対 千羽山中



「っ、鬼道さん……!」

「……苗字」


試合後、帝国学園で落ち合おうと約束していた。
約束通り僕は帝国学園へ向かい、スタジアムへと足を踏み入れた。
そこには、私服姿の鬼道さんがただ一人その場に立っていた。


「俺から見に来い、と誘ったのに……。この結果だ」

「別に気にしてないよ。………ごめん、なんて声を掛けたら良いか、分からないや」


鬼道さんと視線を合わせきれず、目線を斜め下へと向ける。
互いに無言の空間が流れていたその時、


「鬼道ッ!!」


此処に来るはずのない人物の声がした。
声が聞こえた方へと視線を向ける。


「円堂さん……」

「……よう、円堂。笑いに来たのか?」


ジャージ姿の円堂さんがそこにいた。
鬼道さんの言葉に「んな訳ねーだろ!!」と円堂さんが返す。

円堂さんは持っていたサッカーボールを、鬼道さんに向けた蹴った。
僕はそっと離れて鬼道さんが蹴りやすいように…と、思っていたのだが


「あっ……」


鬼道さんは蹴り返す事はなかった。
ボールが当たり、鬼道さんはその衝撃で地面に座り込んだ。


「どうした!蹴り返せよッ!!」


円堂さんの言葉に返答する事なく、鬼道さんは転がっているボールの元へゆっくり歩く。
そして、円堂さんに投げ返した。
……その表情は、悔しそうで。


「40年間無敗だった帝国学園を、俺達が……その伝説を終わらせたんだ。ただひたすら勝つことだけを考えて戦い続けた。それなのに……」


鬼道さんの言葉を、僕は黙って聞いた。
円堂さんは転がってきたボールを取ろうとしゃがみ、手を伸ばしていた。


「……ボールに触れる前に、試合が終わってたんだ」


鬼道さんが入ろうとした時、試合は続行不可能と判断され、試合はそこで終了した。……世宇子中の勝利で。


「今までずっと、寝ても覚めてもサッカーの事しか考えてこなかった。……それが、こんな形で終わるなんて、な。……俺のサッカーは終わったんだ」

「そんなことはない」


鬼道さんの言葉に、円堂さんは強くそう言った。
視線を円堂さんへ向ける。


「お前が見捨てない限り、サッカーはお前のものだ」


ボールを持った円堂さんが鬼道さんをまっすぐ見つめてそういった。
「鬼道!」と鬼道さんの名前を呼び、円堂さんはボールを投げた。


「っ!!」


鬼道さんはそのボールを、今度は蹴り返した。
円堂さんはそのボールを綺麗にキャッチし、鬼道さんに笑顔を向けた。
……この人は、どんな思いも全部受け止めてくれるんだ。
その光景を見ていたら、あの日、秋葉名戸学園との試合で円堂さんが差し伸べてくれた手を取らなかったことを、少しだけ後悔した。





2021/02/21


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