学園祭の時間
「いいねいいね! 名前さん次はこれ!!」
……。
「ナマエの男装久しぶりに見たいわ、だからコレ着て」
…………。
「なんだこれは!!」
僕の目の前で鼻血を出して連写する岡島は置いておき……。僕にコスプレ衣装を着せたがる女子共。何故かそれに加わろうとするイリーナ。ただし男装のリクエストだ。
……なんでこうなったんだっけ。
あ、そうだ。思い出した。磯貝だ、磯貝の所為だ!
『なんでも、か。俺は委員長としてみんなの意見を聞く必要がある。だから、みんなが言ったことにしよう』
『だ、そうだ。それで、君たちは何を聞きた…』
『まずはコスプレ衣装を着させたい』
『はぁ?』
『いいねカルマ! それじゃあコスプレ大会だ!!』
『はぁ!?』
言い出しっぺである磯貝はこの展開を予想していなかったのか「ごめん名前……」と謝っている。大丈夫、君は悪くない。悪いのはカルマとそれに賛同した莉桜だ。
悠馬のことだ。自分だけに与えられた特権を皆で共有した方がいいと考えたのだろう。くそう、本当に裏のないやつだ……!
しかし、悠馬の気遣いも虚しく、行われているのは全く関係の無いコスプレ撮影会だ。コスプレイヤーは僕だけである。僕の強みである変装術を、こんなくだらないことに使われるなんて……!
いや、こんなの変装術に入るか!!
「ほらナマエ、この水着を着てよぉ」
「お前季節分かって言ってるのか? あと、性別を隠していることを忘れてないか!?」
イリーナは男装のリクエストをスルーされたと思ったのか、次に僕へ渡したのは水着だ。それも、だいぶ露出度高めなやつだ。15歳に着せる水着じゃないんですけど!?
「メイド服……ヨシ!!」
ちなみに今僕が着ているのはメイド服だ。それを見た竹林はグッと親指を突き立てた。はぁ?
「ほら名前、メイドの定番台詞を言ってよ。『お帰りなさいませ、ご主人様』って」
「なんでそんなことを! 着てやってるだけでも感謝しろよ!」
「名前、立場分かってる?今、名前は俺らに逆らえないんだよ?」
ぐっと身体を近付たカルマ。そして、身体を密着させてきたではないか!
くそう、いつもならナイフを向けて脅せると言うのに!
退路になる窓や出入り口は、意図していたのかどうか知らないが、全て塞がれている。逃げ道がない。
「〜〜〜っ! おいラファエル! 僕を助けろ!!」
『え〜? まだスモッグさんと討論中だから無理。どうせ仲良く遊んでるだけでしょ? 大丈夫だって』
「ラファエル!!!」
片耳に付けてた通信機でラファエルに助けを求めるも、無理で片付けられた。しかも戯れだって流された!
「ご主人置いておいて他人、ましてや男と喋るなんて、ダメなメイドだね」
「確かに僕は依頼者に仕えるという意味ではメイドと似ているかもしれないが、お前は主人じゃないだろ!?」
「言ったでしょ、今の名前は俺たちに逆らえないんだって。ほら、ご主人様の命令は?」
「ぼ、僕は依頼者の命令にしか聞かな……ひっ!?」
つつ……と太股に何かが這う。感覚からして指だ。
そして、その指が誰のものなのか。……そんなの、目の前にいるやつに決まってるだろ。
「『絶対』でしょ?」
「や、止めろ……っ!」
くそ、またここで五感を鍛えた故の罠に……っ。
肌を伝う感覚に焦りを覚えた瞬間だ。
「ストーップストーップ!!それ以上はダメです!!」
ターゲットが文字通り飛んできたのは。
「た、ターゲット……!」
「ちぇっ」
僕に取っては救いの手。カルマにとっては弄る状況を奪われた邪魔者って所か。とにかく助かった!!
……というか、もう少し早く助けてほしかったんだけど!
しぶしぶと言った様子で離れたカルマから一気に距離を取る。カルマは危ない、僕の五感を鈍らせる気がする……!
「カルマくん! みんなの前でそういうことはいけません!!」
「あーそっか、こういうのは二人っきりの方がいいんだっけ?」
「そう言う事です!」
「否定しろ、ターゲット!!」
あぁ、カルマを注意してくれるのか。うんうん、と聞いていたのに、何故か変な方向に行っている。何故否定しない! しろ!!
「苗字さんが恥ずかしがっていた姿はレアものですね! やはりカルマくんと苗字さんで書く小説は捗ります!」
「「「まだ書いてたのかよ!?」」」
危うく僕も混ざりそうになってしまった……止めろと言ったじゃないか!
……というより、今日の僕全然余裕がないな。いつもならもっと冷静でいられるはずなのに……!
『薄々気づいているんじゃないかな、自分の思い通りにいかないことが増えていないかって』
……そういえば、前にラファエルがこう言っていた。自分の思い通りにいかない、まさに今もその状況に当てはまる。
強力な存在は、その代償も大きいんだな。……こんなもの、ただの足手纏いだというのに。
2024/01/27
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