死神の時間


side.堀部糸成



「確か殺せんせーはこの方向に向かったはず……わああっ!!?」


俺達はクラス全員で殺せんせーが飛んで行った先へと向かっていた。誰かが方向について話していたとき、地面が揺れた。
その揺れは先程校舎で起こったものと似ていた。


「結構近いのかも」

「急ごう!」


度々起こる地響きに嫌な予感がする。やはり俺の予想はあっているのではないか、と。そう思いながら周りに着いて走る。


「っ、殺せんせー!」

「皆さん!? 何故こちらに!」

「気になったからに決まってるよ!」

「ここは危険です! 今の彼女・・に近付いたら___」


彼女?
殺せんせーの言葉に一瞬の疑問を感じた瞬間だった。


「うわああああああッ!!!?」

「何っ!?」


近場で聞こえた大きな音。それはここへ来る途中に聞こえていた地響きであった。風圧が俺達を襲い、目を開けられない。


「……! あれ、は」


風圧が収まり、やっと目を開けることができた。目の前は土埃が立ちこめており、”何か”がいることは分かった。
薄暗い中、土埃の中に人影が見えた……そう思った時だった。


「皆さん下がって! 攻撃が来ます!」


殺せんせーがそう声を掛けた時、再び風圧が襲った。しかし、その風圧に襲われる直前、何か弾くような音が聞こえた。その音の正体はなんなのか、確認しようと目を開けた。


「うそ、だろ……?」

「なんで……?」


周りが驚きを含む声を漏らす。声には出さなかったが、俺もその一人だった。
……だが、予想していた事でもある。的中なんてしたくなかった。



「やっぱりお前だったんだな……名前」



項から伸びた黒い触手。遠目からでも分かる瞳の変化、明らかに普段の彼女とは違う様子……間違いなく触手に精神を乗っ取られていた。


「イトナくん。君から見て、苗字さんの様子はどのように感じますか?」

「何をどう見ても触手に意識を乗っ取られている。……あの時の俺と全く同じ、いやそれ以上かもしれない」


時折名前の方から唸り声のようなものが聞こえる。体勢を低くして、その様子はどうみても獣そのものだ。
それほどに名前の精神は触手に浸食されてしまっていたのだ。


「どうすれば元の名前に戻るの!?」

「こうなってしまったら、気絶させるしか方法はない」

「生徒に危害は加えない契約ですが、今だけは緊急事態……何とかして彼女を正気に戻さなければ、命に関わる。この件について烏間先生に問われても、不問として下さいね!」


そう俺達に告げると、殺せんせーは名前の方へと瞬間移動した。そのスピードは相変わらず目視で捉えられない速度だった。

だと言うのに、名前は殺せんせーの速度に反応した。殺せんせーが伸ばした触手を交したのだ。そして、殺せんせーに劣らないスピードで、反撃というように名前は触手で攻撃を出す。


「ナイフを握ることすら、頭にないのか……っ」


彼女は、対触手用ナイフと本物のナイフの2種類を常に携帯している。理性が僅かに残っていれば、ナイフを手に持ったはず。だが、今目の前で殺せんせーに攻撃する名前は触手しか使用していない。

それが何を指すのか。名前の精神が、触手にほぼ乗っ取られてしまっている証拠だということだ。理性を失い、触手の本能に侵食されてしまい……名前という意思の影すらない。……俺の時より酷い。


「……」


こういうとき、まだ触手が残っていれば。
あの時、俺のために動いてくれた名前に恩を返すことができたのに。今の俺には、もう触手はない。生身で向かうのは返って名前を傷つけてしまう。

だから、殺せんせーが止めてくれることを願って、見守ることしか……今の俺にはできない。その歯痒さに、無意識に俺は手を握りしめていた。


「何とかならないの、殺せんせーっ!!」


茅野の悲鳴に近い声が、殺せんせーに向けられる。
……正直、あの状態になってしまえば手遅れだ。そう心の中で思っていた時だ。



「皆さん、攻撃が来ないよう下がっているんですよ」



改めて注意を飛ばしてきた殺せんせー。
しかし、言葉はそれだけで終わらなかった。



「___絶対に死なせない」



騒音の中、俺の耳には確かに聞こえたのだ。死なせない、と。


「っがあああっ!!ぅ、ぁあ……っ」


頭を抑えながら唸り声が上げる名前。触手の動きは激しいもので、躱しながら近付く殺せんせーに容赦なく襲いかかる。


「ひっ!?」


名前の触手が近くの木に直撃した。その威力は簡単に木をへし折るほど。


「なんて威力だ……!」

「当たったら一溜まりもねぇ……!」


俺を含め、誰もが木の方へと意識を集中させていた。だから気づかなかったんだ。



「……私が悪いんです。貴女がこうしてまで自分を追い込んでしまったのは、私の所為なのでしょう」

「___自分で自分を縛るのは、もう止めなさい……ナマエ」


突如、肉が避けるような音が聞こえた。その音に誰もが反応し、振り返った。



「殺せんせーっ!!」



そこには、名前の触手が貫通した殺せんせーがいた。






2023/07/30


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