期末の時間 2時間目


side.浅野学峯



E組校舎もとい、殺せんせーの暗殺に失敗し、敗北した。
だが、強い思いに囚われすぎて忘れてしまった楽しく、美しい記憶を思い出す良いきっかけになった。

……この敗北は、私には必要なものだったのかもしれない。でなければ、私はずっと間違っていたままかもしれなかったのだから。



「あなたが負けたのですから、私がA組へ編入する話はもちろんなし、ですよね」



E組校舎を去ろうとした時、背後から私の声をかけるものがいた。まあ、向こうはわざと気配を出して気づくように仕向けていたようですが。


「……残念なことですが、そのようですね。苗字さん」


振り返ればそこには、声の主……苗字名前さんが、腕を組み、木に背を預けた状態でこちらを見ていた。

彼女は殺せんせー暗殺のために国が雇った殺し屋だ。職業の通り、殺すことにしか能がないと思っていましたが……彼女の頭脳は私の理想とした存在だった。自分の遺伝子を分けた存在である息子、学秀を女性へ変えた……いや、それ以上の能力を持っていると分かった。

それに加え、体育祭で見せた運動神経を見た私は……E組にとどめておくには惜しい、いや……E組にいてはならない存在と認識を変えた。


「ふふっ、すっかり丸くなったようで。その方が私は好きですよ」

「では、それに免じてA組に来ていただけませんか?」

「却下します」


隙を見ては彼女をA組へ引き抜こうとしましたが、すべて失敗に終わるばかり。ですから、今回は勝算のある暗殺で賞金をいただくと同時に苗字さんをA組へ引き抜こうと考えたのですが……それも叶わなかった。

もうこじつけの理由を作ることもできない。それに……私の中でE組という存在の認識が変わってしまった。だから、彼女をA組へ連れていく理由が本当になくなってしまったのだ。


「それで、私に何か用でも?」

「一応の確認で来ただけですよ。私は暗殺のために椚ヶ丘中学校へやってきたのですから」

「ほう、そうですか」


以前から思っていたこと。
それは苗字さんがA組編入を断るたびに「自分は暗殺のために来た」と断ることだ。

確かにそれは正当な理由だ。しかし、私はそれを盾にしているだけで、その中に本当の理由が隠されているのではないかと思っていた。


あまりにも同じ返答しかしないので、次第に違和感へと変わったんですよ。
ふふっ、あまり大人をなめないほうがいいですよ、苗字さん。


「私にはそのように見えないのですが」

「!!」


そんな反応をしてはダメでしょう?
感の良い相手にばれてしまいますよ?


「……私が何を理由にE組にいようが、あなたには関係ないのでは?」

「ええ、そうですね」


確かにその通りだ。
残念ながら、あなたについて調べるのは難しい。どうやら彼女には戸籍がない・・・・・ようですからね。

ですから、調べようにも調べられないってことです。苗字名前という名前も、偽りの可能性がありますから。


「ですが、やはりあなたを諦めるのは惜しい」

「欲張りですねぇ。さすが、教育となればどんな手段でも使うお人だ」


それでも、苗字名前という人物を流してしまうのは本当に惜しい。であれば、どうすればよいか……あぁ、そうだ。


「そういえば、苗字さんは浅野くんと仲が良いようですね?」

「え?」


想定外の質問だったのか、苗字さんは余裕そうな表情を崩し、年相応らしいあどけない顔を見せた。が、一瞬でいつもの表情に戻ってしまった。

あぁ、彼女の反応を見たいがために聞いたわけではない。きちんとした理由がある。


学校行事の度に浅野くんと苗字さんは交流しているようだ。いや、どちらかと言えば、浅野くんから話しかけているようにも見えますね。


「なんです? 親としての言葉ですか?」

「それもありますが___苗字さん、私を義理の父親と呼ぶ気はありませんか?」


ですから、多少なれど気はあると思うのですよ。
浅野くんは完全に気があるようにしかみえませんが、苗字さんはどうでしょう。彼女は本心を隠すことが上手いので、その辺りを推測するのは難しくて。


「……は?」

「聞こえませんでしたか? 嫁入りして私を義理の父親にしませんか、と尋ねたのです」

「聞こえています! そして、はっきりと言わなくていいですから!!」


どうやら動揺すると、殺せんせーのようにテンパってしまうらしい。いつもの余裕そうな表情が崩れていますよ、苗字さん。


「……目的は」

「あなたの遺伝子と浅野くんの遺伝子をもってすれば、素晴らしい才能の子供が誕生するでしょう」

「次の狙いはそこですか、理事長殿」


今度はあきれた様子でため息をついた苗字さん。
それだけあなたに価値があるという事ですよ。それと同時に、我が息子の恋路を叶えようとしているのですよ。


「……もしかしたら知らないと思いますので、言っておきます。こうして女子生徒の格好をしていますが、私は性別を公言していません。この姿の方が溶け込みやすいという理由で女子生徒に化けているんです。残念ながら、あなたが望む子供は作れないかもしれませんよ?」


しかし、苗字さんから返ってきた言葉は、斜め上のもので。
それと同時に、疑問も生まれた。


「……成長期である可能性も含めましたが。あなたはどう見ても女性ではありませんか?」


何をどう見ても女性にしか見えない。
日本人離れした顔立ちではあり、髪型もあって男女ともとれる容姿に見ようと思えば見えますが、私からすれば女性にしか見えませんが。


「ふふっ、それはすでに私の罠に嵌まっているという事ですよ。私は相手に『そのように思わせる』ように変装をしているんです。あなたが私を女性のように見えるのであれば、私の変装は今日も誰かを騙すことができた、ということになるんです」


ふむ、彼女がそう言うのであればそうなのでしょうか。
殺し屋を送り込むということで、事前に最低限の情報はいただいています。

殺し屋レオン
性別不詳で、様々な姿で現れる神出鬼没な暗殺者。
実年齢は今年で15歳ということは分かっていましたが、それ以外の情報は不確かなものばかり。

ですから、彼女が性別を公言していないことは知っています。
それでも彼女の容姿は女性のように見えます。骨格も女性のようにしか見えない。強がりで言っているようにも見えませんし……本当に変装してそう見せている、ということなのでしょうか。


「期待に応えられずすみません。ですが、浅野くんとは友人として付き合っていければと思っていますよ」

「ならば、気が変わった際はいつでも言ってください」

「だから私は女性とは一言も言っていません……あ、ちょっと!」


後ろから私を呼び止めようとする声が聞こえましたが、実際に止めに来ないということは、大した用事もないのでしょう。

……さて、どうすれば彼女が自分の性別を素直に認めるのか。
息子のためにも一肌脱いであげた方がいいかもしれませんね。久しぶりに父親としての顔をみせるのも良いでしょう。



期末の時間 2時間目 END






2024/05/07


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