貴方のいない日常の始まり



「…兄さんを返して貰いにいく」


場所が分かったなら後はその場所へ行くだけ。
ベットから降りて立ち上がった。…が、数日間も寝転んでいて禄に何も食べてなかった身体では、上手く立ち上がることが出来なかった。

再びベットに倒れ込む身体。
言うことを聞かない身体に、思わず唇か噛む。


「落ち着くんだ。…起きたら連れてくるように言われている」

「……誰に?」

「本部指令。『ボーダー最高責任者』に、だ」


ボーダー最高責任、者? 誰だろう。
忍田さんの言葉に首を傾げる。
役職、って事だよね?どうして名前で言わないんだろう…?
その事に疑問を抱きながら、私は忍田さんに支えられて目的の部屋へ向かった。



***



忍田さんに支えられ、ある部屋の前に辿り着く。
…この部屋、さっき見えた景色と同じだ。ここに、兄さんがいる。
そう思って、正面を向くとそこには見知った顔半分と、見知らぬ顔半分。
私は一番最初に視界に入った、真っ正面に見えている人に向かって口を開く。


「お久しぶりです、城戸さん」


今、私と視線が合っている人…城戸さんに向かって挨拶する。


「…この間はご苦労だった。“苗字隊員”」


城戸さんが放った言葉に目が見開いていく感覚がした。
…どうして城戸さんは、私を苗字で呼ぶの?いつも名前で呼んでくれるのに。

私はこのボーダーという組織に兄妹で所属していた。
私達には暮らすための場所と、保護者である親がいなかった。
母は父が病気に掛かった事を知ると、父を捨てて一緒に暮らそうと言い出した。それに激怒した兄と母は言い合いを始め、喧嘩にまで発展した。
最終的に母が出て行き、病気に冒された父と兄と私三人で暮らしていた。
当然収入がないため、貧しい暮らしをしていた。

だがある日、兄にモデル業の話が掛かった。
兄の容姿を見込んでのスカウトだろうとすぐに分かった。
少しでも収入を、と兄は学業とモデル業を両立し始めた。
ボロボロになっていく兄さんを見ていることしかできずにいたある日。____父が旅立った。

葬式云々の話の時に来てくれた数人の大人達。…それが、ボーダーという組織との出会いだった。
どうやら私に内緒で、兄は先にボーダーへ入っていたらしく、行き場の無くなった私達はボーダーが使っている基地へ住むことになった。

聞かされた話……ネイバーと呼ばれる存在に最初は理解出来なかったけど、此処で住ませて貰っている身だから知っておかなければならない、とその時は思っていた。
でも、兄と一緒に訓練している時の姿を見て、考えを改めた。
いつも暗い表情で怖い雰囲気だった兄が、楽しそうに笑っていたのだ。モデル業で良く見せていた、偽りの笑顔ではなかった。

兄さんにとってボーダーという組織は信用できる人達なんだ、と。
その日から、周りに対しての態度を改めたんだっけ。その日から周りが私の事を『名前』と名前で呼んでくれる事が居心地良く感じ始めたんだ。

城戸さんも私を名前で呼んでくれる人の1人だ。
だからこそ、どうして、と疑問に思った。
…だが、今はそんなことよりも。


「城戸さん。……持ってますよね」


兄さんを返して貰うことだ。
こちらを黙って見ているので、サイドエフェクトを発動して見つけようとした。



「…これの事だろう」

「!!」


城戸さんの手が机の上に置かれ、離れた所にあったのは、


「兄さんッ!!」


ブラックトリガー…兄さんだった。
私はそれを取ろうと走り出そうとした。


「…ッ、離してよっ忍田さん!」

「司令の話は終わってないぞ、名前」


私の腕を掴みながら忍田さんが固い表情でそう言った。
し、れい?
忍田さんを見上げるが視線は合わない。ずっと前を向いている。
じゃあ、さっき忍田さんが言っていた『司令』っていうのは…


「ボーダー最高責任者、『城戸 正宗』だ。苗字隊員、早速だがこのブラックトリガーを起動させなさい」


城戸さんは自己紹介をした後、目の前に置いてあるブラックトリガー…兄さんを起動しろ、と言った。
…ボーダーという組織が、私の知るボーダーからどんどん離れていく。
そんな事を思いながら、表情の変わらない城戸さんを見つめた。





2020/12/26


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