大規模侵攻・前編



「ねぇ、本当に行かないの?」

「今更行きたいって言っても無駄だと思うけどね」


現在、時刻は昼。
私は柚宇と一緒に昼食を取っていた。

絶賛受験シーズンである私達3年生は本来、登校しなくても良い時期に入っている。それに、ボーダーに所属している人はボーダー推薦なるもので大学に入学できるらしい。柚宇はそれで大学……ボーダーと連携している大学に進学するそうだ。
まぁ、私に近いくらい勉強ヤバいからね……人の事言えないんだけどさ。
1番ヤバいのは私が好敵手と認めてあげてる当真だと思ってる。

そんな私だが……


「どうして大学進学しないの?」


柚宇が告げた通り、大学に進学しない。

高校卒業後、大学には進学しないと進路相談で話した。
担任からも都度都度考え直さないかと言われたが、私の意思は固く、大学には進学しないということで話は決定したのだ。


「大学に行っても今まで通り特別早退できると思うよ? というより、大学は自分の好きな授業取ればいいし、高校より楽だと思うけど」

「まあそうかもしれないけど……」

「それに、名前がいなかったらわたし誰と過ごせばいいの」

「他にもいるでしょ。同じクラスだったら結花とかさ」


結花こと、『今 結花』は、同じボーダーに所属しているオペレーターである。
私が嵐山隊に入っていた時期、広報やランク戦などで頭がいっぱいになり勉強を疎かにしてしまったときに助けてくれた存在だ。
当時は同じクラスだったけど、3年では目の前にいる柚宇同じく別々のクラスになってしまった。

今日は彼女が所属する隊が防衛任務らしく、午後から登校するようだ。


「名前はわたしのこと嫌いなのか〜っ」

「そ、そういうことじゃなくて……私、ボーダーの仕事に専念したいんだ」

「今まで通り特別早退できるのに?」

「うん」


勿論大学に通ったことがないから、どんな感じなのかは分からない。
でも、元々そこまで勉強が得意ではない私が大学に進学しても……って所がある。だがそれが理由ではない。

私が大学に進学しないと決めた本当の理由。
それは……


「!」


突如鳴り響いた警報音。
聞き慣れたその音は、町に近界民ネイバーが現れた合図。
普段ならこの時間に防衛任務が入っている隊員が討伐するのだが……


「緊急呼出……!」

「名前、これって……」


柚宇の言葉に頷く。
……少し前にボーダー本部から発表があった『大規模侵攻』が始まったんだ!


「先生っ」

「ええ。ボーダーから呼び出しがあったのね。苗字さんの事も伝えておくわ」

「ありがとうございます」


柚宇のクラスの担任が慌てた様子で教室にやってきた。避難の指示を出しに来たんだろう。
私達はこれからボーダーに向かわなければならない。そのことを察してくれた先生は私の事も伝えておくと言ってくれた。

荷物は……仕方ない。
近界民ネイバーを警戒区域外から出さなければ無事なんだから。そもそも避難の時に持っていたら邪魔なだけである。


「柚宇。換装するからちょっと待ってて」


玄関まで移動した私達。
人気はなく、皆避難しているんだろう。お陰で移動しやすかった。


「トリガー、起動オン!」


ポケットからトリガーセットを取り出し、起動する。
制服だった私は設定された服装……ボーダーの隊服を着用したトリオン体へと換装される。


「じゃあよろしく〜」

「はいはい」


柚宇の近くでしゃがんで、背中に乗るように促す。
迷う事なく柚宇は私の背中に飛びつき、私の首元に腕を回した。
それを確認した私は腰を上げる。


「ちゃんと捕まっててよ」

「わあ〜っ、はやーい!」

「まあ速さには自信あるし」

「これでお姫様抱っこしたら、完全に王子だね」

「……王子」

「あ、そっちの王子じゃないよ」

「分かってるよ」


柚宇の発言に一瞬だけちらついた顔に思いっきり反応する。
同じクラスに王子……『王子 一彰』という人物がいる。彼もボーダー隊員で、自分の隊を持っている攻撃主アタッカーだ。
因みに今日は不在だったので、結花と同じく防衛任務だったんじゃないかな。

で、何故私が嫌そうな反応をしたのかというと、王子の謎のネーミングセンスで変なあだ名を付けられそうになった。
そのあだ名があまりにも嫌だったので、その変なあだ名で呼んだら口利かないと正直に言ったら普通に苗字で呼んでくれるようになった。普通に話す分には仲良くしてる方だと思う。


「でもさ、文化祭で名前がサポートでドラムしてたじゃん? あれ結構好評だったみたいだよ。女子がかっこいいって騒いでだって」

「嘘だぁ」

「それに、名前のクラスメイド喫茶ならぬ執事喫茶やってたじゃん。執事コスしてた名前にときめいた子多いらしいよ」

「ねぇ、それ誰情報」

「加賀美ちゃん」

「倫ってばもう……」


倫……『加賀美 倫』は王子と同じく私のクラスメイトだ。彼女もボーダーに所属しているオペレーターである。
嵐山隊に入ってた頃に知り合ったのだが、彼女が所属する荒船隊の隊長『荒船 哲次』によると、倫は私の熱烈なファンらしい。

因みに、執事喫茶を提案して私に執事の格好をさせたのは彼女である。
お陰で私だけなんか他の人と違う格好だったもん……。髪型も倫の好きなようにアレンジされて恥ずかしかった……。


「ちょっと飛ばすよ」

「はぁい」


民家の屋根に飛び移りながらボーダー本部へと繋がっている通路の入り口……近くの秘密経路へと向かう。


「名前はどうするの? そのまま討伐しに行くの?」

「いや、基地で待機って言われてる」


大規模侵攻が始まった場合、私は基地で待機するように、と忍田さんから言われている。
まあ私は現在のボーダーで2人しかいないS級隊員……ブラックトリガー使いだ。ブラックトリガーは強力な存在だから、そう易々と戦場に駆り出すわけにはいかないらしい。


「じゃあ秘密経路でお別れじゃないんだね」

「でもある意味秘密経路に着いたらお別れじゃん。柚宇は隊室に行くんだし」

「まあそうだけどさ」


のんきにこんな会話をしているが、警戒区域内は近界民ネイバーだらけだろう。
だから急がなければ。





2022/3/2


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