対 秋葉名戸学園

side.豪炎寺修也


秋葉名戸学園との試合当日

その日、思いもしなかった人物がその場にいた。


「“光のストライカー”ではなかったんじゃないのか?」

「嘘つきました実は本人です……」

「此処にいる、と言うことは“光のストライカー”って捉えて良いんだな?」

「好きにして下さい……」


俺の質問に、目の前にいる人物……苗字名前は低く小さく早口声でそう言った。
『17』と書かれたサッカー部のユニフォームを来て此処にいる。
それだけで嬉しかった。
攻めた発言をすると、段々と小さくなる目の前の人物に、段々楽しくなってきている自分がいる。

あの日、初めてこの人の試合していた姿を見て魅了された。
1番印象に残っている、あの光輝く翼を広げて空を舞うように飛び、ゴールに向かってシュートを打つ技……。

あの技を見せてくれないか
そう言ったら彼は頷いてくれるだろうか。
そう思っていると、苗字の目線が自分の足に向いていることに気付く。


「……その怪我」

「ああ、これか?決勝までには治る。心配するな」


そう。
決勝までには治す。
彼がいるなら、勝利は間違いない。
一緒にサッカーできるんだ、絶対に治してみせる。
…そういう思いで言ったんだが、どうしてか苗字の表情は暗いままで。


「御影専農との試合、見てたよ。……残念だね、あんたのプレーを見れないのは」

「俺が怪我をした事でお前は呼ばれて此処にいるんだろう?……俺としては嬉しい」

「…?うれ、しい?」


俺がそう言うと、暗い表情は不思議そうなものに変わり、鋭く大きな目を丸くして首を傾げている。
先程の暗い顔が少し気になったが、それよりも気になっていたのは…


「……細いな」


ユニフォームを着て、前回会った時の服装よりはっきり分かるようになった苗字の身体。
円堂達の話を腕を組み、目を瞑ってうんうんと頷きながら聞いている。
あの日、雷雷軒で苗字を発見し、本人なのかと問い詰め腕を掴んだ。……その細さを今でも覚えている。

実は彼には有名な噂がある。……本当の性別は男性ではなく『女性』ではないのか、というものだ。
確かにそう見ようと思えば見えるかも知れない。
だが、まだ中学生だ。人間というものは個性というものがあり、同じ人間でもそれぞれ個体差と言うものがある。
苗字の声は高い方だが、まだ声変わりが来てないだけだろう。
それなのに、何故か気になってしまった。

他愛のない話をして、なんとか苗字と会話することに成功し、聞き出そうとした。


「……なぁ、苗字。お前は男だよな……」

「カオリちゃああああんっ!!!」

「ぎゃああああああっっ!!?」

「………」


わかりきっている事なのに気になってしまい性別について尋ねようとしたのだが、相手チームの選手が現れ、その人物を視界に入れた苗字は顔を真っ青にしてその場からいなくなってしまった。
タイミング、良すぎないか…?
風丸に「落ち込んでないか?」と言われた。……周りから見て俺はそう見えていたのか。



***



前半戦は相手チームの行動に皆が困惑している中、苗字もその内の一人だった。
何故か「カオリちゃん」と呼ばれている苗字はその人物が目の前からいなくなった瞬間、溜息をつき辺りを見渡し始めた。
そして、ボールのある方をジーッと見つめるだけで奪いに行こうとしなかった。……まさか、サボっているのか?

ハーフタイムに入り、戻ってきた苗字に「サボっているのか?」と問うと分かりやすく反応した。
彼なりの考えがあっての行動かも知れない。そう思って「期待している」と言うと、彼らしい返答が来た。
ああ、この人は本当に俺が知っている苗字名前だ。
そう思いながらフィールドへと向かっていく背中を見つめた。



***



後半戦開始
苗字は分かっていたのか、相手チームの行動が変化したことに対して他のチームメイトと違って落ち着いていた。
染岡の言葉に「一点くらいは必要経費」と返し、考えるように相手チームを見つめていた。
その横顔は、先程まで見せていた巫山戯た表情ではなく、真剣そのもので。

後半戦の時間が少なくなってきたその時、苗字にボールが渡った。
半田と何か話しているようだが、前からボールを奪おうと相手選手が迫ってきている。
円堂もそのことを苗字に伝えていた。
が、苗字は相手選手のスライディングをジャンプして躱した。
その余裕そうなプレーは彼のプレイスタイルだ。
空を舞うように相手を躱し、軽々と選手を抜き去る姿は、俺があの日見た苗字の動きそのもので。

今の所シュートが決まっていない。
苗字なら……!と思い、フィールドを見つめた。
……が、苗字が蹴ったボールはカーブを描いていた。
何故、と思っていたが相手の必殺技が晴れた後にゴールが決まらなかった訳が分かった。
それは相手がゴールをずらしていたから。
それを分かっていて、苗字はあんなシュートをしたのだ。
苗字の周りにメンバーが集まって、シュートが決まらなかった訳を話していた。
俺は気付くことができなかったが、苗字と目金はその仕組みに気付いていたのだ。
……目金は自分が見たことのある番組に覚えがあったから、と言っていたが。

苗字と目金のおかげで打開策が生まれ、染岡と目金によるシュートで俺達雷門は同点へ。
相手のGKを破る策がある、と言って軌道を変えるため捨て身で染岡のシュートを受けた目金は担架で運ばれ、土門が代わりに入った。


「……」


先程、担架で運ばれていく目金を見ていた苗字が気になった。
負傷している俺の足を見ていたときも同じように、何処か悲しそうな表情をしていた。
……苗字がサッカー界から姿を消した理由、やはり怪我が原因なのだろうか。
いや、それでは試合前に円堂から聞いた話が嘘になってしまう。
それに、円堂は「本人が言っていた」と言ったのだから。

苗字。……どうして一度、サッカー界から姿を消したんだ?
力強いシュートを秋葉名戸学園側のゴールへと押し込んだ苗字を見て、俺はそう思っていた。

苗字のシュートが決まったと同時に試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
ベンチへと戻ってきた苗字に「戻ってくるのか?」と尋ねた瞬間、


「へ?ちょっと苗字さん!!?」


目の前でユニフォームを脱いだのだ。
そこから現れたのは、腕から偶に見えていた黒いインナーだった。
丁寧に畳んでベンチに置き、円堂の声に「今回はお試しさ」と返した。

なんと、苗字は入部届を出していない状態でこの試合に出ていたのだ。
普通は出来ないはずなのだが……いや、それを可能に出来る人物が一人だけいた。
マネージャーの一人、『雷門夏未』。
彼女が手を回しているのなら、苗字が出場できたのも頷ける。

どうやら円堂が栗松に頼んで苗字を呼び、サッカー部に招いたと聞いた。
何故その話に頷いてくれたのだろうか。
松葉杖の助けを借りて立ち上がり、去って行こうとする苗字の背中に問いかけた。


「この目で見極めようと思って。……このサッカー部が僕に合うかどうかを」


こちらを振り返った苗字の金色のような瞳が、俺を捉える。
自分がもし、サッカー部に入部しても大丈夫なチームなのかを知るために今回この場に現れたのだという。
しかし、その後に尋ねた風丸の問いに、


「……サッカーは、暫くしないつもりだったんだよ」


と、苗字は低い声で目を逸らしながらそう言った。
円堂の言葉に、「理由は言えない」と言った苗字の声は、何処か悲しそうな声音だった。


「それだと、今回試合に出た理由に説明がつかないわよ?」


話す気がない苗字にそう言い放ったのは、ずっと黙って状況を見ていた雷門夏未だった。
彼女の言葉に苗字はこう答えた。「
我慢ができなかった」、「一緒にしてくれる人がいないから」と。


「なら入部しろよ!一緒にサッカー、やろうぜ!」


そう言って苗字に笑顔を向けた円堂。
……彼奴に引かれて俺もこのサッカー部に入った。
お前の悩みも入部すればすぐになくなるさ。

円堂の笑顔を見た苗字は、金色のような瞳を見開き驚いているようだった。
自分の肩を叩く円堂を見て目を見開いたまま固まっている。
……俺にはその視線が円堂を誰かと重ねているように見えた。


「……それは無理だな」

「え?」


一度目を閉じ、一息置いて苗字はいつもの調子で話し始めた。
それでも円堂を見つめるその瞳は、優しげなもので。
何処か円堂をからかっているような様子で言っていた苗字が急に


「楽しかったよ。……一緒に試合できて」


とお礼を言った。
その笑顔に、何故が心臓が高鳴った。
自分に向けられた訳でもないのに、と自分の胸に手を当てた。

苗字は全国一位になったら、サッカー部に入ると言った。
確か、彼がサッカー界から姿を消したのは世界大会のアジア地区予選決勝の後だったはずだ。


「全国。……全国で優勝してから、僕を誘ってよね?」


そう言って苗字はフィールドから去ってしまった。
……優勝したら、テレビ越しで見ていた苗字と一緒にフィールドを走れる。
今回は怪我で叶わなかったが、次のフットボールフロンティアで共にフィールドを走れるかも知れないのだ。
そう思いながら苗字が去って行った方向をジッと見つめた。


対 秋葉名戸学園 END





2021/02/20


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