未来日記は記せない



「まずは今のボーダーがどうなっているかについて話すね」


そう言って悠一は現在のボーダーについて話し始めた。

簡単に言ってしまうと、今は3つの勢力に分れているらしい。
1つはアンチ近界民ネイバーなきどっち派、2つは近界民ネイバー云々の前に町を守ろうというまさっち派、3つは近界民ネイバーと仲良くしようぜのりんちゃん派に分れているそうだ。


「名前ちゃんは忍田さん直属の部下だから、忍田さん派だね」

「おぉ、そうなのか。でも、俺の考え方はりんちゃんだなぁ」

「香薫さんはそう言うと思った」

「でも、名前が近界民ネイバー嫌いなきどっち派ではないのが意外だ」

「どうして?」

「だって、その……俺の所為だとは言え、近界民ネイバーが嫌いになるような光景見せちゃったし」


俺が死んだのは、自身の”戦いたい”、”競いたい”という欲求を抑えられなかった結果、名前のことが目に入っていなかった。
だから彼奴が危険な状態だったと気付いた時には___自分の身体を割り込ませていた。


「正直、忍田さん派だけど考えは城戸さんよりかも」

「やっぱりか〜、悪い事したなぁ」


話を戻して……ここからが名前が言っていた『励ましてあげて』という言葉の内容になるようだ。

最近、自分の事を近界民ネイバーと名乗る少年___空閑遊真という子がこちらの世界に来たらしい。
その子がこちらに来た理由は、父親の死が関係しているらしい。

その子の持つブラックトリガー……父親の形見を奪うべく、先程までボーダー内で争っていたらしい。
名前も参加していたようで、勝敗は悠一達の勝利。


そして悠一は、そのユウマって子をボーダーに入れるべくきどっち達に”取引”をしたという。
その取引は、空閑遊真の入隊を正式に認めること。
どうやらボーダーには隊務規定があるらしく、その中にある”模擬戦を除くボーダー隊員同士を固く禁ずる”という規則でその子を守るって話らしい。

だが、取引というものは一方的では成り立たず、同等の条件を差し出さなければ成立は難しい。
そこで悠一が渡したのは風刃……最上さんが変わり果てた姿であるブラックトリガーを渡したそうだ。


これが名前の言っていた『励ましてあげて』の意味だ。
悠一にとって最上さんは師匠でとても大切な人だ。ただの仲間ではなかったのだから、手放すことを選んだのは苦渋の決断だっただろう。


「自分が言いつけを守らなかったから親父は死んだ。遊真はそう言ってたよ」


それでも悠一は、その後輩くんのために辛いことを選んだ。


「……なんか、今の話を聞いてたらその子の親父さんの気持ちがなんとなく分かったかも」

「そうなの?」

「ああ。だってさ、そのユウマって子の親父さん……その子に生きてほしいからブラックトリガーになったんじゃないのか。俺も……名前には生きてほしいからブラックトリガーになった」


名前は俺の自慢の妹で、弟子だ。そこらのボーダー隊員では勝てないだろう。
だが俺からすればまだまだあいつは弱くて、俺が守ってやらなきゃいけない。戦闘面でも、あの女……俺達を作った母親からも。


「でも1番は……彼奴の泣き顔を見たら、置いて逝けないって思った」


今でも鮮明に思い出す。
俺が人間でなくなる数秒前の光景。


『嫌だ……ッ、嫌だ……!』

『ごめんな、名前』

『死なないで……っ、兄さんっ!!』


可愛い顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた妹。
自分が愛されていたことが分かると同時に、不安が募った。


これからの名前の将来が、未来が。
なのに俺の身体は”生きる”という事に対して力尽きようとしていた。

だったら何か形になるもので名前の側にいたい。
ブラックトリガーになることを選んだのは、まだ名前と一緒にいたいという俺のわがままでもあった。


「香薫さん……」

「……なんでお前が泣きそうなんだよ」

「だって、俺がもっと上手く副作用サイドエフェクトを使えていたら……!」



悠一の副作用サイドエフェクト『未来視』は有能かつ貴重だ。
だから彼奴はいろんな思いをしてきただろう。
さっきのユウマって子の人生を話して貰ってたとき、悠一と似ていると思ったんだ。だから最上さんを手放してでも守りたかったのかな、なんて。


「よしてくれ。俺はブラックトリガーになったことは後悔してないんだ」

「……」

「あんまり溜め込むなよ。……吐き出さねェと辛いのはお前だ」

「……うん」


肩にかかる重み。
目線を横に動かせば悠一の頭が乗っかっていた。
その頭をポンポンと撫でてやれば鼻を啜る音が聞こえた。





2022/2/13


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