殺し屋レオン:破
「進路相談?」
期末テストから数日後。
HRの時間にふと、ターゲットが僕に問うてきた。
「はい! 苗字さんだけ受けていませんので!」
「あー、タイミング的に名前そのとき休んでたもんね」
休む……もしかして、触手を暴走させたことで動けなかった時のことを言っているのか?
けど、進路相談ってなんだ?
「すまない、進路相談とは何をするんだ?」
「椚ヶ丘を卒業した後について話すんだよ」
僕の疑問に答えたのはカルマだ。
……なるほど、そういうものなのか。であれば、そんなものを受けずとも決まっている。
「僕に進路相談は不要だ。なぜなら僕は暗殺者、ターゲットを殺すために国から雇われた存在。本物の学生ではないのだから、受ける理由がない」
僕に進路などない。
この依頼が終わった後は、人を騙し、殺す生活に戻るだけだ。元の日常と再会を果たすだけさ。
「あなたが私を殺せたとしても、ですか?」
「賞金の話をしているのかい? 残念ながら僕は賞金に興味がない。それに、あなたを殺せようが殺せまいが、1年という時間が僕がこの世界にいることを許された期間だ」
「せっかくなんですから、高校にも行ってみましょうよ」
「必要ない。すでに学習済みのものを、なぜ改めて学ばなければならない。それに、殺し屋に表社会の知識は覚えても役に立たない」
「ぐにゅぅ……」
どうやらターゲットは何がなんでも僕に高校へ進学してほしい。
残念だったね、僕が納得する理由がないんだろう。まあ、僕を説得できるのは難しいからね、諦めた方がいい。
「あなたの成績ならば、難関校など余裕で狙えるというのに……!」
「すまないね、学業には興味がないんだ」
必要だからやっただけ。
何事においても負けることが嫌だからやっただけだ。それ以上もそれ以下もない。
……すべては、目標とする人物に近づくためだ。あなたなら、分かってくれるだろう?
「あなたはまだ15歳なのです。それがあなたの住む世界で何を指すか分かっているはず。……依頼とはいえ、その年齢でこちら側で暮らすこと以前に、滞在できることがどれだけ恵まれているかを」
……あぁ、よく分かってるよ。そんなこと。
だからと言って、それを切望していたわけじゃない。
僕が望むことは、たった一つ___
「あなたはもっと欲を出していい。このチャンスを利用して、足を洗う気はありませんか?」
……その言葉を聞いた時、僕は頭の中で浮かんでいた内容がきれいさっぱりなくなった。
なぜなら、その内容を綺麗に上書きするほどの強い感情が僕を支配したからだ。
「にゅやああぁっ!!?」
ターゲットの悲鳴が聞こえる。
そんなもの、今の僕にはどうでも良かった。
「___その言葉、意味を分かっているのか」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
けど、その驚きも一瞬で消え去った。
自分へ集まる視線も気にならない。それほどに、今の僕は怒りと……悲しみが混ざった複雑な気分を抱えていた。
「足を洗えだと? そんなこと、僕が望んでいるとでも言うのか」
構えていた二丁の拳銃を下ろし、そのまま手を放す。それはガシャン、と音を立てて床に落ちた。
「あなたは……あなたは! 僕が積み上げた8年間の努力を『無駄』だというのか!!」
「っ、!」
次に僕が取った行動は、スカートで隠れていたレッグシースから対触手用のナイフを片手に、ターゲットへと急接近した。
「にゅ、っ!!」
急なことにはすぐに反応できない。
そうだったよな、ターゲット。
「抑えられると動けないんだろう」
そして、期末テストが終わった後に自らさらした弱点。
スピードに特化したために軽くなった体は、上から抑えられると動けないというもの。実に合理的な設計だ。
僕も速さに特化するために必要最低限を残して身体を改造しているんだ、お互い様だね。
だというのに、その軽さが仇になっているのは、あなただけのようだ。
「これで終わりだ」
狙いは、ターゲットの黒いネクタイの裏に隠された最大の弱点。
そこへ向かって大きく振りかぶったナイフを振り下ろした。
『声を自在に変えられる能力、どちらの性別にも捉えられる容姿。それは名前だけの才能だ』
スローモーションのように振り下ろされたナイフが動く。それを他人事のように思っていた。
それと同時に僕の頭には、過去の思い出が流れていた。
その思い出は、めったに人を褒めないあの人が、僕の才能を見出してくれた出来事のこと。……それを僕は、あの人に認めてもらえた、褒めてもらえたと舞い上がったことを覚えている。
『私を失望させないでくれ、名前』
『自ら志願したのであれば、諦めることは許されないよ』
『……その返事が、私の期待を裏切らないことを祈っているよ』
「!!」
振り下ろしたナイフは目の前の標的の弱点へ突き刺さることはなかった。
寸前で止まったそれは、何かに怯えているかのように震えている。……いや、怯えているんじゃない。
「……できない」
「にゅ?」
ナイフが標的の服の上に落ちる。
対触手用のそれは、ただの服の上では効果を発揮しなかった。分かっているはずなのに、その光景を見た瞬間、酷く安心した。
あぁ、まだ死んでいないのだと。
「___できないよ……っ」
まだ、この人は生きている。その事実が僕を安心させた。
自分のほほを流れる涙など、出てきた弱音など、まったく気にならなかった。
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2024/06/03
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