光と闇



目の前の扉をノックする。
扉の向こうから「はい」と、返事が聞こえた。


「僕だよ。入るね」

「どうぞ」


ドアを開けると、1番に見えたのはベット。
そのベットには上半身を起こして誰かが座っていた。


「毎日来なくてもいいのに……。休日くらい家でゆっくりしてほしいんだけどな」

「兄さんがいない家なんてつまんないんだもん」

「嬉しいことを言ってくれるな、名前は」


側にある椅子に腰掛けながら目の前の人物を見る。
目の前にいる、何処か僕に似た顔をした男の人。
苗字悠。……僕の兄さんだ。


「そういえば、やっとフットボールフロンティアの録画を見れたんだ」

「へー」

「で、気になること……と言うより、訊きたい事があるんだよ」

「うん、なに?」


兄さんの言葉に首を傾げながらそう答えた。
目の前の人物は先程まで見せていた優しげな顔つきから、探るような顔つきに変わった。


「名前。……サッカー部に入ったのかい?」


その言葉に肩が跳ねた。


「な、何の事?」

「とぼけているのかい?___17番のユニフォームを着た雷門中の選手、名前だろう?」


誤魔化そうとしたが、兄さんには通用しない。
確信したように僕と似た瞳を細めた兄さん。


「に、兄さんの見間違いじゃ……」

「俺が名前を見間違えるとでも?」


兄さんの笑顔が何処か黒い。目が笑ってない。圧も強い。
……これは誤魔化せない。


「…………そうです、秋葉名戸学園との試合に出てました」

「ふふっ。やっぱり俺の目は間違ってなかった」


正直に答えると、兄さんは綺麗な笑みを浮べた。
……兄さんには嘘が通用しないな。


「じゃあ改めて。……もう一度聞くよ。サッカー部に入ったのかい?」

「……入ってないよ。あの試合は、助っ人として入っただけ」


僕が正直にそう言うと、兄さんの表情が少し崩れた。


「……そうかい。サッカーしているお前を見れて、嬉しかったんだけどな」

「!……ごめんなさい、兄さん」


悲しそうな顔をした兄さんに、僕は反射敵に謝罪の言葉を出していた。
僕は兄さんのその表情を見たくない。
だけど……


「本当に俺の“病気”が治るまで、サッカーをしないつもりなのかい?」

「うん。……僕、兄さんとするサッカーが1番楽しいんだ」


兄さんにそう返すと、ポンッと頭に重みが掛かる。
目線をあげると、困ったような表情をした兄さんと目が合った。


「俺が病気を患った所為で、彼奴らと離ればなれにさせてしまったんだもんな……。ごめんな、名前」

「兄さんは悪くない!!」


兄さんの言葉に僕は大きな声でそう言った。


「……名前はいつも俺を悪者にしてくれない」

「兄さんは悪くないもん」

「ほら、今もそう」


兄さんの膝に顔を埋め、布団を握りしめる。


「……悪いのは、兄さんの身体に住み着いている病気だ」

「子供みたいな事を言わない。……患ってしまったものは仕方ないだろ」


兄さんの手が僕の頭を撫でる。
……どうして、兄さんなんだ。
兄さんは僕よりもずっとずーっと辛い思いをしてるのに、どうして……。

一年前
出場していた世界大会地区予選の決勝戦
兄さんはその試合で倒れた。……その時既に兄さんの身体は病に冒されていた。


「俺、やっぱり名前がサッカーしている姿が大好きだ。俺にその姿を見せて?」


兄さんの言葉の意味は、サッカー部に入ってくれって事だとすぐに分かった。
でも僕はまだ入らない。
例え、大好きな兄さんの言葉でも。


「……まだ入らない」

「何故?」

「だって〜、雷門弱すぎ」

「あっはは、名前のレベルに合わなかったのかな?」


見上げると、兄さんは口元に手を当てて笑っていた。
兄さんが笑っていると僕も嬉しい。
自然と口元が上がっていた。


「だからこう言ったんだ。『フットボールフロンティアで優勝したら入ってあげてもいいよ』って」

「まーた上から目線で言ったな?」

「いっ!?」


突然僕の頭に走った痛み。
……兄さんの拳骨が僕の頭に投下されたのだ。
あまりにもの痛みに、拳骨が落とされた場所を抑え蹲る。
でも抑えている手の上から撫でられたお陰で痛みが引いていった。


「俺はいつまでも待ってるよ。名前がサッカーする姿を」

「……!ありがとう、兄さん」


知ってる?兄さん。
光は暗い場所を照らすためにある。……僕が輝ける場所は、兄さんの隣だけなんだよ。



***



今日もいつもどおり面談時間ギリギリまで兄さんの病室で一日を過ごし、家へと帰宅する。
帰り道で見た河川敷には既に誰もいなくなっていた。



「……今の彼らじゃダメだ」



僕のプレーを見たらあの時みたいな顔をする。
……だから彼らには僕よりちょっと弱いくらいのレベルに来て貰わないと。



「これは優しさだ。……わがままじゃない」



そうつぶやいた声は誰にも届かないまま空気に溶けた。





2021/02/20


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