対 帝国学園



「…?」


携帯が震えている気がして、ポケットから取り出す。
と、春奈から着信が来ていた。
通話開始のボタンをタップして、席を立つ。


「もしもし?どうしたの?」

『名前……っ』


聞こえてきた春奈の声は、いつもの元気なものではなく暗いものだった。


『名前、もしかして今会場にいるの?ねぇ、今から会えない?』

「……確かに今会場にいるけど、こんな広い会場で春奈を見つけられるか…。それに、スタジアムの整備がいつ終わるかも分からない。でもなるべく人のいない場所に移動するよ。その方が話しやすいんじゃない?」

『……分かったわ』


本当は会いたいのはやまやまだ。
だけど、こんな広い会場で春奈を見つける前に話す時間がなくなってしまう。
僕はスタジアムの観客席の出入り口に入り、人がいないことを確認する。
一応試合が始まっている時間ではあるから、人の出入りはほとんどないようだ。


「春奈、どうしたの」


もう一度、春奈にそう問う。
壁に寄りかかって、春奈の言葉を待つ。


『……分からないの』

「分からない?」

『うん。……大好きだった人の気持ちが、分からないの』


春奈の言う大好きだった人は、鬼道さんの事だろうか。


『自分の学校を裏切ってまで……。あの人が何を考えているのか、分からない…っ』

「……」

『昔は、すっごく優しくて……。でも、私とはもう何年も連絡とってくれなくて……』

「……そうか」

『私……邪魔なのかなぁ……っ』


電話の向こうから聞こえた春奈の声は震えていて。
……泣いているんだ。

鬼道さんと春奈の関係がどんなものなのかは知らない。
だけど、友として春奈を助ける。
……僕に手を差し伸べてくれた、あの時の春奈のように。


「……春奈はさ、その人の事まだ好き?」

『……分からない』

「それなら、完全に嫌いになった訳じゃないって事だね」

『嫌いじゃ、ない……?』


春奈の声は少し驚いている様に聞こえた。


「僕さ、一度大好きだった人の事を嫌いになった事があるんだ」

『そう、なんだ』

「でも、無理だった。……どんなに憎いって思っちゃっても、僕にとって大切な人だから」


思い浮かぶのは、苛められていた過去。
女子だからサッカーするな、と。
兄さんの妹だから贔屓されているんだ、と。
……誰にも言えなかった。
その事でサッカーを嫌いになって、人間不信になり………大好きな兄さんに一瞬だったとはいえ『嫌い』だと思ってしまった。

兄さんには人を纏め、他人から慕われて……それは高いカリスマ性を持つ人だ。
だからこそ、その魅力に引きつけられた人の妹である僕は、兄さんに対して黒い感情を持つ人達から嫉妬などをぶつけられていた。

どうして“私”だけ?
女の子だから、サッカーはやってはいけないの?

毎日のように突きつけられていたその言葉に、段々と疲れ切っていた時


『俺は名前だから…自分の妹だから、贔屓してるわけじゃないよ』

『名前のサッカーしている姿、兄ちゃん好きだな』

『そんな人達には、お前の実力を見せつければいい。名前は俺の自慢の妹だからな』


兄さんの言葉に救われた。
堕ちたのも間接的に兄さんの影響だけど、そんなことはどうだっていい。
いくらじいちゃんとばあちゃんがいるとはいえ、僕と同じ血を持っているのは兄さんだけなんだ。……嫌いになんて、なれないよ。


「ねぇ春奈。……きっと春奈はその人の事、まだ好きなんだよ」

『あの人の事を……?』

「向き合ってみなよ。……その、別れた後から会ってないんでしょ?向こうが春奈を嫌ってるなら、そもそも二人っきりで会ってくれないよ」


僕がそう言うと、向こうから鼻を啜る音が聞こえた。


『考えてみる。……ありがとう名前、話を聞いてくれて』

「ほんとに話を聞くだけになっちゃったけどね」

『ううん。……やっぱり、名前はお兄さんの事が好きなのね』

「へ?」


あれ、僕兄さんって言ったっけ…?
春奈の言葉に気の抜けた声が出てしまった。


「な、なんで分かって……っ」

『ふふっ。前から私と名前って、ちょっと似てると思ってたの』

「春奈と…?……似てないと思うけどなぁ」


特に顔なんてぜんっぜん似てないだろ。
未だに聞こえる春奈のクスクスと笑う声に、段々恥ずかしくなってきた。


『ありがとう。……元気出た』

「そう。……やっぱり春奈は明るい方が輝いてるよ」

『んもう、なに?口説いてるの?』

「褒めたつもりだったんだけどなぁ」


そう返していると会場から音がした。……どうやらスタジアムの整備が終わったようだ。


「さ、春奈。時間だよ」

『うん!あ、試合終わったら一緒に帰りましょ?』


その言葉に喜んで、と答えたいのだが……。


「ごめん……、それは難しいかも……」

『え?どうして?』

「この試合終わった後用事があるんだよ……」


嘘である。
今になって思い出した。僕私服で来た事を。


『そう……。じゃあまた学校でね!』

「ああ。……頑張って」

『ええ!』


その会話を最後に通話は切れた。
切れている事を確認してから、観客の声がすフィールドの方へと向かった。





2021/02/20


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