大規模侵攻・後編
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名前が香薫と交代する数分前。
各地に近界民……トリオン兵ではなく、人間が現れた。
その人物達は『アフトクラトル』という国かやってきた異世界の人間だ。
彼らが玄界に侵攻してきた目的は、簡単に言ってしまえばこの世界の人間を捕らえる事。
詳しく説明すると、彼らの国の核となる存在を探す為である。
そんな中、彼らはとある少女達に目を付けた。
通常トリガー使用時に感知したブラックトリガー並の数値。
その数値はトリオン能力が異常なまでに高い事を指していた。その少女の名は『雨取千佳』。彼らは彼女の事を『金の雛鳥』と名付け、自国へ連れ去ることを目的とした。
それともうひとつ。
爆撃トリオン兵イルガーを2体討伐したとある少女を『兵』として連れ去ることを決定した。その少女の名は『苗字名前』。
一番の目標は雨取であるが、名前を連れ去る理由として2つあった。
1つ目は単純に戦力として。
雨取に劣るものの、彼女もトリオン能力が高かった。彼らの国でいうトリガー角を着けた人間とほぼ変わらなかったのだ。
それに加え、彼女はブラックトリガーを使う。そのブラックトリガー起動時の戦闘能力にも目を付けた上での判断だった。
2つ目は生贄として。
アフトクラトルがこの国へ侵攻した理由として自国の核となる存在を探す為だ。兵として利用できない、または使い果たした後に生贄として彼女を捧げれば良いと結論づけた。後者は雨取を捕獲できた場合の話でまとまっている。やはり生贄には雨取を捧げるつもりのようだ。
「ミラ。例の玄界の兵についてはお前に任せる」
「了解」
彼らは名前を捕獲するため、戦力を彼女に投下した。しかし、想像以上の戦闘能力に彼らの手持ちは減っていくばかり。
そのため、開発した新型トリオン兵ラービットも残り少なくなっていた。
が、しばらくしてブラックトリガーを起動していた名前が煙に包まれた。それはトリオン体が破裂した証拠だった。
つまり、今の彼女は生身。捕まえるには絶好のチャンスだったのだ。
アフトクラトルの遠征部隊隊長『ハイレイン』は名前の捕獲を同じく遠征部隊隊員『ミラ』に一任した。
相手に気づかれないようにダメージを与え、円滑に事を進ませる。
それに適していたのが彼女ミラだった。
「ハイレイン隊長。……例の玄界の兵を捕獲しました。これから回収に入ります」
そして現在。
彼女はハイレインから受けた命を見事果たし、名前に傷を与えて行動不能にした。後は名前を回収するのがミラの仕事だ。
ミラの背後で待機していたラービットが名前の元へとゆっくり近づいて行く。そして今、その厚く大きい腕が名前の元へと伸びた。
その光景を見ているミラは薄い笑みを浮べていた。
***
「名前……」
場面は変わり、ボーダー本部基地。場所は巨大なモニターが設置されている本部作戦室。
そのモニターを見つめ、男性……忍田はとある少女の名を口にした。
名前の位置を示すポイントが今も尚、彼女がその場にいることを示してる。しかし、このポイントは彼女が身に付けている通信機による位置情報によって確認できている。そのため、他の隊員のポイントとは色が若干異なっていた。
それがどういう意味なのか。
通常はボーダーのトリガーホルダーに内蔵された位置情報がモニターに表示される仕組みだ。しかし、ブラックトリガー使いである名前ともう1人、天羽はこの通信機を装着していた。何故ならブラックトリガーには、ボーダーのトリガーに内蔵している位置情報を送る機能がないからだ。
当然であるが、ブラックトリガーはボーダーが作ったトリガーではない。また、このモニターにはブラックトリガー起動の反応は探知できるが、位置情報を捉え続けることはできない。そのため、この2人がブラックトリガーを使っている場合、位置を把握するにはこの通信機が必須であった。
話は戻るが、名前が生身であるということはこの通信機が彼女の生存を確認する唯一のものなのだ。
そして、彼女がいつまで経ってもノーマルトリガーを起動しないということは、何か問題があったと言う事。
忍田は咄嗟に近くの隊へカバーに向かわせなければと考えた。
しかし、彼女は先程までブラックトリガーを起動していた。名前のブラックトリガーは特殊で、他の隊員に彼女がブラックトリガーを使用している姿を見せるわけにはいかなかった。その結果、名前の付近には誰もいない。
気を使ったばかりに、その対応がとんでもない状況を生み出してしまった。
『しのだ、さ……』
忍田の頭の中を流れるのは、痛々しい声で自分の名前を呼ぶ名前の声。
彼女の悲鳴を最後に通信は途切れてしまったのだ。
そして、今ボーダー本部も危険な状況であった。
現在、本部内にはブラックトリガー使いである近界民が侵入していた。そのブラックトリガー使いは名前を襲った者とは別人だ。何故それが分かっているのか。そのブラックトリガー使いの近界民が侵入してきたのは、名前がブラックトリガーから生身へ戻る数分前の出来事だったからだ。
その近界民を今諏訪隊が足止めし、オペレーターが弱点を解析していた。しかし、そんな時間を相手が与え続けてくれるわけがない。しかし、本部にブラックトリガーを倒す実力の隊員はいない。だからと言って放置するわけにもいかない。
そのため、忍田がその近界民がいる場所へ向かおうとした直後だ。名前が別の近界民に襲われたのは。
「忍田本部長、行きたまえ」
「……しかし、」
「指揮は私が執ると言ったはずだ。……名前の件も私が貰い受けよう」
名前が襲撃されたのは、忍田が最高司令官城戸に指揮を任せた後だったのだ。
忍田にとって名前は、彼女の兄と同じくらい大切な存在だった。そして、その兄から妹を頼むと直々に任されていた。
柄でもなく取り乱してしまい、冷静さを失っていたのだ。
「……お願いします」
忍田は名前の事を城戸に託し、作戦室を後にした。
……直後、モニターが何かの反応を表示した。
「……この反応は」
***
「!!」
再び場面は変わる。
そこにはボーダー隊員である迅悠一と、アフトクラトルの遠征部隊隊員『ヒュース』が戦闘を繰り広げていた。
「うそ……どうして今、視えて……!」
彼は何かを”視て”そう呟いた。
何を視ていたのか。それは未来だ。迅は副作用で視た人間の少し先の未来を視ることができる。
彼が視たのは名前の未来だ。
しかし、その未来は既に確定していて回避しようがなかった。
「……!」
迅はエスクードで相手の視界から回避し、視えた未来をもう一度振り返った。
彼に視えた確定された名前の未来……それは、彼女が敵国の近界民によって命に関わるほどの重症を負った光景だった。
それは彼女がトリオン体ではないことを示しており、同じく視えた名前のトリガーホルダーは遠い位置にあった。
恐らく彼女に怪我を負わせた近界民によるものだろうと迅は推測した。
「どうしていつも、こうなんだ……!」
残念ながら迅がいる位置は名前のいる位置から最も離れていた。助けに行こうにも距離があるのと、目の前にいる近界民の足止めをしなければならず、名前を助けには行けなかった。
他の隊員に助けに向かわせようにも、その未来が視えないと言う事は彼女の周りに他の隊員がいないということ。恐らく彼女のブラックトリガーが関わっているのではと迅は考えた。
「名前ちゃんが助かるには……!」
迅は名前を死なせたくなかった。
それは仲間だからという理由ではなく、むしろそれ以上の理由だった。
そんな彼の気持ちを汲み取ったのか、副作用がとある分岐点を迅に見せた。
その分岐点へはあと数秒で辿り着く。その分岐点とは、現時点で名前が死ぬか生きるかと言うもの。
名前が生きるためには、彼女がとある行動を取らなければならなかった。名前がその行動に気づかなければ、彼女は死ぬ。
「お願いだ、気づいてくれ……!」
可能性を出したあと、迅の副作用は名前に関する未来を、その先を彼に見せる事はなかった。
そして、迅が視た名前の未来の分岐点へ時間が辿り着いた。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1646.gif)
2022/4/17
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