私を待ってくれた人達



「名前」

「あっ、風間さん!」


2月3日
私の意識が戻ってから5日が経過した。

柚宇がお見舞いの品として持ってきてくれたゲームをしていると、病室のドアが開いた。そこにいたのは風間さんだった。風間さんはベッドの側にある丸椅子へ座った。……この椅子、元の位置はどこなんだろう。誰も戻さないんだよね。別に気になってるわけじゃないからいいんだけどね。


「もう怪我はいいのか?」

「はい。だいぶ良くなりました。もうほとんど痛みを感じませんし」

「そうか」


ゲーム機をスリープ状態にして、風間さんと向き合う。なんか風間さんと話す時は佇まいをきちんとしないといけない気分になるんだよね。向こうは楽にしていいって言ってくれるんだけど……無意識にこうなっちゃう。

そう思っていると、風間さんの視線が自分の左側に向いていることに気づく。あ、ブラックトリガーを見てるのか。時折、風間さんは私の左耳に着いているブラックトリガーを見る事がある。初めはちょっと恥ずかしかったんだけど、回数を重ねたからもう気になってない。

だけど、今日はちょっと分かりやすかったなぁ……。


「ブラックトリガーが気になりますか?」

「! ……すまん、気に触ったか?」

「これで何回目ですか。流石に慣れましたから気になりません」

「……そうか」


風間さんが気まずそうにそっぽを向く。こういう所を見ると本当に歳上なのか疑ってしまう。身長も相まって可愛いと思ってしまうのだ。相手は歳上且つ兄と同い年であるというのに、だ。

私は左耳に着けていたブラックトリガーを外して掌に乗せる。その掌を私と風間さんはジーッと見つめる。風間さんにこのブラックトリガーを作ったのが兄さんであることを伝えて以降、今のようにただ見つめるだけの時間が、いつの間にか当たり前になっていた。


「……実は、この前の侵攻で香薫に会ったんだ」

「え?」

「忍田本部長に全て聞いた。このブラックトリガーの秘密を。……お前はブラックトリガーを起動すると、この中に封印されている魂……香薫と変わっていると」


どうやら私がブラックトリガーに換装した後……兄さんと交代している時に風間隊と鉢合わせたらしい。風間さんだけでなく、風間隊に。つまり、菊地原君と歌川君、三上ちゃんにもバレてしまったという訳だ。


「菊地原君と歌川君、三上ちゃんはどのように捉えてるんでしょうか?」

「ま、3人とも『ブラックトリガーだからなんでもあり』のような解釈だろう。現に俺もそれに近い」

「そうですよね。私も同じようなものですから」


使い手……と言っていいのかよく分からないけど、適合者である私もよく分かってないもの。どうして兄さんの魂が封印されているのかなんて。


「……この事を隠していたのはお前の意思なのか?」

「どうなんでしょう。兄さんの存在を知ったのは私ではなく忍田さんが先でしたから」

「確か、忍田本部長はこのブラックトリガーについて一任されているんだったな」

「はい。なので忍田さんの判断なのかもしれません」


忍田さんが何を考えて兄さんの存在を隠すに至ったかは分からない。でも、普通に考えて死んだ人が目の前にいるなんてこと信じて貰えないだろうし……。だから忍田さんの判断は正しいと思う。


「でも、結局バレちゃいましたね」

「だが、お前がこのブラックトリガーが香薫だと教えてくれなかったら……あの時俺は香薫だと信じてなかった」

「え……?」

「ありがとう、名前」


風間さんにお礼を言われると、なんだか気分が上がる。この人が褒める姿をあまり見た事が無いというか、イメージがないからなのか分からないけれど。


「……それを言うのはこっちです。兄さんの存在を受け入れてくれて、ありがとうございます」

「あれはどう見ても香薫にしか見えなかった。菊地原と歌川は雰囲気の違う名前だと言っていたがな」

「ふふっ、そうなんですね。でも間違えるのも仕方ないのかもしれません。今の戦闘体の姿、兄さんの真似なので」

「だろうな。分かりやすいな、お前は」

「バレてましたか……」


風間さんは私の知らない兄さんを知っている。それって過ごした時間が長いから知っているって事だもの。……あの時私がブラックトリガーの正体が兄さんであると言わなかったら、風間さんは兄さんだと気づいたんだろうか。

いや、きっと気づくと思う。私が風間さんと初対面したのはボーダーが創設されて2年後くらいだったから、風間さんが兄さんに対してどう思っていたのかは分からない。だけど、兄さんが風間さんに対してどう思っていたかは知ってる。すごく信用していたことをよく覚えてるから。風間さんも同じなのかな、なんて。


「……忍田本部長が、俺と香薫の対面を許可してくれた」

「!」


突如、風間さんの口から出た言葉。その言葉に風間さんの今までの行動に腑に落ちた。いつに増してブラックトリガーを見つめる視線がはっきりしていたのは、風間さんが今言った内容が原因だったんだ。


「そうだったんですね。なら早く退院しないと!」

「焦るな。お前が暇な時で大丈夫だ。……無理をさせたら、俺が香薫に怒られる」

「でも、きっと兄さんだって風間さんに会いたいはずです。……これまでずっと限られた人とした合わせて貰えてないはずですから」


兄さんだっていろんな人に会いたいはずだ。そして、話したい事も沢山あるはず。風間さんのお陰で、退院する理由が増えた。


「あと、私はいつも暇なので風間さんの都合の日に来てください!」

「分かった。なら連絡先を貰ってもいいか?」

「勿論です」


本部にいれば大体みんないるから連絡先なんてあまり交換しない。風間さんもその一人だ。もう何年も前に知り合ったというのに今更である。


「太刀川から聞いたんだが、明後日退院するそうだな」

「はい」

「生憎その日は防衛任務が入ってるから……次の日はどうだろうか」

「大丈夫だと思いますよ。忍田さんにも話しておきます!」

「ありがとう、名前」


そう言って微笑む風間さんにつられて私も頬が緩んだ。本人には言ったことはないし、一生言う事もないだろうけど、風間さんは第三の兄のような感覚なんだよね。あ、第二は忍田さん。

風間さんが退室して少し時間が経った後、忍田さんがやってきた。ついでに6日にブラックトリガー使用の許可を尋ねておいた。


「ああ、風間のことか。勿論だ」


疑っていた訳じゃないけど、風間さんの言ってた事は本当だったんだ。……兄さん、どんな反応するのかな。知る事はできないけど、どんな感じだったのか風間さんに聞いてみよっと。





2022/5/9


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