未来視通す者にも選択肢を

side.迅悠一



おれが発見したこの物体……香薫さんがわざと落としていったものの数は10個を超えた。
何となく初めに見つけたこの物体を拾って持ってきているんだけど、たまに閃光が走る度に香薫さんがくたばっていないと言っているような気がするんだ。


「トリオン兵……。こいつらを倒しながら移動してたのか」


香薫さんはトリオン能力が高い人だった。今思えば、千佳ちゃんと似た様な経験をしていたって聞いた事がある。
そんな香薫さんがボーダーに入った理由は、病に冒された父親と幼い名前ちゃんを支えるため、死ぬわけにはいかなかったからだという。

当時のボーダーの中で香薫さんは一番のトリオン量を誇っていた。だから初めはシューターを薦められたらしいんだけど、忍田さんの剣術に魅せられた香薫さんは、シューターを断ったそうだ。
おかげで香薫さんの唯一の弟子である名前ちゃんも根っからのアタッカー気質に……まあ、今は出水の影響でシュータートリガーも使ってるけど。


「千佳ちゃんほどではないけど、名前ちゃんもトリオン能力が高い方だったはず。……もしかして、狙われた理由はトリオン能力が高いから?」


前に千佳ちゃんがトリオン能力を計測したと聞いて、その結果を教えて貰ったんだけど、その数値はもう……うん。すごいの一言で片付けちゃうものだったね。
でも、思っていたより驚かなかった。前例……名前ちゃんと香薫さんという存在があったからだと思うけど。

っと、その話は一旦置いておいて。
近界民ネイバーは基本、トリオン能力が高い人を狙う。だから名前ちゃんを狙う理由としてトリオン能力は一番有力だろう。
それに加えて、戦闘経験も豊富だ。兵として狙うには都合がよすぎる。


「……お、なんだここ」


いろいろ考えながら走っていると、目の前には建物の入り口。香薫さんが落とした物体はこの建物へ続いている。
見上げてみると、どうやらここはマンションのようだ。勿論、使われなくなった建物であるため、誰も住んでいない。


「ここに名前ちゃんが……香薫さんが」


香薫さんの足跡を頼りにおれはマンションの階段をあがっていく。3階建てのマンションのようだ。何となく途中から分かってたけど、身を隠すために移動したのかな。だとしたら、やっぱりトリオンがあまり残ってないのかもしれない。途中すれ違ったトリオン兵も、ブレードで斬ったであろう跡があったのが裏付けている。


「……この部屋か」


黒い物体は3階の一番奥の部屋の前に落ちていた。
……ここにいるんだね、香薫さん。

おれは目の前の部屋のドアノブを握り、扉を開けた。


「……香薫さん?」


部屋の中に入ったおれは、震えた声で香薫さんの名前を呼んだ。しかし、返事は返ってこない。
まさか、おれの到着が遅くてトリオン切れで……


はっきり言おう。
おれが視た名前ちゃんの未来は、生きる未来と死ぬ未来の2つと言った。その分岐点で鍵になるのが、『ブラックトリガーを起動する』ことだった。
だけど、ブラックトリガーを起動したとしても名前ちゃんが死ぬ未来はあった。なぜならまだ分岐点があるから。

その分岐点で鍵になるのは___おれが香薫さんを見つけるまでに掛かる時間。今おれがその分岐点のどこにいるのかは分からない。副作用サイドエフェクトが全く働かないんだ。

それでも生存率をあげるためには、やはりブラックトリガーを起動してトリオン体へ換装する。それが名前ちゃんから死を遠ざける最もな手段だった。


……今は生きる未来を辿っているけど、もし死ぬ未来を辿っていた場合、名前ちゃんは出血過多によってそこで息絶えると副作用サイドエフェクトが言っていた。

先程言ったように、ブラックトリガーを起動したからと言って死ぬ未来は消えていない。トリオン体が破壊されたら……香薫さんが負けてしまえばその場で換装は解けてしまい、生身に戻る。そして、止まっていた出血が再開されてしまう。

名前ちゃんは近界民ネイバーに連れ去られる前に死ぬという未来が視えていたんだ。



「……っ」



ゆっくりと部屋の奥へと足を進める。

……どっちだ。
お願い、お願いだよ。大切な人を、好きな人を……おれからもう奪わないでくれ……!



「___遅かったな、悠一」



自分の名前を呼ぶ声に、おれは勢いよく顔をあげた。
そして、聞き馴染んだ声が聞こえた方へと振り返った。


「……! 香薫さ、」

「待ちくたびれて寝るところだったぞ。ま、トリオン体じゃ眠れないけどさ」


そこには壁に寄りかって座り込む名前ちゃんの姿をした香薫さんがいた。
碧色の瞳におれを映す香薫さんの表情は、おれが良く知るいつもの香薫さんの表情だった。





2022/4/23


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