期末の時間 2時間目



「君たちに依頼がある___単刀直入にいう。あの理事長怪物を殺してほしい」


E組生徒が無条件に通る道で待ち伏せしていた学秀は、彼らを視界にとらえるとそう口にした。
……先ほど、僕が相談に乗ってあげた内容を、だ。


「勿論、物理的に殺してほしいわけじゃない。殺してほしいのは、あいつの教育方針だ」

「教育方針って、いったいどうやって……」

「簡単な話だ。次の期末で君たちE組に上位を独占してほしい。無論、1位は僕になるが、優秀な生徒が優秀な成績でも意味がない。君たちのようなゴミくずがA組を上回ってこそ、理事長の教育がぶち壊せる」


君、さっきまでそんな汚い言葉使ってなかったよね。
もしかして、E組をやる気にさせるためにわざと使ってる?

途中までは僕のアドバイス通りに話していたと思ったのに……育ちは間違いなくいい方だろうに、どこでその部分を拾ってきたのやら。


「浅野君。君と理事長の変わった関係はよく耳にする。……ひょっとして、お父さんのやり方を否定して、振り向いてほしいの?」


ふと、メグがそんなことを学秀に問うてきた。
……僕はそんな噂、聞いたことないけれど、長年この椚ヶ丘中学校に所属していれば、誰でも知っていることなのだろう。

通う学校の教師に親がいる、または関係者であれば、まあ興味は持たれるだろう。少しでも共通点を見つけたら、人間は気になってしまう生き物だからね。


でも、その噂を聞かなくても僕はなんとなく察しはついてた。
理事長殿とは何度か話したことがあるし、学秀ともそれなりに話している。特に学秀からは理事長殿に対する強い気持ちを所々感じていたから、メグの言葉に対する学秀の回答は気になる。


「勘違いするな。父親だろうと蹴落とせる強者であれ___そう教わってきたし、そうなるように実践してきた。人はどうであれ、それが僕ら親子の形だ」


そんな教育方針、親子関係であるものなんだ。
……僕はそういう部分についてよくわかっていないから、それが普通なのか異質なのかわからない。

けど、E組の反応を見る限り、異質なんだろうな。



「だが、僕以外の凡人はそうじゃない。……今のA組は、まるで地獄だ」



学秀の言葉に、実際にこの目で見た今のA組の光景を思い出す。
……正直、驚いたね。表社会であんな苦しそうな人間を集団で見たのは初めてだ。

僕の中で表社会の人間は気楽な生き物だと思っていたから。少しだけ、本当に少しだけ、裏社会にある闇のような部分を感じたよ。


「E組への憎悪を唯一の支えに、限界を超えて勉強させる……。もしあれで勝ったなら、彼らはこの先その方法しか信じなくなる。敵を憎しみ、蔑み、陥れることで手に入れる強さは限界がある。君たち程度の敵にすら手こずる程だ」


憎しみ、蔑み、陥れる……それで得る強さには限界がある、か。
なぜだろう。表社会を生きる学秀の言葉が、僕に刺さっている___今の僕を動かしているものが、彼が言った言葉の中に1つあるからだ。

そして、それで得た強さに限界を感じたけど、それでも強さを欲したから……代償が大きいことを分かったうえで禁忌に手を伸ばし、それを受け入れた。


……これを学秀が知ったら、どう思うんだろうな。
ま、今後その機会は訪れないだろうけどね。


「彼らは高校に進んでからも、僕の手駒だ。偏った強さの手駒では、支配者を支えることはできないんだ。……時として敗北は、人の目を覚まさせる。そう言われたよ」


……うん?
敗北が人の目を覚まさせるって、誰が彼に掛けたんだ?
僕、そんなこと一言も聞いてないけれど。まぁいっか。

そう思いながら、学秀を横目で見た。
……その時、僕の視界に入った学秀は。



「だからどうか、正しい敗北を___僕の仲間と父親に」



頭を下げ、心の底から頼みたいという誠意をE組に見せていた。
……きっと彼は、頭を下げるという行為自体は知っていても、それをやりたがらない人間だ。けど、彼なりに今の状況を分析し、それを救える存在がE組しかいないことを理解していた。

……ま、僕のアドバイスもあるけど、最終的に決めたのはそれを聞いて納得した学秀だ。


「支配者として仲間を導くのは、上の存在としては当たり前。その責任を取るのも、勿論支配者の仕事さ。自分だけで解決ができないと思ったのなら、素直に状況を説明し、助けを求める。……何も恥ずかしいことではないと思うよ」


なんて思いながら、学秀へと再度視線を移した。……移したんだけど。


「え〜? 他人の心配してる場合? 1位取るの君じゃなくて俺なんだけど」


頭を下げる学秀の横には、いつの間に移動したのか知らないがカルマがいた。

君ねぇ、空気読みなよ……学秀は依頼しているんだから。さすがの僕でも空気は読むぞ。
今は俺が1位とるけど宣言はいらないだろ。確かに、学秀が一言余計と言わんばかりに宣言してたけどさ。


「言ったじゃん、次E組全員容赦しないって。1位は俺で、その下もE組。浅野君は10番辺りがいいとこだね」

「おぉ〜おぉ〜、カルマがついに1位宣言」

「一学期期末と同じ結果はごめんだね」

「今度は俺にも負けんじゃねーのかぁ?」


カルマ、君はいじりたいのか、いじられたいのかはっきりしたほうがいいのでは。ま、それは赤羽業という存在が、E組に馴染んだ証拠であり、彼の中でも大切な存在になってきたことの証明でもあるのか。

なんでそんな上から目線なことを言ってるのかって?
本人に聞いたんだよ、最初はE組に馴染む気なかったって。けど、ターゲットを通して真面目にやろうと改心したんだと。


……どうやら彼も、ターゲットの影響を受けた人間だったらしい。むしろ、E組にいて受けないほうが難しいのか。
なんて思いながら、カルマの膝攻撃を受けてる寺坂の悲鳴を聞き流す。


「浅野。今までだって本気で勝ちに行ってたし、今回だって勝ちに行く。いつも俺らとお前らはそうしてきただろ」


次に学秀へそんな言葉をかけたのは悠馬だ。
……体育祭以来の絡みだね。


「勝ったら嬉しくて、負けたら悔しい。そんで、その後は格付けとか無し。もうそろそろ、それでいいじゃんか。こいつらと戦えてよかったって、お前らが感じてくれるよう頑張るからさ」


良いこと言う〜。
僕の中ではE組トップで人柄がいい人間という評価だからね、悠馬は。


「余計なことは考えてないでさ、殺す気で来なよ。それが一番楽しいよ」


そしてカルマはまた学秀を煽るようなことを言う。
いや、今のは煽りというには少し違ったかな。けど、やる気にさせるにはいい一言だろう。


「フッ、面白い! ならば僕も本気でやらせてもらう」


楽しそうじゃんか、学秀。
ようやく年相応って感じがしてきたんじゃない?

そう思いながら聞こえる足音に耳を澄ませ、近くで止まったのを合図に顔を上げる。



「話して良かっただろう、学秀?」



そう問いかければ、どこか複雑そうだけど安心した学秀がそこにいた。





2024/03/16


prev next

戻る














×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -