死神の時間
side.潮田渚
「花はその美しさにより人間の警戒心を打ち消し、人の心を開きます。渚くん、君たちに言ったようにね」
ここ数日で二度話す機会があった人物、花屋の男性。その人は平然と僕達の教室に現れた。
___そして、こう名乗ったのだ。『死神』と。
死神って、ロヴロさんが言っていた最強の殺し屋じゃないか……!
「でも、花が美しく香しく進化してきた本来の目的は……律さん、送った画像を表示して」
視線は自然と律の方へ向く。
律の顔が表示された画面の解像度が崩れたと思えば、そこに表示されたのは……。
「___虫をおびき寄せるためのものです」
「ビッチ先生ッ!!」
表示された画像は、拘束されたビッチ先生が写った物だった。まさか、死神に捕まっていたから……?
じゃあ、あの時苗字さんはビッチ先生が帰るまでに間に合わなかったってこと?
色々考えたいけど、今目の前で突きつけられた事実に驚いて、上手く頭が回らない。
「手短に言います。彼女の命を守りたければ、先生方には決して言わず、君たち全員で僕が指定する場所まで来なさい。来たくなければ、来なくて良いよ。その時は……彼女の方を君たちに送ります。全員に平等に行き渡るよう、小分けにして」
死神は黒板にとある図を書いた。そこには女性の身体……どこかビッチ先生に似たその絵を描き、何等分化したような図を僕達に見せた。……恐らく、クラス全員分。
「そして多分、次の花は君たちのうちの誰かにするでしょう」
口調は優しいのに、どうしてこんなにも緊張感があるのだろう。
……こんな時、苗字さんはどうしたのだろうか。死神という言葉に、普段とは違う様子を見せた彼女だからこそ、この場にいたらどうだったのかが気になった。
「おうおう兄ちゃん、別に俺らは助ける義理ねーんだぜ、あんな高飛車ビッチ。大体、ボコられるとは考えなかったのかぁ? 誘拐犯!」
「不正解です、寺坂くん。それらは全部間違っています。君たちは自分達が思っている以上に彼女が好きだ。そして、人間が死神を刈り取ることなどできやしない」
突如、僕達の視界に花弁が舞う。
その花弁は、死神が持ってきた花束によるものだった。
「___恐れることなかれ、死神が人を刈り取るのみだ」
その言葉を最後に、死神は姿を消した。突然の事に僕は言葉が出なかった。
それほどに、先程までのことは呆気ないようで長い時間だった。
「……今夜18時までに、クラス全員で地図の場所に来て下さい、か」
死神が(間違いなく態と)落としていったものを磯貝くんが広い、それを読み上げた。その内容は、先程死神が言っていた指定の場所、のことだろう。
「鷹岡やシロの時と同じだな。俺らを人質にして、殺せんせーをおびき出すのが目的だろう」
「っ、クソッ!!」
死神も政府に雇われた殺し屋だったのだろう。けど、手段は鷹岡先生やシロと同じ、僕達を使って殺せんせーをおびき出す残忍な人間だったのだ。
……苗字さんは、本当にあの人の事を「勝てない存在」だと言っているのだろうか。最初こそは彼女を疑ったけど、なんだかんだで僕達を助けてくれる人だ。あんな残忍な人間に負けを認めるとは思えないんだ。
きっと、何かに間違いだよね……苗字さん。
「……使うか?」
静かな空間を破ったのは寺坂くんだ。彼の手には、あの体育着……新型体育着だった。
「守る為に使う、だね」
「最高の殺し屋だが何だか知らねーがよ、そう簡単に計画通りにさせるかよ」
この雰囲気は、みんな行くんだ。死神が指定した場所へ。
当然僕も皆の意見に賛成だ。
「じゃあ行く、で決定ね。でも、死神はクラス全員って言ってた。死神は本当に全員を把握してたのかな」
「どういう意味?」
「今日は全員揃ってないでしょ」
「……あ、苗字のことか!」
そうだ。
死神はクラス全員で来る様に、と指定している。まだ万全ではないだろう苗字さんに、この事を伝えなければならないのだろうか。
「そう。でも、名前さんは学校に登校出来る状態じゃない、呼ぶのは……」
「いや、どうやら名前も呼ばなきゃいけないみたいだ」
片岡さんの言葉を遮ったのは、磯貝くんだ。彼の視線は地図の裏面を見ており、そして顔を上げた。
「これに書いてある。苗字名前も連れてくること、と」
地図の裏を見せる磯貝くん。僕のいる距離からは見えなかったけど、周りの反応を見る感じだと、本当らしい。
「なんで名前ちゃんの名前が……っ」
「さっき死神も言っていただろ、下調べしたって。だから苗字の事を知ってて当然さ」
「そっか、あくまで表向きは生徒だもんね。殺し屋ってことに気づいていないのかも」
周りはそのように受け取っていたけど、僕は違うと思った。
きっとクラスの中で僕しか知らないことだ。……苗字さんと死神に面識があることは。
だから、死神が苗字さんを指定したのは、違う意味なのではないかって思ってしまうんだ。
「名前には悪いけど、連絡するしかない」
「それに、ビッチ先生がこんなことになってるんだもの。教えなきゃ」
確かな事を纏められていないまま、矢田さんが苗字さんに連絡を入れる様子を、僕は見つめていた。
![](//img.mobilerz.net/sozai/1013_b.gif)
2023/09/02
prev next
戻る