている。 時々似ていると言われるが、やはり椿は一つ一つの造りに深みがあった。肌は透き通っていて、自分よりややシャープな印象だ。 何より目が違う。 閉じていてもわかる大きな瞳に、長い上向きの睫毛。 触れたい欲求を抑え、一つ咳払いをした。喉が潤っているのを確認して、再び腹に力を入れる。 「…椿、好きだ。俺もずっと好きだったんだ」 抑揚はあまりつけず、ゆったりと音にする。特徴的ないい声だと我ながら思う。 椿は僅かに身動いだ。 「会長…」 声に聞き入り愛しそうに呼んでいる。目の前にいる藤崎は居心地が悪くて、尻がむずむずした。頬杖をつきながら、無防備な椿を見る。 いつもは遠くから眺めているだけだった微笑みを前にして、擽ったい気持ちになった。 「…僕も好きです」 不意打ちに胸が高鳴る。ドッドッドッ、と自分の意思を無視して鼓動はどんどん速くなった。あまりの速さに、うまく息が出来なくて苦しい。 「………あ、」椿の言葉は自分に向けて言っているのではない。それは痛いくらいにわかっている。しかし彼の切ない声は甘い幻覚を見せた。 藤崎は右手の人差し指と中指二本で、そっと相手の唇に触れた。薄くて柔らかい。 「あの…」 椿は何かを言おうとして、結局閉じた。少しだけ指を食む状態になる。 「……っ」 自分の指を半開きの口でくわえる姿に興奮する。 そのまま下唇をなぞり、顔を近付けた。漏れる吐息で顔がすぐそこにあるのはわかっている筈だ。 それでも、抵抗をしなかった。指を食む力が僅かに強くなる。 藤崎は唇を重ねた。 「………」 長い時間、ただ重ねていた。部屋が緊張感で張りつめて静かだ。 「…会、長」 もどかしく呼ばれた名前に、藤崎はビクリと体を強張らせた。甘い幻覚の中、突然頬を打たれたように目が覚める。 「会長…んっ」 それ以上発しないように、舌を差し込む。相手のを絡めとり、吸ってみた。ぬるぬるとピンク色の舌が、お互いの口を行き交う。 「んぅ……っふ、あ…」 息が続かなくなると、角度を変えてまた差し込む。繰り返していくと、キスはどんどん深くなっていった。 「…あ、っん」 椿は息継ぎの度に色を帯びた声を漏らしている。 行為が物足りなくなり、シャツのボタンを外して胸の果実に手をかけた。平たく小さいそこを無理矢理摘まむ。 体は小さく震えていた。 「や、あ、っん!」 椿は唇を離し、相手の肩に顔を埋めてイヤイヤと頭を振った。 「んぅ、っあん…」 藤崎は抱き締めながら、右手では押し潰したり引っ掻いたりきつめの愛撫を繰り返した。 手が動く度に、椿の体が跳ねている。はあはあ、と激しい呼吸が耳元で聞こえた。 「あ、駄目ぇ…んっ」 抱き合っているので、お互いの腹に堅いものが当たるのがわかった。 ズボンの下で押し苦しそうにしているのは見るからに明らかだ。 「っあ!」 チャックを下ろし、下着からぴん、と頭が飛び出した。自分より少しだけ小さい、控えめなあそこだ。 ピクピクと脈打ち、まるで誘っているかのように見える。 薄い色した性器はいやらしかった。 きっと、本人以外は誰も触った事がないのだろう。そう思うと藤崎の感情はますます昂った。 胸を弄るのをやめ、椿のネクタイをほどく。 首から離し、椿の目にあて頭の後ろで縛る。 つまり、ネクタイで目隠しをしたのだ。 「え…何…」 肩を押して畳に倒れこむ。 窓から差し込む夕焼けの明かりに体が照らされた。 椿の白い肌がオレンジ色に濃く染まる。制服を脱がされ、ネクタイで視界を遮断され不安そうに顔を歪めていた。 しかし藤崎は気付いてない振りをして、相手の陰茎を掴みくわえ出した。 「や……!」 頭を押さえ込まれたが無視する。 唾液をたっぷり垂らし、すぼめて吸うと押さえていた手は力なく床に落ちた。 「…ぁ、う」 今度は舌を使って全体を舐めあげた。根元から先端まで這わした後、尿道口を開く。 足が空中を蹴った。 「ん、ん、あ、やっ…もぅ、」 睾丸を刺激しながら思いっきり吸った。椿の腰がビクンと脈打つ。 「駄目…イく、…っん!!」 口の中に生暖かい苦味が広がった。 正直飲むような物ではないが、椿の吐き出した欲だと思うと途端に愛しい。喉を鳴らしながら咀嚼する。 先端から溢れているものも舐めとった。舌を伸ばしたまま、名残惜しそうに離れた。 「はあ……あ、」 椿はしっとり汗をかいていた。顔を紅潮させ、初めて体験したであろう快感にただ打ち震えている。 淫靡な姿だ。 目隠しをされ、好きな相手ではないとわかっているのに快楽に身を任せている。 藤崎の自身も痛いくらいに立ち上がっていた。 膝を曲げて倒れている椿の秘部を確認する。 自分の人差し指と中指を舐めた。さっきくわえてくれた指だ。 なるべく唾液で濡らし、左手で椿の足を持ち上げた。 「え…」 まずは一本、差し込んだ。受け入れる気はないと言わんばかりに固く閉じられている。ゆっくり、中を押し広げる様に指を動かした。 「あ、や、やだ…やだっ……」 言葉だけの抵抗だ。 本人は快感に耐える為に拳を強く握っているだけだ。 「ひっ…あ」 一本だが、根元まで収まった。中はいっぱいいっぱいで苦しい。しかし抜き差しを繰り返し、中を擦り、二本三本と増やしていった。 「やぁ…っあ」 とうとう三本まで収まった。 睾丸の裏を押すと、僅かに自身が反応している。その場所だけ確認すると、ズルリと指を引き抜いた。惜しむように収縮するそこにがいやらしい。背中がゾクゾクした。 「………椿」 久しぶりに出した声は、びっくりするくらい乾いていた。最早安形の声でも自分の声でもない。 椿が一瞬警戒した。 慌てて声を思い浮かべながら息を整える。 「いれてもいいか?」 椿は身を固くした。眉を下げ、ネクタイの下の揺らぐ瞳が透けそうだ。 それもそうだろう。どんなに声を演じた所で、今愛撫しているのは全く別の人間なのだ。 ここまでだったら、まだ気の迷いで済ませるかもしれない。からかっただけだ、調子に乗ってごめん、そう言えば終わる行為だ。 最後までしてしまったら戻れなくなる。わかっているのに、興奮と混乱で部屋の空気が淀んでいく。 「……椿、いやか?」 こんな時に声真似をしている自分は滑稽だ。 大声を出して無理矢理に抱いてしまいたい衝動を堪える。椿が手を伸ばし、藤崎の頬を捉えた。 輪郭をなぞるように撫でている。目は見えないが、不安そうに口元で微笑んだ。 「会長…してください、最後まで……」 「つば…」 「好きです、会長…」 藤崎はまるで心臓を掴まれたように、胸が痛んだ。 椿を救いたい、気持ちが報われたら、そんなのは全部嘘だ。 最初から期待していた。安形に成り済ませば抱けるのじゃないかと。 椿の淡い恋心を利用しただけだ。なんて愚かな行為なんだろう。 自分がこんな事を仕掛けなければ、彼は想うだけで満足していたのに。それを汚して、共に泥に溺れようとしている。 引き返すにはもう遅い。 滑る泥は足にまとわりついて浸かっている。 「俺も好きだ…」 頬を捉えていた手を取り、指を絡める。 足の間に体を割り込ませ、入口に当てた。先程濡らしたそこに自身を滑らす。 「ん………っ」 腰を動かし、侵入を進めていく。指とは大きさも質量も違う。椿は本能的に息を吐き、なんとか受け入れようとしていた。 「っ、はぁ…あ」 ゆっくり確実に中へ埋めていく。 ぎゅうぎゅうと、持っていかれそうな程締め付けていた。 「は、苦しっ……あ、ん」 圧迫感でネクタイの下から生理的な涙が溢れていた。濡れたせいで、目の形がはっきりしている。 やっと藤崎の自身が全て収まった。 「椿、全部入ったのわかるか?」 「…はい」 「熱くて気持ちいい…」 そう言うと、安心で表情が緩んだ。 「僕もです…」 全身の温度が上がる。 挿入は慎重だったが、遠慮がなくなった。激しい律動を繰り返し貪る。 「あ!やっ、あ、ぁ、…ん」 熱く絡み付く中に夢中になった。腰を持ち上げて容赦なく打ち込む。 「あ、会長…会長…」 ある一点を突くと、更にきつくなった。わざとそこを避けて、しばらく椿の高い声や霰もない姿を楽しみたかったが、無理そうだ。 快感が強すぎる初めての性行為は長く持ちそうにない。段々限界が近付いているのがわかる。 「僕、もう、無理です…」 「ん、俺も…」 体をきつく抱き締めた。 中がビクビクと痙攣している。腹に精液がかかるのを感じた。 自分も椿の中に欲を吐き出す。 「……」 お互い声は出さず、呼吸だけしていた。このままこうしていたいと願う。 しかし椿のネクタイは激しい性行為で取れていた。視線がかち合う。 いたたまれなくなり、体を退かして自身を抜いた。どろりと白濁の液が畳に流れた。横たわる彼を伺うが、反応がない。 不安で胸がざわついた。 「ごめん…」 久しぶりに自分の声を出した。どこか違和感が拭えない。 椿は虚ろな目をして藤崎を見ていた。今、彼の中にどんな感情が渦巻いているかわからない。 黙って見つめ返しているとその瞳に取り込まれそうになる。 「藤崎…」胸にもたれ掛かってきた。汗とシャンプーのいい匂いがする。 頭を擦り寄せて、髪が首を擽る。 この状態では表情はわからない。 「…また、これからもしてくれないか……さっきみたいに」 声はどこか恍惚としていた。 藤崎は堅く目を閉じた。口の中の水分がなくなってカラカラになっている。 うまく声がでないのはそれだけではない。 「……わかった」 息を呑み、渇いた声で返事した。 |