兄さんの秘密



「……まぁ、それはそれで良かったよ」

「え……?」

「なんだか、実力以上の評判が立っていたから。実際、風間さんとは24敗、1わけだったからな!」


……なんか嬉しそう。
三雲君の反応にぽかーんとしていると、周りから「そうだったのか」やら「噂がひとり歩きしていたのか」と言った声が聞こえてきた。
三雲君は三雲君でこのランク戦のお陰で助かったところがあったらしい。


「真面目なのかどうなのか……まあ噂がひとり歩きするのは嫌だよねぇ」

「なんか嫌な思い出でも?」

「それが結構あってね……割と苦労してるんだ」


なぜか昔から噂の的になりやすかった私。
それは嵐山隊に入ると急激に酷くなったんだよね……。


「一番申し訳なかったのが嵐山隊に入ってた時でね、何を根拠に言ってるのか知らないけど、私と嵐山さんが付き合ってるっていう噂がクラスで広まってた……」

「わあお。まあそんときは先輩嵐山隊だったから、そう思われてもしかたないッスね」

「うぅ、米屋君までそんなこと言うの……」

「そりゃあ、ボーダー内の事情知らない人からすれば、そんなもんっしょ」

「なまえちゃんはおれのおヨメさんになるからダメだ」

「お前まだ言ってんのかそれ」


私と米屋君がそんな会話をしている間に、空閑君と緑川君は意気投合したらしい。
そして草壁隊……緑川君が所属しているA級4位の部隊なんだけど、そこと玉狛を兼業すると言いだしているではないか。

意外と兼業って厳しいんだよ。
嵐山隊に入ってた時、本当に大変だった……。
広報の仕事に学業にランク戦に……その忙しさに学業の方が疎かになっちゃって、当時のクラスメイトに大変お世話になった。


「さーって、ほんじゃあ行く前に……」


会話に一区切りついたところで迅さんが、三雲君と空閑君を連れてC級ランク戦ロビーを後にすると思えば、何故かこっちに歩いて来た。


「な、なんですか」


自然反射で後ろに下がってしまった私。
迅さんは私に手を伸ばしたと思えば、いまだに腕の中にいた陽太郎君を掴んだ。


「なに名前ちゃんにだっこしてもらってるの。降りて」

「やだ! おれはなまえちゃんにだっこされたいんだ」

「雷神丸がいるだろ。いいから降りろ」


……なんだこの光景は。
なぜか私から陽太郎君を降ろしたい迅さんと、私から離れたくない陽太郎君。
間に挟まれているわけじゃないが、何故か両手を引っ張られて取り合いをされているおもちゃの気分である。

てか訓練生が沢山いるからやめてほしいんですけど!!


「いやぁ、モテモテっすね先輩」

「米屋君、できれば助けてほしいんだけど!?」

「オレは見てて楽しいんで、このままがいいです」


悪そうな顔してる……!
ニヤニヤしている米屋君は助けの綱になりそうにないので諦める。


「というより迅さん。大人げないですよ」

「……じゃあせめて、米屋から離れて」

「はぁ?」


迅さんの意図が全く分からず、首を傾げる。
というより、城戸さんの事はいいのだろうか。


「そ、そんなことより、城戸さんを待たせているんじゃないですか?」

「あぁ、そうだった」

「ぎゃあっ!」


さっきまでの攻防戦は芝居だったのか、あっさりと私の腕から陽太郎君を奪い去った迅さん。
そして足下に待機していた雷神丸に陽太郎君を座らせた。

うん、やっぱりこの組み合わせが馴染むなぁ。
そう思いながらどこかふて腐れている陽太郎君をニマニマと見ていると、迅さんが耳元に顔を近付けてきた。


「後で迎えに行くから、予定空けといて」


それだけ言って、今度こそ迅さんは三雲君と空閑君を連れてロビーを後にした。
……何故か陽太郎君も着いて行ったけど。そしてなぜか永遠の別れのように私との別れを惜しんでたんだけど。


「何言われたんスか?」

「なんか向こうの予定が終わった後の時間を予約された」

「へぇ、デートのお誘いッスかねぇ」

「な……! 違うよ絶対!!」


どうしてこんなにもからかってくるんだ、米屋君……!
前までだったら冷たくあしらえたのに、最近迅さんに対する気持ちを認めてしまったから、ちょっと接し方に困ってるのに……!


「ふーん……やっぱり付き合ってるの?」

「や、やっぱり?」


迅さんがいなくなってから大人しくなった緑川君が、私にそう話しかけてきた。
……ん?


「まさか緑川君、私と迅さんが付き合ってるって思ってたの……?」

「違うの?」

「違うよ!!」


私が嫌われていた理由って、私と迅さんが付き合っていると思っていたから!?


「だって迅さんと楽しそうに話してたし」

「どう見たらそう見えるの!?」

「緑川は迅さん関連に敏感だからなぁ。でもな、苗字先輩は迅さん嫌いで有名だぜ」

「そ、その通り! だから私と迅さんは付き合ってない!」

「それにしては普通に話してんじゃん」


うぅ、手強い……。
もしかしたら私が迅さんを見る目が変わっていることに感づいてる可能性も……。


「迅さんと苗字先輩は長い付き合いなんスよね?」

「ま、まあ。何だかんだで付き合いは長いね。あ、恋人という意味ではなく、だよ?」

「そんなに念を入れなくても……」


そう言っても緑川君は納得していない様子。
どうすれば納得してくれるんだ……。


「まぁ、あんなとこ見せつけられたらそりゃあ付き合ってるって勘違いしますって」

「あんなとこ?」

「陽太郎に降りろとか言うし、100歩譲ってオレと距離を取れとか」

「あぁ、確かに言ってたね。よく分からなかったけど」

「マジ? あんなに分かりやすかったのに先輩分かんなかったッスか!?」


えぇ、分からなかった私がヤバいの?
どうやら米屋君は先程の迅さんの行動の意味が分かるらしい。


「あれはどう見たって”嫉妬”ッスよ」

「し、嫉妬?」

「はい。んで、迅さんから見たオレ達の光景は、向こうにとって面白くなかったんですよ」

「面白くない? ますます分からない」

「はー……何となく感じてたけど、先輩って鈍感なんすね」


鈍感?
そんなはずないと思う。

割と察しもいいと思うけどなぁ。
ゲームとかで柚宇に気が利くって言われるし。……そういうことじゃない?



「___迅さんは、陽太郎抱えた先輩とオレが”夫婦”に見えたのが嫌だったんッスよ」



ニヤリとした表情で告げた米屋君の言葉に、顔が熱くなる感覚がした。





2022/2/24


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