堀部糸成の時間



森の奥に入り、暫く。
どうやらもうケイドロは始まっているらしい。

ずっと手を引かれているつもりはなく、早々にカエデから離すよう言ったら渋々といった様子で離された。
自分では知った方が速いからな。


「ここまでいけば、流石に追ってこないっしょ!」

「うん!」

「……甘いな」


杉野と渚の会話に割り込み、二人の考えを否定する。


「え? なんで?」

「なんでって……君達誰が鬼だと思っているんだ?」

「烏間先生でしょ?」

「そうだ。聞いたところ、烏間殿は防衛省のエリートらしいじゃないか。そんな相手にその余裕……死ぬよ?」


やはり死が日常の世界で生きていない人間の考えは甘い。
これくらいなら、という妥協が既に危ういと言うのに。

君らの訓練を考えている人物がどれだけ能力のある人間なのか……贅沢にも程があるねぇ。


「こんなに離れてるのに、危ないんですか?」

「確かに烏間先生はすごい人だけど……」

「そうだなぁ。僕達がいるこの場所より後ろで且つ、こうしてペラペラと喋っていれば___もう捕まっているんじゃないか?」


僕が愛美とカエデの言葉にそう答えた瞬間、彼らのスマホから自立思考固定砲台の声が聞こえた。
どうやら開始数分で確保された者が出たようだ。


「……苗字って予言者?」

「馬鹿者。今までの経験から基づいてのことだ」

「烏間先生のこと、よく見てるんだね」

「興味深いからねぇ。暗殺に一ミリでも興味があるのなら口説きたい所さ」


烏間殿の実力はきっと……総合的な評価ならば僕以上だ。
僕はスピードにほとんどを割り振っていて、パワーはほぼない。しかし、烏間殿は軍人としてもかなりレベルが高いだろう。スピードだけなら負ける自信は無いけど、総合的なものとなると負けるかなぁ。悔しいけどね?


「さて、僕はこれで」

「え? どこに行くの?」

「どこって、捕まらないところさ」

「一緒に逃げないの?!」

「さっきも言っただろ。これだけ静かならば、感覚を研ぎ澄ませば足音と声を聞き取り、位置を特定される。……もうされているかもしれないけど」


僕がそう言うと、杉野は慌てて走り去って行った。彼に釣られるようにカエデ、愛美、渚もその場を離れていった。
あーあ、そんなに慌てて逃げたら鬼の思うつぼだって。ま、僕には関係ないけど。

……んで、今此処に残っているのは。


「君はいいのかい?彼らと逃げなくて」

「名前と逃げたいなって」

「邪魔なんだけど」


もうお決まりになってきたが、カルマである。そろそろ恒例になってきた展開である。
どんだけ僕が好きなんだ……?ま、好かれるのは嬉しいけどね。


「邪魔って言われても着いていく!」

「迷惑だ」

「迷惑だって言われても離れない!」

「迷惑極まりないな!?」


どうしても着いてきて欲しくない僕と、どうしても着いてきたいカルマの謎の勝負が始まった。
僕は木の枝に上り、そこを足場に森を駆けていく。
チラッと後ろを見ればカルマも着いてきていた。


「へへっ、名前なら枝を足場にするって分かってた。練習してて良かった」

「……ほぅ」


少しだけ興味がわいた。
僕に着いてくるために練習したというのなら、見せて貰おう。


「ならば見せてみろ、カルマ。その練習の成果を!」

「勿論ッ!」


スピードをあげ、木の枝を飛び移っていく。
まだ後ろから気配があるので振り切っていないんだろう。


「……ま、退屈ではないな」


これが僕の知る訓練だったら、彼奴が鬼だな……って。


「……今は思い出さなくていいだろう……ッ」


無意識に奥歯を食いしばっていたようで、カルマを待つついでに移動をストップする。
心臓のある部分へ手を当て、ゆっくりと深呼吸をする。

……そうだ。今は思い出さなくていい。
でも忘れてはならない。彼奴の裏切りを。
僕はそれを粛正するために、仇を討つために頑張ってきたんだから。


……間もなくして、僕ら生徒側の勝利を知らせる自立思考固定砲台の声が聞こえた。





2021/08/24


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