その背中が重なった



「貴方は……さっきの」

「彼の言っている事は真実です。この書類をご覧下さい」


忍田さんは持っていた書類をお母さんに渡した。気になったので、迅さんの後ろからそっと様子を窺う。

お母さんは渡された書類を目に通すと、その瞳を大きく見開かせた。


「どういうこと……?私、届出なんて出していないのに離婚したことになっている……?!分かったわ、香薫ね?香薫がやったのね……!!」

「正解」

「とんだ置き土産を……!!」

「これで証明できましたね?名前ちゃんが貴女の子供ではないことが」

「……っ!!」


迅さんの手がポンッと頭に乗る。
初めてだ。ここまでお母さんが追い詰められている所を見るのは。

お母さんは悔しそうに歯を食いしばり、書類に皺を作っていた。


「……もう再婚なんて意味ないわ。破棄よ、破棄!!」


お母さんは書類をその場に投げ捨てると、こちらを見た。


「私は絶対に貴女を取り戻してみせる……!!待っていなさい、名前」


そう吐き捨てると、お母さんはその場を去って行った。
お母さんの背中が見えなくなった瞬間、力が抜けて床に座り込んでしまった。


「……お疲れ様、名前ちゃん」

「……今回ばかりはお礼を言います。……ありがとう、ございました」


そっぽを向きながらそう言うと、迅さんはクスッと笑った後、私の頭を撫でた。


「忍田さん。準備とか諸々ありがとね」

「こちらこそ。それに名前のことは香薫から直々に任されている。力になれて良かったよ」


迅さんと忍田さんの会話を黙って聞いていると、徐々に心が落ち着いてきた。
それと同時に、気になった事が浮かんだ。


「あの……兄さんはいつそんな事を?」

「この書類の内容だと……6年前か」


忍田さんはお母さんが投げ捨てた書類を拾い、それに目を通した。


「その時期って確か……」


忍田さんの言葉を聞いて、その頃を思い出す。
その時期は、お父さんが亡くなる1年前だ。


「でも、離婚ってお互いの一致がないと出来ないんじゃ……」

「『裁判離婚』ってものがあるんだよ。香薫さんはそれを利用したんだ」


兄さんの行動力に驚きを隠せない。まさか、そんな方法でお母さんから私を引き離していたとは……。


「……私、すごく迷惑かけてしまいました」

「お前が掛けたんじゃない。だから気にするな」

「でも……お母さんは私を取り戻すためだけにこうして行動を起こした。……ほら、迷惑かけてるじゃないですか」


座り込んだその場で膝を折り、そこに顔を埋める。
……ボーダーにいる以上、また迷惑をかけてしまう。あの人はまた私に会いに来る。


「……私、ボーダーを辞め___」

「させないよ」


私の言葉を遮り、迅さんがそう言い放った。
副作用サイドエフェクトで私が何を言うのか分かってたんだ。


「……でも、何か責任を取らないとこの気持ちは晴れない」

「名前……」

「そうだ……私を嵐山隊から脱退させて下さい。それなら、お母さんの目に止まっている状態でも、メディアから姿を消すだけで多少は錯乱出来るはず」


……お願いします
そう言って頭を下げた。


「私の一任では決められない。が……いいんだな」

「……もう迷惑をかけたくない。だから……お願い、します……!!」


忍田さんの言葉に頷いて、私はもう一度頭を下げた。





2021/07/23


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