名前の時間
「じゃあさ、いっその事『コードネーム』で呼び合うってのはどう?」
それは桃花のこの発言から始まった。
***
「烏間先生なんて私を呼ぶとき『おい』とか、『お前』とか! 熟年夫婦じゃないんですから!!」
「だって……いい大人が『殺せんせー!』なんて正直ハズいし……」
「……」
イリーナと烏間殿は恥ずかしくて呼べないらしい。
僕は別に恥ずかしいから呼べないわけじゃない。強がりじゃないからな。
……だって、ターゲットのことを名前で呼んでしまったら___
「じゃあさ、いっその事『コードネーム』で呼び合うってのはどう?」
考え込みそうになったとき、桃花のこの発言で現実に引き戻された。
「コードネーム?」
「そう! みんなの名前を新しくもうひとつ作るの! 南の島で会った殺し屋さんたちさ、互いの事、本名隠して呼び合ってたじゃん! なんかそういうの、殺し屋っぽくてかっこよくない!?」
むしろ、名前を隠してない方が珍しい気がするけど……。
まぁ、隠す名前がない殺し屋もいるけど。
……あの人、とか。
「なるほど、いいですね。では、こうしましょう!」
そう言ってターゲットはどこからか箱を取りだした。
そしてその触手には小さな紙が数枚。
「皆さんにコードネームの候補を書いてもらい、その中から先生が引いたもので呼び合ってみましょう」
僕達を席に着かせたと思えば……自分を除いたクラス全員分のコードネームを考えろ、というものだった。
……って、そういえば。
「なぁ、僕は既に『レオン』というコードネームがあるんだけど」
「そうですね」
「考える必要はないんじゃないか?」
僕には既にコードネームがある。
レオンというコードネームが。
「でも、今日くらいはクラスメイトが考えてくれたコードネームにしませんか」
「……なぜ?」
「私はあなたに人間としての楽しさを思い出してほしいんです。そして、その楽しみが”思い出”として残ってほしいのです」
「思い出……」
僕にとって思い出なんてものは楽しいものじゃない。
嫌なこと、辛かったこと……悲しかったこと
楽しいと思えたものがない。
もしかしたらあったのかもしれない。
だけど、それを思い出せない。
……もしかして、ターゲットはそのことを見抜いている?
「どうです? 今日くらいは暗殺者としての名前ではなく、3年E組の苗字名前としてのコードネームにしてみませんか?」
暗殺を、殺す事を忘れた名前……。
気づけば周りが僕を見ていた事に気づく。
……考え込むと自分の世界に入ってしまうから、周りから向けられるものに鈍くなってしまう。
なのに、今はそれを考えるな、というのか。
「……分かった。今日だけは君たちが考えたコードネームで呼ばれる事を許してやる」
「ヌルフフフ、良かったです」
レオンでも、苗字名前でもない名前で呼ばれるのか。
『ごめんなさい。あなたに名前がないわけじゃないわ』
『お前の名前は___』
「___!」
流れた記憶に怒りが沸く。
机に叩きつけようとした手の掴み、爪を食い込ませる。
「……っ」
痛みで段々と頭が冷静になっていく。
……あぁ、血が出てしまった。
嫌だな、赤色は。
僕にとって赤色は一生を共に生きる色だ。
それは血の事でもあり、僕の本来の姿の事でもある。
「……」
今はそんなことを思い出しているわけにはいかない。
彼らのコードネームを考えてやらねば。
……彼ら、僕に変なコードネーム付けてないよね。
気に入らなかったら……って、それをやったら怒られるからダメか……ちっ。
「それでは、今日一日名前で呼ぶの禁止!」
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2022/01/10
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