大規模侵攻・前編



太刀川さんが出してくれたグラスホッパーへ向かって落下する私。
……実は使った事がないんだよね、これ。嵐山隊のメンバーにも使っている人がいなかったから。今はわかんないけど。

定期的に行われているランク戦で使っている人を見てたら、誰でも扱える代物でしょ。


「ほっ」


……そう思いながらグラスホッパーを踏んだ瞬間だった。


「わあああああっ!!?」


普通に踏んだだけなのに、思った以上に飛び上がってしまった。
あれ、強く踏みすぎた……!?
だってみんな、簡単そうに扱ってたじゃん!!

……と、予想外のことでバランスを崩しながらグラスホッパーへの文句を頭の中で浮べていると、誰かに身体を触られた感覚と同時に、抱えられていることに気づく。


「やっぱりダメだったか」

「た、太刀川さん!?」


その人物はグラスホッパーを出してくれた太刀川さんだった。
空中でバランスを崩した私を見て回収に来てくれたらしい。

……しかし、距離が近い。
あれ、よくよく見ればこの体勢は……!


「あ、あのっ」

「苗字顔真っ赤」


所謂『お姫様抱っこ』というものでは……!?
自覚した瞬間、顔に熱が集まる感覚がしたと同時に、太刀川さんに顔を指摘された。
その言葉に動揺して身体を動かすと「こら暴れるな、落ちるぞ」となだめられる始末。


「ほら着きましたよ、お嬢さん?」

「恥ずかしいのでやめてください……」


しばらくして近くの建物の屋上へ着いた太刀川さんは、お姫様抱っこの状態だった私を下ろす。余計な一言を添えて。
かんっぜんにバカにされた、からかわれた……!
次の模擬戦、ボッコボコにしてやるんだから!


「お前、グラスホッパー使った事ないのに使おうとしたのか……くくっ」


どうやら私がグラスホッパーで盛大にバランスを崩したところを見てツボに入っていたらしい。
……やっぱり模擬戦でボコボコにするんじゃなくて、しばらく無視しようかな。


「だ、だって! みんな使ってるからそんな大したものじゃないと……」

「実はな、グラスホッパーって慣れてないと扱いが難しいんだぜ」

「な……っ!」

「はーっ、さいっこうに笑ったぜ」

「もう太刀川さんと模擬戦しません」

「あーっ!? それはダメだ、悪かった、俺が悪かった!! だからそれだけは勘弁してくれ!!」

「風間さんに言って勉強漬けになっちゃえばいいんですよーだ!」

「あああああああああ」


この人、本当に私より歳上なんだろうか……。
模擬戦しないって言っただけでこの慌てようとは……。


「……さっきの誰にも見られてないですよね?」

「知らね。でも、アイツは分かってたんじゃねーの」

「アイツ?」

「迅」


太刀川さんが口にした人物の名を聞いて、ピシッと身体が一瞬強ばった。
……そうだ。あの人は私がこうなることを副作用サイドエフェクトで視えていたはず。なんで教えてくれなかったんだ!!
もう二度とグラスホッパーは使わない……!


「でも、あいつなら視えてたろうに、お前何にも言われなかったのか?」

「言われてないからこうなっているんですけど?」

「そうだよなぁ。読み違えたのか?」


すごく不思議そうに呟いている太刀川さん。
そんなに気になることかなぁ、あの人が読み違えることなんて。


「ま、こんな状況なんですしあるんじゃないんですか? それに、トリオン兵はちゃんと倒してますし、その直後に何もなかったから視てなかったとか」

「……お前マジか」

「え?」

「いや、迅がちょっと可哀想になってきたなーって思っただけ」

「は?」


太刀川さんの言っている事が全く理解出来ない。
何がどう繋がって迅さんが可哀想になるんだろか。


「ますます意味が分かりません。教えてください」

「知りたきゃ迅に聞け」

「この戦いが終わる頃にはとっくに忘れてるんで今教えてください」


この会話は忍田さんから通信が入るまで行われた。



***



「……げっ」


場面が変わり、そこには何かを視て顔を引きつらせた1人の青年……迅悠一がいた。
どうやら副作用サイドエフェクトで見えた内容に対しての表情らしい。


「もうこれ確定している未来じゃん……よりにもよって太刀川さんとか……」


彼が視た未来は、先程名前と太刀川が討伐したイルガーのようだ。
ちなみに1分も満たない未来で、名前はグラスホッパーを使ってバランスを崩し、その後太刀川に救出される。


「あの人、おれが名前ちゃんをただの女の子として見てないことを早々に見抜いてたからなぁ……また嫌がらせかな」


どうやら太刀川は迅が名前に対して抱いている感情を知っているらしい。ある意味弱みを握られている状態である迅は、何かと名前絡みで太刀川にからかわれているようだ。


「でも、こんな直前に……。やっと視えたと思ったら」


顔を隠すように頭へ手を当てた迅。
その表情はどこか辛そうで、悲しそうで……複雑なものだった。


「こんなんじゃ、名前ちゃんに何かあったとき……何もできない……!」


彼の抱く不安は、名前の未来を視ることができないと言うもの。
その原因は彼女がS級隊員と位置づけられている証であるブラックトリガー……そこに眠る名前の兄、香薫によるものだと知り1ヶ月程度。

尊敬していた相手を責めることも、特別な感情を抱く彼女を責めることもできない。
そうなれば、彼は誰を責めるのか。……いや、彼の中では既に誰が悪なのか決まっていた。





2022/4/12


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