死神の時間


side.赤羽 業



「名前!!」


俺は牢の中から脱出して、真っ先に名前の元へ走った。
死神は名前を置いて逃げる前、彼女が痛めないようにと綺麗に寝かせてからその場を去った。なんで彼奴、その点しっかりしてるんだよ。

気絶した名前の表情は、どこか苦しそうに歪んでいた。白いその頬に手を伸ばし、なるべく優しく触れた。……触れた頬は、本当に人間か疑うほど、冷たかった。


「カルマくん、苗字さんの容態を確認させてください」

「うん。気絶していることだけは分かるんだけど……」


殺せんせーがこちらにやってきて、名前の容態を確認し始めた。しばらく診たあと、殺せんせーは俺に視線を移した。


「確かに気絶しているだけのようですね。触手の影響を受けていたようだったので、心配だったんですが、今は落ち着いているようです」

「けど、なんでまた触手が暴走したんだろう?」


事が落ち着いたのなら、次に考えるのは何故こんなことになったのか、という疑問が浮かぶ。


「カルマくんの疑問に関連するか分からないけど、僕は苗字さんと死神の関係が気になったよ」

「渚くん」

「僕、前に苗字さんと死神について話す機会があったんだ。その時の苗字さん、嬉しそうで、どこか悲しそうだった……」


そういえばさっき、渚くんは名前にそんな感じのことを聞いてたな。けど、名前はそれを否定してた。そして、あろうことか目の前で死神を殺そうとナイフを向けていた。これはこの場にいる誰もが見ていたものだ。


「けど、名前が死神を殺したい存在だと思っている事は事実だよ」

「うん……あ、そうだ」

「どうしたの?」

「苗字さん、僕の問い掛けにこう返してたよね。死神は偽者だって」

「確かに。けど、あの実力の何処が偽者だと言い切れたんだろう」


確かに、俺達の実力で測れる相手ではなかった。少し前に、自分達の力を過信しすぎたということで叱られたばかりだし。

それに……名前。倒れる前にこう言ってたじゃんか。


「”どうして勝てない”」

「え?」

「名前が気絶する直前、そう言ってたんだよ」


偽者と言っていながらも、名前は死神に勝てなかった。それも、触手に精神を乗っ取られていても、だ。

……そういえば前に言ってたっけ。イトナくんの件で、名前も触手を持っていたことが判明した。その時名前が言っていたんだ。「強くなりたかったから触手を着けた」と。


「名前は、偽者だって言った死神に勝ちたかった。けど、なんで? 強い相手だから? ……俺は違うと思ってる」

「例えば?」

「名前と死神には面識がある。そして、2人の間には共通認識が存在している」

「共通認識……」

「”あの人”。名前はそう言っていた」


俺は触手を付けたいなんて思った事が無いから分からないけど、何となく……あの時の名前を見ていたら、本当に強くなりたくて触手をつけたのだろうか、と疑問に思ってしまうんだ。


「あの人……そういえば、僕が苗字さんから死神について聞いた時も、苗字さんは死神をあの人って呼んでた」

「けど、俺達が見た死神に対して、そんな丁寧な発言はしていない……」


むしろ、表現はアレだけど、雑というか棘があるというか。丁寧ではなかったのは間違いない。裏切り者なんて言ってたしね。


「もしかして、死神は別にいる……?」

「それは可能性としてあるだろう」

「! 烏間先生」


後ろから聞こえた第三者の声。振り返ればそこには烏間先生がいた。


「着いてこい。君たちも死神と関わったんだ、真実を知るべきだろう」


気がつけば、みんな移動を始めている。
俺と渚くんは烏間先生の指示に頷き、身体を起こす。……いや、起こそうとした。


「では苗字さんは私が」

「いや、俺に運ばせて」

「カルマくん……はい、ではお願いします」


名前を抱えようと触手を伸ばした殺せんせーを見て、俺が名前を抱えたいと思った。それを伝えると、殺せんせーは俺の背中に名前を乗せてくれた。


「じゃ、行こうか」


背中に感じるもの。視界の端に僅かに見える黒色が混じった金色の髪。それは確かに名前である証拠なのに、何故か温もりだけが一向に感じられなかった。



***



「先程、君たちが話していたことについてだが、実際に死神と戦って思った事がある。1つ1つのスキルは死神の名に相応しいものだが、爪も脇も甘すぎる」


烏間先生がそう言うんだ。やはり名前が言っていた偽者という発言は本当なのだろうか?


「だから、苗字さんが言っていたという偽者は可能性があると思ったんだ」


そう言って烏間先生は足を止め、こちらを振り返った。
その先ではクラスメイトが1つの場所を見つめていた。その視線の先が何か気になった俺は、皆の視線を辿った。


「!」


そこには、見覚えのある服装を身に纏った……男性。だが、その顔はまるで別人だった。


「変装の為に顔の皮を剥いだそうだ」

「変装……」


変装と言えば、名前が最も得意としていて、本人もよく口にしているもの。……名前はこの事について、知っていたんだろうか。


「驚異的なスキルを持った男だったが、過信し過ぎていた」

「影響を与えた者が愚かだったのです。本来、もっと正しい道でスキルを使えたはずなのに」

「人間を生かすも殺すも、周囲の世界と人間次第か」


烏間先生がボソッと呟いたその言葉は、「確かに」と思った。
……目の前で倒れた死神と共通点がある名前にも、言える事なのだろうか。その言葉を聞きながら、俺はそう思った。


「そう言う事です。ね、イリーナ先生!」

「え」

「てめー、ビッチ!!」

「なに逃げようとしてんだコラ!!」

「キャアアアアアアッ!!!?」


……けど、それはすぐに吹っ飛んだ。
殺せんせーがコッソリその場を離れようとするビッチ先生に声を掛けたからだ。

俺は名前を抱えていたから参加してないけど、みんな揃って逃げるビッチ先生を追いかけてた。ま、足遅いからすぐ捕まったけど。


「いった……ッ、ああもう、好きなようにすりゃあ良いわ!! 男子は溜まりまくった日頃の獣欲を!! 女子は私の美貌への日頃の嫉妬を!! 思う存分、性的な暴力で発散すればいいじゃない!!」

「発想が荒んでんなー」


これが身体を使う殺し屋の末路……名前、よくこんな人を友達だって思えるねぇ。けど、みんなは暴力でビッチ先生をどうこうするつもりはないはずだ。


「いいから普段通り学校来いよ。何日もバッくれてねーでよ」

「続き、気になってたんだよね。アラブの王国たぶらかして、戦争寸前まで言った話!」

「来ないなら先生に借りてた花男の仏語版、借りパクしちゃうよ?」


また一緒に学校で過ごそう。
そう言うと思ってたんだよね。まさか寺坂から言い出すとは思わなかったけど。


「……殺す直前まで行ったのよ、あんた達の事」

「何か問題でも? 裏切ったりヤバい事したり、それでこそのビッチじゃないか」

「たかがビッチと学校生活楽しめないで、うちら何の為に殺し屋兼中学生やってんのよ」


驚いた様子のビッチ先生。その顔、名前が起きてたら何て言ったんだろうね。


「そういう事だ」


なんて思ってると、烏間先生がビッチ先生に声を掛けた。その手には1本の薔薇が。わあお、ロマンチックだねぇ。


「この花は生徒達からの借り物じゃない。俺の意思で敵を倒して得たものだ。……誕生日は、それ・・なら良いか?」

「…………はい」


わー、あそこだけ2人の世界だねー。
めちゃくちゃ楽しそうじゃん、みんな。さて、ほぼカップルが誕生したということでいいでしょ、もう。次は俺と名前かなー?


「烏間先生、いやらしい展開に入る前に一言あります」

「断じて入らんが言ってみろ」

「……今後、このような危険に生徒達を決して巻き込みたくない。安心して殺し殺されることができる環境作りを、防衛省あなたがたに強く要求します」


なんて思っていると、真面目な話に変わった。
俺と名前の頭に殺せんせーの触手が触れており、殺せんせーがこの件でかなり怒っている事が伝わってきた。


「……わかってる」


防衛省がどんな場所かは知っているけど、動かしている人物は見えない。……現状、信用できるのは、烏間先生だけかな。あの人の部下でさえ、シロに丸め込まれてたし。


「さて、もう此処にいる理由はありません。早く脱出しましょうか」

「ああ。ここは電波が通らないから、死神の引き渡しについて早く連絡しなければ」

「やーっと終わった! 腹減ったー」


重々しい空気が消え、いつも通りの光景に戻った。
……全部、終わったんだね。そう思っていたときだ。


「う、うぅ……っ」

「! 名前?」


少し苦しそうな声を出した名前。横目で様子を窺えば、起きた様子。


「名前、具合はどう?」

「え、名前起きたの! もう、心配したんだよ〜?」

「もう全部終わってるよ、あとは帰るだけ!」


俺の声に反応した数人が周りに集まり、名前に声を掛けていた。ゆっくりと首を上げた名前は、周りを見ているようだ。寝起きはこんな感じなんだろうか?

……そう思っていたときだった。


「わっ、!?」


突然名前が暴れだし、俺の背中から降りたのは。



「___ようやくだ」


そして、あっという間に姿を消し……声が聞こえた時には。



「いつの間にそこへ……!?」


気絶した死神の前に名前が立っていた。









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2023/10/21


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