対 秋葉名戸学園
“ドラゴンクラッシュ”…じゃなかった、“メガネクラッシュ”が決まって雷門に追加点が入った。
1-1
同点だ。
しかし、同じオタクとして目を覚まして欲しかったからとはいえ、担架で運ばれる事になるとは……。
まあ別に怪我とかそういうのはないらしいので、良かったが。
「……」
でも、担架も、担架で運ばれていく人も余り見たくない。
思い出してしまうから。
……試合中に兄さんが倒れ、担架で運ばれていったあの時を。
「……!……?苗字!!」
「ひっ!?…な、なに?」
顔を上げると、目の前には円堂さんが。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫〜っ。あーっはははっ」
「さ、残り時間少ないし、さっさと点を取らないとね〜」と円堂さんに言って、ポジションへと足を進めた。
…フラッシュバックした光景を振り払うように。
試合再開
ボールは秋葉名戸学園が持っている。
点を取り返そうとこちらに向かって攻め上がってきている。
…先程と違って顔つきがいい。これが目金さん効果か。
「なっ!?」
ボールを奪い、秋葉名戸学園側ゴールへと向かっていく。
邪魔してくる相手を軽々と躱し抜いて、ゴール前へ。
「…っ、来い!カオリちゃん!!」
「だから、僕の名前はカオリじゃなくて…」
ボールを片足であげて、軽く上に上げる。
「苗字名前。___これでも世界レベルって言われた選手だよ」
覚えておいてね?
そう言って力いっぱいボールを蹴った。…相手GKの顔の横すれすれを狙って。
少し遅れて鳴り響いたホイッスル。…点が入った合図だった。
2-1
雷門に追加点が入った。
そして次に鳴り響いたのは試合終了のホイッスル。
「ここで試合終了!雷門中の勝利です!そして!あの“光のストライカー”苗字名前、サッカー界へと舞い戻ってきました!!」
そんなことを言っている実況者の声を聞きながらベンチに向かって歩く。
横に来たと思えば「やっぱりすっげーシュート打つな、苗字!」と興奮したように話しかけてきた円堂さんの言葉を黙って聞く。
ま、こういうのは言われ慣れてるし、今更って感じ。
「戻ってくるのか? ……サッカー界に」
ベンチに座っている豪炎寺さんが僕を見上げる。
僕はそれを一度見てから、
「へ?ちょっと苗字さん!!?」
その場でユニフォームに手を掛けた。
17と背中に書かれたユニフォームを脱ぎ、中に来ていた中袖の黒いインナーだけになる。
木野さんの慌てた声を聞きながら僕は、そのユニフォームを畳んでベンチに置く。
「え、苗字……、ここじゃなくて更衣室で…」
「今回はお試しさ」
横から慌てた声で言った円堂さんの声を遮り、僕はそう言った。
「あんまり汗掻いてないから臭くはないと思うけど…。返しておくね、ユニフォーム」
ずっと持っていても向こうが困るだろうし。
更衣室に置いている荷物の中に私服を忍ばせているので、帰る事には問題ない。
「待てよ苗字!お試しって…、どういう事だよ!?」
後ろから聞こえた円堂さんの声に、首だけ振り返る。
「そのままの意味だよ」
「だって僕、入部届出してないし」と言って、雷門夏未を見る。
「えぇ〜!!?」と叫ぶサッカー部に「と言う訳で」と言って再び歩き出そうとした。
「何故今回の件に頷いた」
その言葉に再び足を止める。
その声の主……豪炎寺さんは松葉杖で立ち上がっており、こちらを見ていた。
僕は振り返って、豪炎寺さんと目を合わせる。
「この目で見極めようと思って。……このサッカー部が僕に合うかどうかを」
「見極めるって……?」
僕の言葉に円堂さんが首を傾げる。
言葉の意味なんだけど。なんで理解してくれないかな。
「……はぁ。僕がこのサッカー部に入っても問題ないかっていうのを確かめたかったから、って事!」
「でも、どうしてそんなことを?」
風丸さんが不思議そうにそう言った。
「……サッカーは、暫くしないつもりだったんだよ」
「どうして?」
「理由は言えない。だけど、暫くはしないつもりだった」
首を傾げる円堂さんに僕は同じ言葉を返した。
……言っても誰も分かってくれないから。
これは僕のわがままだから。
「それだと、今回試合に出た理由に説明がつかないわよ?」
ずっと黙ってこちらを見ていた雷門夏未が口を開く。
……この中で唯一、僕の心情を知る人物。
でもこれだけなら言ってもいいよね?
「……我慢、できなかったんだよ」
「我慢?」
僕の小さな声を円堂さんが拾った。
2021/02/20
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