対 千羽山中

side.鬼道有人



雷門中に舞い降りた一人の天使をこの目で見たのは、雷門との練習試合だった。

学校指定のジャージを身に纏い、人気のない場所で目的の人物____『苗字 名前』を発見した。
事前の情報で手に入れた選手データとしては、ポジションはFW寄りの『MF』、4年前に小学生部門の大会にて初出場。その大会でチームを優勝に導いている。
必殺技の傾向としては、“光”系統の技が多く、そのことから“光のストライカー”、“光の天使”と呼ばれている。
何よりも一番驚いたのは……


「……女性」


そう。
苗字名前という人物は、男性ではなく『女性』だという事だ。
小学生部門の大会ならば、女性のプレイヤーが出ていても可笑しくはない。
しかし、女性とは思わせないそのプレー姿と中性的な容姿も合わさって、どうやら男性と勘違いしている人が多いらしい。かく言う俺も初めは男だと思っていた。

実際に、雷門中との練習試合で後半戦の時に見たときは制服はスカートを履いていた。
そして、下ろしていた髪を1つに結んでいたので、確かに女性だと言われても可笑しくなかった。

次に会ったのは、雷門中と尾刈斗中の練習試合だ。
パーカーにふくらはぎ程までロールアップされたジーンズ、という格好をしており、髪も結んでいないようだったので、知らない奴が見れば間違いなく男性だと認識するだろう。自分の学校の試合を見に来ているのなら、普通は制服で来るべきだろうに。

次は、御影専農との予選試合で見かけた。
その日も、尾刈斗中との練習試合で見かけた服装でいたので、恐らく制服を着たくないんだろう。
試合を見ながら偶に様子を窺っていたが、向こうは俺に気付いていないようで、男性と仲よさげに話していた。親にしては年齢が高すぎるようにも見えるし、そもそも似ている場所が何処にもない。考えられるのは親戚か知り合いのどちらかだろう。

暫くして男性はいなくなり、苗字一人になった。
試合も終盤にさしかかった頃。……豪炎寺と下鶴が足を負傷した時だ。
突然苗字がふらついて壁に手をついて……如何にも気分が悪くなった様にしか見えないその様子に、疑問が湧いた。

苗字がサッカー界から消えた理由として、2つの説がある。
1つは『怪我』、もう一つは『病気』。
しかし、それはとある情報で事実ではないと証明された。
___苗字が試合に出た、という情報だ。

予選準決勝で雷門中が当たった秋葉名戸学園との試合で苗字が試合に出場していたという。
恐らく、負傷した豪炎寺の代わりに出たのだろう。
本人に尋ねる機会が偶然にも訪れたため、尋ねた所、試合に出たのは事実だと確定した。

ならば、何故苗字はサッカー界から姿を消したのか。
苗字名前についての情報は、まるで誰かが隠していると思う程に少なかった。
少ない情報の中、ある情報を発見した。
『苗字 悠』という、苗字と同じ苗字を持つ男性。
同じ苗字を持っているだけだろう、と思っていたがその考えはすぐになくなった。
髪の色は違うにしても、その男性は苗字にとても似ていた。
そう。苗字悠は、苗字名前の実の兄という事が判明した。

そして分かったことがある。
……苗字悠と苗字名前は、同じタイミングでサッカー界から姿を消していた、という事。
仮に苗字が兄と同時にサッカーを始めた、と仮定しておこう。
試合は見に来るくせに、サッカー部に入らない訳は何か。
……兄が、いないから。という理由だとすれば。

俺は苗字悠についての情報を集めた。
そこで知った事実。……苗字悠は現在、病気により入院中だという事。
しかし、それだけでサッカーを辞めてしまうだろうか。
人によってはあるだろうが、俺はどうしても気になって仕方なかった。
サッカーを見に来るくらいだ。まだ他に、何か理由があるはずだろうと思った。
雷門中と戦国伊賀島中との試合を見に来たとき、見覚えのあるベージュ色の短めの髪型の人物……もとい、苗字を発見し、強引にだが連絡先も手に入れた。
試合を見に来い、と約束させ別れたその日。
……まさか、あんな事になるとは思わなかったが。

帝国学園は、世宇子中との試合に敗北し、フットボールフロンティア初戦敗退となった。
この試合に苗字を呼んだのは、前の帝国とは違うともう一度見せたかったから。
もう一つは、苗字がサッカー界から姿を消した理由を知りたいという個人的な思いだった。
最終的には、後者の要件は知ることが出来たのだが。

円堂と共に苗字も自宅に(無理矢理)招待し、俺がサッカーを始めたきっかけを話した事で『サッカーを始めたきっかけを話す』流れが生まれ、それを利用して尋ねてみた。…苗字がサッカーを始めたきっかけを。

___苗字は兄の影響でサッカーを始めた、と口にした。
その言葉で確定した。……苗字がサッカー界から消えたのは、兄が関係していると。
自分の中でその事実を確定させると、苗字は兄の現状を語り出した。

苗字悠は、運動を制限されるほどの病に冒され、完治するまで一切運動できない身体になっているという。
病気に冒されている事は分かっていたが、何故それが苗字がサッカーを辞めるきっかけになるだろうか。俺が知りたいのはその先だった。


***


苗字がサッカーを辞めた理由。
兄以外とのサッカーはつまらないからしない、という嘗めた発言だった。
随分と世界が狭い奴だと最初は思ったが、その言葉に含まれた意味は俺の思い浮かべていたものとは違った。


「お前のシュート、すごかったじゃないか!それに、秋葉名戸学園との試合でシュートが決まらなかった訳を、誰よりも早く気づいていた!……お前は凄い奴だよ!!」

「……そんな事ない」


円堂が言った言葉を、苗字は小さな声で否定した。
そこで苗字の様子がおかしい事に気付いた。
いつもの余裕綽々とした表情が一つもない。
俯いた顔の影響で垂れている前髪の間から見えた苗字の金色のような瞳は、恐怖を孕んでいた。


「なんでだよ。お前は凄い奴…」

「僕は!兄さんがいないと強くないんだよ!!」


不思議そうに言った円堂の声に、苗字は声を荒げてそう言った。
抱え込んだ苗字に、無意識に手を伸ばしていた。
妹の様に見えたからなのか、その弱々しい姿を見て手を伸ばしてしまったのだろう。
……しかし、その手は苗字に触れることなく拒絶された。


「あ…っ」


「やってしまった」と言いたげな顔で、俺を見る苗字。
その目は俺を恐れている様に見えて。


「……帰る」

「あ、おいっ!苗字!!」


苗字は部屋を飛び出していった。
小さく「お邪魔しました」と聞こえたので、先程の行動でどうやら我に返ったようだ。


「……『怖い目で見ていた』、か」


苗字が震えた声で言っていた言葉が、何故か離れなかった。


***


世宇子中との試合に敗北してからは、空白の日々だった。
雷門中へとふらっと立ち寄ってみた所、妹の春奈に見つかってしまった。
その時、


「げッ」


聞き覚えのある声が聞こえた。
声が聞こえた方へ視線を向けると、私服姿の苗字がそこにいた。
どうやら春奈は苗字を下の名前で呼んでいるらしい……と、そうではない。
折角だ。此処で聞きだそうと思い、捕まえる為逃げ足の速い苗字を追いかける。
しかし、『光』という言葉が異名に着くほどだ。速い。
そう思いながら走っていると、タイミングよく車が横切り、苗字の行く手を阻んだ。……少しでも車が遅く通過していれば、引かれていたかも知れない。
しかし、捕まえる事が出来たので良しとする。

河川敷のグラウンドが見える場所に、春奈と苗字、俺はその場にいた。
俺と春奈が話している間にも、キョロキョロと辺りを見渡して落ち着きのない奴だ、と思いながらも春奈と会話をしていたところ、


「!」


後ろから飛んできたボールに気づき、それを飛んできた方向へと蹴り返す。
その場には、豪炎寺がいた。
河川敷のグラウンドに降りて、豪炎寺に胸の内を明かしている間に苗字に逃げられてしまったようだ。
しかし、俺は苗字の連絡先を知っている。
豪炎寺が出した提案を頭の中で浮かべながら、苗字に一言だけメッセージを送信した。


“千羽山中の試合、絶対に見に来てくれ”


***


試合当日。
雷門中は無事勝利を収め、夕方。
事前に入力しておいたメッセージを、ハーフタイム中に送信した。
目の前に苗字がいるという事はそのメッセージに気付いたって事だろうが、生憎後ろには豪炎寺がいる。苗字がサッカーを辞めた理由を訊くには人が多すぎる。
そう思ってはいたが折角の機会。逃してはいけないと思った。
鉄塔広場と呼ばれる場所に案内された俺は、離れた場所で広がっている景色を見つめる苗字の隣へと近づいた。


「あの日、お前は兄がいなければ強くない、と言っていたが……。その理由、教えてくれないか」


正直に言った。
苗字がサッカー界から姿を消した理由を知りたい、という意図を隠さずに。

先日の件で話してはくれないだろう、と思っていたが苗字あっさりとその理由を答えた。
『怖い目で見ていた』、『邪魔』だという言葉の意味。
それは、苗字の高すぎる実力故のものだった。

苗字が言うには、サッカー界から姿を消したきっかけの試合で、対戦相手の挑発に乗ってしまい、相手選手を怪我させてしまったと言う。
意図的なものではないのは苗字の表情ですぐに分かった。
苗字は兄が大好きなのだろう。だからこそバカにされたのが許せなかった。
苗字を止められる唯一の人物は欠場。苗字は、試合終了のホイッスルが鳴り響くまで、我を忘れていたのだろう。

その試合で苗字は学んだのだろう。…自分と対等にサッカーができるのは兄だけだと。
……その思い込みに俺は思わず笑ってしまった。なんて視野の狭い奴なんだろう、と。

豪炎寺によると、苗字は秋葉名戸学園との試合で楽しそうにしていた、という。
戦国伊賀島中との試合で、雷門中の事を「弱い」と言っていたのに、こうして試合を見に来るくらいだ。…素直になれないだけで、このチームと一緒にサッカーがやりたいんだろう。
苗字をそうさせたのは、間違いなく『円堂守』だ。

どう聞いても「サッカー部に入れ」としか言っていない豪炎寺の言葉に、苗字は「優勝したら入る」と言った。どうやらそういう約束をしているらしい。
だが、苗字はサッカー部に入る気満々だ。ならば此処で放置しておく訳にはいかない。
マネージャーはどうか、と尋ねてみると嫌だと言われ、豪炎寺がコーチはどうだ、と訊くと、ゲームと兄の見舞いに行く時間がなくなる、と言った。
……どうしてもまだサッカー部に入りたくないらしい。


「……なるほど。なら、捕まえるしかないな」

「は?」


俺がそう口に出すと、苗字は気の抜けるような声を出した。
どうやって捕まえようか考えていると、視界の端に移っている苗字が段々離れている事に気付く。
腕を伸ばして捕まえようとしたが、速いと言う点で有名な苗字は反射神経も良いらしい。躱された。

円堂の声に大声で返答しながら去って行く苗字の背中を、口元が緩くなっていることに気付きながら見送った。



対 千羽山中 END





2021/02/21


prev next

戻る














×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -