終業の時間
「ここが理事長室だ」
「ご親切にどうも」
あの後漸く話が決着し、本来の目的である理事長室へ来る事が出来た。
上手く僕の方へ興味が言ったため、これ以上E組について問うてくることは無かったが、暫くすればまた訊いてくるだろう。
「僕はこれで失礼する」
「ああ」
学秀は僕を理事長室まで案内した後、こちらに背を向けて去って行った。
あーダメだ。背中を見たら刺したくなる。だって逃げ回る標的を思い出しちゃうんだもん。
さてさて、頭を切り替えて……っと。
別にこの学校の生徒として潜入せずとも、夜中に奇襲して殺すといった手もある。それでも防衛省は僕に暗殺を依頼し、この学校の生徒として送り込んだ。
理事長殿は僕が殺し屋である事を分かっている。ある意味庇って貰っている身だ。一度挨拶はしないとね。
ドアをノックすると、ドアの向こう側から声が聞こえた。
どうやら中にいるようだ。僕はそのまま扉を開け「失礼します」と言って入室する。
「やぁ、待っていたよ___苗字名前さん」
「お初にお目にかかります、浅野理事長」
やっと対面できたね、浅野学峯。
僕は笑みを浮べたまま彼の座る前にある机から三歩離れた位置で歩みを止める。
「中々時間が取れなかったもので、挨拶が遅れたことを謝罪します」
「構わないさ。大変だね、“殺し屋”とは」
殺し屋を強調して言うとは……何を考えている。
「ええ、決して楽ではありませんよ」
「そうでしょうね。こうして生徒として潜入し、超生物を暗殺する為に呼ばれた。……五本指に入ると言われている貴女の実力は素晴らしい」
この人、僕の暗殺姿なんて見たことないよな?あ、そういえば鷹岡の時にいたっけ。あの時に見たとか?いや、あれは実力の半分も出してない。あれを判断材料にされたら困るんだけど。
「で? ……何か言いたい事があるのではありませんか?理事長殿?」
「おやおや。バレていましたか」
「ええ。上手く隠しているようですが、私は人の考えている事を読む事に長けていると自負してますので」
「なるほど。……では、そんな貴女に言いたいことがあります」
一息着いて、理事長殿は口を開いた。
「単刀直入に言います___A組に来ませんか?」
ま、言われるだろうね。
学年一位がE組にいる。この上下関係とも言えるこの教育手法を崩されたくない彼が如何にも取りそうな行動である。
「残念ながら私は国に依頼されてこの学校に転入しました。そう、この学校で学び、卒業する為に来たわけでは無く、3年E組の真の担任であるターゲットを暗殺する為だけにこの椚ヶ丘中学校に来たのです。つまり私はこの学校において『部外者』ですから、その話に頷く事はできません」
「それは残念です」
理事長殿はそう呟いた後、席を立った。そしてこちらへと歩み寄ったと思えば……
「!?」
なんと僕に触れようとしたのだ。
そのスピードは、今ここに荷物を持ったままだったら簡単に捕まっていただろうと言うほど。
……荷物、外に置いてきて正解だった。
「おや、躱されてしまいました」
「随分と速い動作ですね。荷物を持ったままだったら捕まってました」
……この人、本当に一般人?今のは僕もヒヤッとしたよ。
「理事長殿、殺し屋の世界に興味ありません?私が指導してあげますよ?」
「お断りします。貴女こそ、真っ当な学生生活を送ってみませんか?」
「結構です」
お互いニコニコとしながら会話を展開するが、恐らく表情と会話内容が一致してない。
「何故貴女は殺し屋をやっているんです?」
「気になりますか?……私について」
「ええ。……興味があります」
感情の読めない理事長殿の瞳が不気味に輝く。
「年齢は偽っていないと聞きましてね。本来なら学生という職を全うしているはずなのに、と思いまして」
僕の許可無くべらべらと……。これもシロという奴が僕の個人情報を知っているからだ。
「簡単に情報を話す訳にはいきません。ですが、これだけは答えてあげましょう」
一呼吸置いて、理事長殿を見上げる。
何を思い考えているのか分からない彼の瞳と視線が合う。
「私はこの殺し屋という職を8年前から現在まで続けているプロですので」
では、失礼します
言いたい事を言って僕は理事長室を後にした。
「……ふふっ、これはこれは。躾甲斐のある子猫だ」
理事長室を出て重い荷物と格闘していた僕に、彼の言葉は届く事はなかった。
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2021/03/28
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