私を待ってくれた人達
「検査結果はどうだった?」
診察が終わり、先生と看護師が退室した。入れ違いで忍田さんが病室に入ってきた。
「特に後遺症は残らないでしょうって言われたよ」
「そうか。あれだけの怪我をして後遺症が残らないのは奇跡だな」
そう言って微笑みを零す忍田さんに少しだけ胸が痛んだ。桐絵のときに感じた者と一緒だ。罪悪感を感じているんだ。
忍田さんはパソコンを片手に持ったまま丸椅子に座る。足を組んでその上にパソコンを置いて開いた。
「話を変えるが、今回の侵攻でお前に論功行賞が出ている」
忍田さんがタイピングする音が病室に響く。……って、論功行賞!?
「えっ、じゃあボーナス貰える!?」
「ああ。お前には特級戦功が授与されている」
どうやら私には特級戦功が与えられているらしい。えっと、と言う事はボーナス金150万円だったよね!?
「やった……! 頑張った甲斐があるね!」
「因みにそこから何円かお前の治療費に使った」
「…………え?」
忍田さんの言葉に頭が一瞬停止した。
待ってよ、私結構酷い怪我してるから、だいぶ減っているんじゃ……。
「あと、学費として少し貰う予定だ」
「学費?」
「大学のだよ。行くんだろう?」
……そう言えば、忍田さんに話してなかった。進路について。私にとって忍田さんは保護者的立場である。書類上、忍田さんは私の親になっている。
因みにこれは兄さんに聞いた話なんだけど、お父さんが亡くなった後、私達の親代わりをどうするかという話になった。その時、候補に挙ったのが忍田さんと城戸さんだったらしい。結果、忍田さんが保護者になっている。
普通だったら進路の話はするんだろう。でも私はしなかった。……言えばきっと止められると思っていたから、態と話さなかったんだ。
「……私、大学に行かない」
「は?」
「大学に行かない」
短く驚きの声をあげた忍田さんにもう一度、自分の意思を伝える。
「……進路希望の話は遅くても5月にはあったはずだ。何に何故黙っていた」
「勉強が嫌だからじゃないよ」
「……本当か? あまり成績が良くなかったから、それが理由じゃないかと思ったんだが……。まさか、ゲームの時間を増やすためとか言わないよな?」
「……あ、確かに増える」
「言うんじゃなかった……」
その言葉に納得していると、忍田さんは頭を抱え込んでしまった。……って、勉強がしたくないからでも、ゲームの時間が欲しいからでもない。
「私、ボーダーに専念したいんだ」
「ボーダーに……」
「それに、兄さんは大学には行けなかったから」
兄さんは17歳でいなくなってしまった。正確には、ブラックトリガーとなってしまった。……何事も兄さんと共通点が欲しいって思うのはダメかな。
「香薫が行けなかったことを気にしているのか。……でも、あいつはそんなこと気にしないだろ。例えそれが自分に厳しい事が降りかかろうとも」
忍田さんが言っていることはきっと、あのことだ。
私と兄さんは同じ学校に通っていない。いや、小学校までは一緒の所だった。だけど兄さんは小学校卒業後、進学校……六頴館中学校へ進学した。この学校には成績が優秀である生徒には学費免除の奨学金制度があるらしく、私の学費を考えての判断だったらしい。でも、途中からはボーダーから支援が貰えたから気にする必要がなくなったけれど。
「それでも行かない。もう確定してしまってるし」
「……はぁ。そうだよな」
「それにね、私ボーダーにすごく感謝してるの。住む場所をくれたこと、母さんの件があってもまだ置いてくれてること。それが戦力として置いてくれてるなら、答えなきゃって思って」
こんなこと普段は言えないから、ちょっと恥ずかしいけど……今までずっと思っていた事だ。本当に感謝してる。
「……はぁ」
「また溜息ついた……! 結構恥ずかしかったのにっ」
「いや、呆れてるわけじゃない」
忍田さんは下げていた頭を上げた。
「お前が大怪我したのが我々の所為だと思わなかったのか?」
そう言った忍田さんの表情は悲しげに見えたんだ。
「……思わない」
「!」
「自覚あるんだ。こうなった要因が」
私は話しながら眠っていたときの出来事を思い出した。
兄さんが言っていた。迅さんが副作用で私の予知を視ることができず、この事態を回避できなかったのは自分の所為だと。
でもね、兄さん。今思い返したらあの時、私油断してたんだ。
普通に考えて戦場の中、無防備でいるのが可笑しいんだよ。狙われて当然だ。
それに迅さんが副作用で視えていたとしても、読み逃していたとしても……本来、自分の辿る未来の可能性は知る事ができないんだから、このような結果になったとしてもなってなくても、あの人は悪くない。結局はその未来へと進む行動をした”自分”の所為なのだから。
だから、兄さんも迅さんも悪くない。すべては自分自身で選んで決めた行動が招いた結果なんだ。
「……だから、ボーダーの所為だって思ってないよ」
「昔からお前は自分に対する評価が低い。そして、決して他人を悪者にしない。……本当、優しすぎるよ」
それでも、お前が本当に思っている気持ちを否定するのは違うよな
だけど、もっと自分を大事にしてくれ
そう言って忍田さんは私の頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
「……やっぱり大学に行けばよかった、と後悔しないな?」
「うん」
「………分かったよ。じゃあ3月からはボーダーの為に働くってことでいいんだな?」
「一日フルでシフト入れてもいいよ?」
「さすがにそれはしない。だが、緊急時の対応はお前に飛んでくると覚悟してくれよ?」
「はーい。”本部長”?」
滅多に呼ばない役職名を口にすれば、忍田さんは困ったように笑った。
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2022/5/7
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