殺し屋レオン:序
side.潮田渚
結果を言うと、リターンマッチ…鷹岡先生との勝負に僕は勝つ事ができた。
しかし、薬は爆破されてしまった。
それと……
「おい苗字!よくも騙してくれたな……!!」
苗字さんが鷹岡先生と手を組んでいた事。その事実により彼女は罰処分が下されるそうだ。
でも……
『僕とここで芝居をしろ』
『僕では彼奴を止められない』
『この僕自ら恥を晒してやると言っているんだ』
苗字さんは自分のイメージを曲げられることを極度に嫌っている。そんな人が自分を曲げてまで僕に勝たせた訳。
……きっと苗字さんは___
「待って寺坂君!!」
「あぁ?んだよ渚」
「苗字さんは僕達を裏切った訳じゃないと思うんだ!!」
___僕達を助けようとしてくれたんだと思う。
僕はその場に居合わせなかったけど、女子達を助けてくれた。
さっきのエキシビションマッチとして戦った際もそうだ。そもそも僕がプロの殺し屋に勝てるわけが無い。それを分かって手加減をして僕に勝たせてくれた。
きっと苗字さんにとって苦渋の決断だっただろう。それでもこうして僕が無事でいるのは、女子のみんなが危険な目に遭っていないのは苗字さんのお陰だと僕は思うんだ。
「じゃああの時渚が苗字と対等にやり合えていたのは……」
「うん、全部苗字さんのお陰だ」
「じゃああれは……」
「苗字さんの言葉を借りるなら、『芝居』だよ」
寺坂君が苗字さんの胸ぐらを掴んでいた手を放す。落下した苗字さんを矢田さんが支えて寝かせていた。
「名前気絶してるの?」
「……それで間違いなさそうだ」
「えっ」
矢田さんの問いに烏間先生が苗字さんの身体に触れて確認している。そして、気絶していると断言した。
ちょ、ちょっと待って!
「確かに僕は苗字さんを無力化させたようにしたけど、気絶するまでの力はなかったよ!?」
「渚君そんなに力ないもんね」
「うぅ……言わないでよカルマ君……」
確かに僕は力ないけど……本気でやっているように見せなければ鷹岡先生を欺くことはできない。だから思いっきり…とは言わないけどそこそこ力を入れてやった。
「項に手刀で気絶させる事を脊髄ショックというそうです。あまり強く打っていないのならしばらくすれば目を覚ますでしょう。因みに、あまり強すぎると命を奪いかねませんので気をつけて下さいね」
「は、はい」
殺せんせー詳しいなぁ。
本当にこの先生は色んな事を知っている。
「……渚君の意見とこの後苗字さん含め他の殺し屋と事情聴取をした後、彼女の処分を検討する」
「本当ですか……!」
「ああ。薬の件はあの毒使いを連れてくるしかあるまい。とにかく此処を脱出しよう。ヘリを呼んだから君達は此処で待機だ」
烏間先生が連絡しながらそのことを伝えた時だ。
「ハッ!テメェ等に薬なんぞ必要ねェ!!」
声が聞こえた場所へ振り返ると、そこには鷹岡先生が雇った殺し屋三人がいた。
「ガキ共!このまま生きて帰れるとでも思ったか!?」
「お前達の雇い主は既に倒した。戦う意味は無いはずだ」
僕達も臨戦態勢に入る。
「俺は十分回復した。生徒達も十分強い。これ以上被害が出ることは止めにしないか」
「うん。いいよ」
「諦め悪りぃ……え?いいよ?」
……ん?
今いいよって言った!?
「ボスの敵討ちは契約に含まれていねぇ。あー、でも、そこに倒れている性別不明はそう言う契約だったはず」
コンサートホールで出会った殺し屋が苗字さんを銃で指す。
「てか、いつまで寝たフリしてんだよ。レオン」
「えっ!?」
僕等の視線は矢田さんに膝枕されている苗字さん。
目を閉じて気絶しているようにしか見えな……
「なーんだ。分かってたのか」
「えぇ!?」
「舐めんなよ」
スッと起き上がり、けろっとした表情で暗殺者達に笑顔を向けた苗字さん。
いつ起きたんだろう……さっき烏間先生が様子を見てたときは気絶してるって……。
「うるさいなぁ、おしゃぶりクン?」
「相変わらずウゼーな性別不明」
「それが僕なんで」
「あーそうだったなクソガキ」
苗字さんは矢田さんに「ありがとう、桃花」と言って彼女の頭をポンッと撫でた。う、動作がイケメンだ……更に顔もイケメンだからあればズルい……。
「苗字さん、いつから起きてたの?」
「”薬なんぞ必要ねェ!!”って言ったところから」
「俺の声模写すんな」
「え〜」
苗字さんは僕の前まで来るとジーッとこちらを見つめる。澄んだ青い瞳が僕を見下ろす。
「上手くやれたようだね。お疲れさん」
「さっき気絶してたのは本当?」
「うん」
「僕そこまで強く打ったつもりは……」
「僕言ったよね?本気でやっていいって」
「でも1歩間違えたら死んでたかも知れないんだよ?」
「結果死んでないからいいんだよ。それに、僕は君の横腹を思いっきり蹴り上げて態と外したとは言えナイフを向けた。それくらいの仕打ちは許してあげる」
苗字さんはさっき矢田さんにやったように僕の頭をポンッと撫でると、暗殺者達の方へと歩いて行った。
「おしゃぶりクンの言う通り、僕だけが依頼人……鷹岡の命令で潮田渚と戦えって言われた。でも僕、端から彼の指示に従う気はなかったよ」
「そのウイルスを使う前に話し合ったぬ。ボスが設計した時間は一時間、わざわざ殺すウイルスじゃなくても取引はできるぬ」
「彼奴の命令に逆らったって事?お金貰ってるのにそんなことしていいの?」
「アホか。プロが金で何でも動くと思ったら大間違いだ。勿論、クライアントの意に沿うように最善を尽くすが……」
「そもそも彼、あの治療薬を渡す気はなかったんだ」
なんと鷹岡先生は僕達に治療薬を渡す気はなかったそうだ。
どうやら苗字さんとコンサートホールでの殺し屋はその言葉を聞いていたそうだ。
ということは、みんなは……みんなは……?
「助からな…」
「だーかーら。最初に言ったろ?テメェ等に薬なんぞ必要ねェって」
「そんな絶望した顔しないでよ。スモッグ、お願い」
「はいよ」
苗字さんが毒使いの暗殺者の名を呼ぶ。
毒使いの暗殺者は2つの容器を持って僕等に説明をし始めた。
「お前等に持ったのはこっち…食中毒菌を改良したものだ。あと三時間程猛威を振るうが、その後、急速に活性を失って無毒になる。ボスが使えと指示したのはこっちだ。これを使えばお前等、マジでやばかったけどな」
毒使いの暗殺者の隣で苗字さんがうんうん、と言うようにコクコクと頷く。
つ、つまり……
「倒れた子達は死なないよ。ま、暫く苦しい思いさせてしまうけど」
「お前等が命の危険を感じるには、十分だったろ?」
みんなは死なない……!
そのことに安心と喜びが混ざった感情がわき上がる。
「堅気の中学生を大量に殺した実行犯になるか、プロとしての評価を落とすか。……どちらが俺等の今後にリスクが高いか、冷静に秤に掛けただけよ」
「まあ、そんなわけで!お前等は残念ながら誰も死なねェ」
毒使いの暗殺者が僕に向かって何かを投げた。
キャッチしてそれを見ると、錠剤が入った容器だった。
「その栄養剤、患者に飲ませて寝かしてやんな。倒れる前に元気になったって手紙が届く程だ」
「偶に僕も特注して貰ってるくらいだ。信用できるよ」
苗字さんが利用しているくらいの効き目……。でも、信じて良いのだろうか。
「命令に逆らって結果的にこちらの味方に付いた……。どうしても納得できない」
「まあ、ボスの報酬よりも良いもん見れたしな」
「良い物?」
「ああ!聞いてくれよガキ共!こいつがなァ?」
コンサートホールでの殺し屋が苗字さんの頭に腕を乗せ、僕達に話しかけてきた。……ものすごく楽しそうな表情で。
「あのレオンが!俺らに頭下げたんだぜ!?」
「!? はっ、おいガストロ、それは言わない約束だ…むぐっ!?」
「『子供達を殺さないでくれ』ってさ!!録音して宝にしたかったぜ!!」
「ん〜!!ん〜〜〜!!!」
その言葉に僕は反射神経のような感覚で苗字さんの方へ視線を向けた。僕の視線に映ったのは少し顔を赤くして怒っている苗字さんだった。
2021/04/01
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