殺し屋レオン:破


side.磯貝 悠馬



『できないよ……っ』



一瞬にして起きたことに、頭が回らない。
どうして名前は殺せんせーを殺せるというのに、泣いていたんだ。


……それは、学生であれば当然のようにある話から始まった。

進路相談。
暗殺者である名前にとっては必要のないことだったのかもしれない。けど、これまで一緒に過ごしてきて、名前も一緒に暮らせるんじゃないかってわずかな期待があった。


……けど、名前はそれを強く否定した。今まで一度も参加しなかった、殺せんせー暗殺をするほどに。
クラス全員でやっと追い詰めることができ、浅野理事長のようなルールで縛ることで優位に立つようにしなければ殺せんせーにダメージを与えることはできない。

だというのに名前は、そんなこともせず、簡単に言えば即興と言ってもいい動きで殺せんせーを追い詰めた。
けど、その時の名前はどこか苦しそうだった。


圧倒的な実力差は死神の件で分かっていたけど、名前は本気を出せば単騎で殺せんせーを追い詰めることができる。……できたのに、名前は殺せんせーを殺さなかった。



「……殺せんせー」

「どうしましたか、磯貝くん」

「殺せんせーは、名前が泣いていた理由を知っていますか」



教室に短く驚きが起こる。
……席が教卓の前だったから気づくことができた。殺せんせーを上から押さえつけた名前は、弱点である心臓を貫く瞬間に手を止めた。そして、泣きながら言ったんだ……できないって。

それはあの状況を見ていれば、殺せんせーを殺せないって意味にしか聞こえなくて。
……誰がどう見てもあの時名前は、確実に殺せんせーを殺せた。なのに、殺さなかった。


「……いいえ」


いつもと変わらない表情で、殺せんせーは静かにそう答えた。

ふと、俺は名前の席を振り返った。
そこには本人の姿はない。

名前は殺せんせーを殺せないと告げた後、風の音と共に姿を消した。まるで、あの日死神がE組に現れ、花弁と共に去ったときのように。

その芸当は二人に繋がりがあるようにしか思えない。名前が一方的に憎むほどだ……強いつながりがあっただろう。


「でも、名前ちゃんって不思議だよね。暗殺にいつも参加しないのはそうだったんだけど……どうして殺せんせーを殺そうとすると、躊躇うんだろう」


そう言ったのは倉田だった。
……確かにそうだ。暗殺に参加しないところが目立っているようにも感じたけど、名前は殺せんせーを殺すことに抵抗があるように見える。

殺すこと自体に抵抗がある、というのは違うだろう。それだったら、死神の件はどう説明がつく。


……それに夏のリゾートでは、演技だったとはいえ名前は渚を殺す勢いで襲い掛かってきた。渚によれば手加減してもらっていたということだが、本当に殺すのかと思ったのは本当だ。



「本当に何も知らないの、殺せんせー」



机の肘をつき、手の上に顔を乗せたカルマは、どこか不満そうな顔で殺せんせーに問うた。
その表情は何かを確信しているように俺は見えた。


「どうしてそう思うんです、カルマくん」

「名前は良い意味でも悪い意味でも興味を引くものにしか目を向けないし、気にもかけない。イトナくんが良い例だよ」

「……つまり、私は苗字さんにとって興味を引く存在、ということですか」

「そうだよ。それも、暗殺対象としてではない、別の何かでね。その何かが分からないから俺は聞いてるの」

「僕からもいいかな」


次に声を上げたのは渚だ。
渚も名前について何か知っていることがあるのだろうか。


「殺せんせー。殺せんせーはたまに苗字さんのことを『ナマエ』って呼ぶよね。言葉は同じなのに、どこか言うときに優しさが混じっているように僕は聞こえたよ」


ナマエ、か。
名前との違いが正直分からないけど、渚がそう言うのであれば本当なんだろう。



「ねぇ殺せんせー。殺せんせーが頑なに過去を語りたくないことと同じように___苗字さんについても話したくないの?」



ここまで疑問の声があるのなら……名前と殺せんせーがE組という共通点を除いた何かがあるのでは、と疑ってしまう。
これについて、何と答えますか。殺せんせー。



「……いずれ話しましょう」



それは認めたってことでいいんですよね、殺せんせー。






2024/06/03


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