未来視通す者にも選択肢を
side.迅悠一
「……副作用が機能していれば、名前ちゃんの未来が視えていれば、名前ちゃんがこんな目に遭うことはなかった」
名前ちゃんに尋ねられた時点で可能性が視えていたら防げたことなんだ。
だから、おれが……
「……あのな、そんなこと誰も言ってないだろ」
「え……?」
「お前が予知を外した。だからお前が悪い。……そんなの誰が言ったんだ?」
「でも、おれには可能性が視える。視える者として最悪な未来を辿らないように対策するのも、危険な人に忠告するのも当然で……」
「そうだな。でも、それはあくまで”可能性”なんだ。視えたものが現実になると断言できたのはいくつあった?」
「そ、れは……」
「お前がその未来を視た時点で断言できる未来は、そこまで多くない。何かしらのポイントがなきゃ、その未来は確定しない。……お前の副作用なんだから、分かっているだろ」
おれの副作用は複雑だ。だから周りからも『未来がみえる』程度にしか認識されていない。
そんな人がいる中、香薫さんはおれの副作用について知ろうとしてくれた人の1人だった。
たまにこの人はおれ以上におれの副作用に詳しいんじゃないかって思う事がある程、この予知の副作用について理解してくれていた。
「……悠一はさ、気を張りすぎなんだよ。あと、責任感が強すぎ。まあ、可能性が視えるなんて重要なポジションだから、自然と意識してしまうんだろうけどさ。もっと自分を労れよ」
「そんな事している暇があるなら、おれはこの副作用を使わないと……」
「誰がお前にそれを強いたんだよ。言ってみろ、ぶん殴ってやるから」
「……歳上だったらどうするの」
「関係ねーな」
「ボーダーの人でも?」
「問題ねぇ。むしろ、何言ってんだって怒鳴り込んでやる」
「忍田さんでも?」
「まさっちはそんな事言わねぇ」
香薫さんは忍田さんのこと信頼してるもんな。確か香薫さんにとって忍田さんは師匠に当たる存在だ。太刀川さんにとっては兄弟子という立場になる。
正義感が強いところなんて忍田さん譲りだ。元々そんな人であったけど。
「なぁ、悠一。気になっていたんだけどさ」
「ん?」
「___お前、名前に言う気ないんだろ」
香薫さんが何を指してそう言っているのか、おれには分かった。名前ちゃんに抱くこの気持ちを本人に伝える気がないんだろ、と香薫さんは言っているのだ。
「そんで、あいつの幸せを願って他人に譲るつもりなんだろ」
「……香薫さんは何でもお見通しだなぁ」
「分かるさ。何年一緒にいたと思ってんだよ」
どうしておれが名前ちゃんに想いを告げる気がないのか。……それはおれのわがままで、臆病な気持ちから来ていた。
「もう大切な人を作りたくない。増やしたくない……!」
未来が視えるからこそ、大切な存在がいなくなってしまう光景が視えてしまうことがある。……実際、何度もその光景を視た。
もし名前ちゃんがいなくなる未来が現実になったら?
あの時見えたおれにとって最悪の未来を辿っていたら?
……きっとおれはもう立ち直れない。だからおれは名前ちゃんを大切な存在にしたくない。
だけど、もうあの子をそれ以外で見る事などできないところまで来てしまっているのが現実で。
初めは一目惚れだった。笑った顔に惹かれたんだ。段々と関わる内にその気持ちが恋心であることに気づいた。だけど、そのタイミングはおれが自分の副作用の重要さに気づく直前の出来事だった。
「……それは副作用で視える未来の可能性のことを言っているのか? 視えていたからこそ実際に失った時、耐えられないからか?」
香薫さんの問いにおれは答えられなかった。
しかし、沈黙は肯定とみなされるのが普通で。
香薫さんはおれの回答がYesであるのが分かったのか、何かを考えるように目を瞑った。
「……もしもの話だ。悠一はさ、その副作用がなかったら、何も考える事なく名前に想いを伝えたか?」
「……分からない。この副作用がない自分を想像できない」
普通の人は未来は視えない。当たり前だ。だけど、おれにとっては未来が視えること当たり前で。
この副作用がない自分を浮べることが出来ない。この副作用はおれを形成する一部だから。
「その副作用は本当に優秀だよ。でもな、それがあるからって自分を抑える必要ねーだろ」
もっと自分を甘やかせよ
名前ちゃんの声で告げられたはずなのに、香薫さんの声に聞こえたその声音は優しくて。
……もしかしたら意識していなかっただけで、ずっと誰かに言われたかったのかもしれない。
「それにさ、本気で誰にも譲りたくないものには正直になれ。……後悔して傷付くのはお前だ、悠一」
「……いいのかな。おれはボーダーの為に、市民の為にこの副作用を使い続けなきゃいけないのに。自分の好きな事を選んでいいのかな」
「誰もダメだって言ってないだろ。というより、お前そんなに他人に優しさを振りまくようなやつじゃなかっただろ」
香薫さんの言う通りだ。
元々おれは他人の為に自分を犠牲にできるような強い人間じゃない。自分の有利になるような選択を選ぶ人間だ。
……例えそれが、残酷な方法であろうとも。
「……うん、そうだよ。おれは最善の未来のためには残忍な手段を選ぶこともある。1人を選ぶより大人数を選ぶような選択をしなきゃいけない。そんな人間が好きな人を……名前ちゃんを愛していいのかな」
「勿論だ。お前はもっと欲張りになっていい。自分に褒美をあげろよ」
不意に足を止めた。
それと同時に名前ちゃんの手がおれの頭へと伸びていき、そして触れた。
「それに、あいつもお前のことは分かってる。それを受け入れた上でお前を愛してくれるさ。悠一は1人で抱えすぎなんだよ。名前ならお前の背負うものを一緒に抱えてくれる」
「……っ」
「失うことが怖いのは当然だ。俺だって怖いさ。それが怖いなら強くなるしかない。でも、1人で強くなろうとするな、名前も一緒に強くなってくれる」
俺の妹なんだ。兄ちゃんである俺が保証する!
そう笑う名前ちゃんの表情は、紛れもなく香薫さんのものだった。
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2022/4/24
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