規則的な動きの中にあった乱れ



「無事ですか?」

「ナイスタイミングだぜ、キャンディス!」

「遠くからあなた方が戦闘中であることは分かっていました。間に合って良かった」


どうやら加勢に来てくれたらしい。
正直旅人を庇いきれなかったから、キャンディスが来てくれて助かった。

さて、旅人の無事は確認できた。
次に俺が探すのは、キャンディスと衝突したナマエだ。キャンディスが顕現した盾に付着した水元素と、ナマエが剣に纏っていた炎元素により起った蒸発反応により、一時的に見えづらくなった視界。それが晴れた後、彼女の姿が見当たらないのだ。


「増援ですか。問題ありません、邪魔者として粛正対象に加えるだけです」


声が聞こえた。
その声が聞こえた方へ振り返れば、依然として立っているナマエの姿が目に入った。その手には片手剣が握られたままだ。

キャンディスの盾は確かに旅人を守った。しかし、剣と盾がぶつかったことで起った蒸発反応は、ナマエにダメージを与えなかったようだ。

だが、俺と旅人による元素攻撃は確実にダメージが入っているはず。……そろそろ倒れてもおかしくないはずなんだ。


「炎よ、我に従え」

「また炎元素を纏ったぞ!」

「今度は押し返します。皆さん、私の後ろへ!」


キャンディスの指示の元、俺は彼女の後ろへ移動する。もしキャンディスが防ぎきれなかった場合は俺が前に出る。いつでも出られるよう構える。


「無駄です」


ナマエは人が集中しているこちらへと向かって来た。その正面にはキャンディスが。ナマエは先に防御を崩す方向で来たのか、キャンディスに狙いを定め……剣を振りかざした。

それは勿論、彼女の盾の後ろ___キャンディスの背後を狙った動きだった。


「……!」


キャンディスの背後に回ったナマエは、勢いよく剣を振り下ろす……いや、振り降ろそうとしたんだ。



「___あ、もん?」



一瞬だけ、ナマエの動きが止まったんだ。それは、ナマエの動きに着いてきて、盾を構え直したキャンディスを見て、だ。


「いらっしゃい!」


キャンディスは自身の盾に剣が触れる直後に、ナマエを直線上へと吹き飛ばした。間違いなく、あの一瞬で生まれた隙を狙った動きだった。

キャンディスによって吹き飛ばされたナマエは崖に背中を叩きつけ、そのまま動かなくなってしまった。それを見た俺は、咄嗟に彼女の元へと向かった。


「う、うぅ……ッ」


攻撃されることを警戒しつつ、俺はナマエへ近付く。顔を覗いてみると、痛みで歪んだ表情を浮べていた。かなり強く叩きつけられていたし、同時に頭も打ったのだろう。もしかしたら、軽い脳震盪を起こしているのかもしれない。


「セノさん、この方は?」

「……俺の部下だ。だが、様子がおかしいんだ」

「どうやら深い事情がありそうですね」


ナマエの様子を見ようと片膝を着く。俺の様子を確認しに来たのであろうキャンディスが話しかけてきた。……どうやら深くは話を聞く気はないらしい。


「……また暴れ出してたら困る。拘束しておこう」


俺は持っていた道具でナマエを拘束しようと彼女に手を伸ばした___その時だ。


「? 何の音だ……?」


言語化するなら、ピーっという音。それが今、ナマエに近付いたときに聞こえたような……


『接続を確認。強制的に再起動します』


今度は誰かの声が聞こえた!
そう思った瞬間だ。


「!!」


ナマエが目を覚ました!
咄嗟に後退し、武器を構えた……だが。


「損傷率50%を超えました。撤退します」


大きく跳躍したと思えば、ナマエは崖の上に立っていた。まさか逃げる気か?


「待て、ナマエ!!」


俺の視界からナマエが消える。崖の上に移動した彼女は、俺の視線では見えない位置に移動を始めたらしい。
ここで逃がしてはいけない。今の彼女を放っておくわけにはいかない……!



「お待ち下さい、セノさん!」



足に力を入れ、崖の上へ駆け上がろうとした俺を止める声。それはキャンディスだった。


「今は脅威が自ら去ってくれた。無理に追いかけてしまえば、向こうの思うツボです。あの方が貴方の部下だとしても、今は敵対していることに間違いはないのです」

「……っ」

「旅人さんもセノさんも、あの方との戦闘でお疲れのはず。一旦休みを取るべきです」


本音を言えば今すぐにでもナマエを追いかけたかった。
だが、キャンディスに言われ……冷静でなかったことに気づいた。ナマエのことになると、俺は上手く自分をコントロールできないらしい。


「……分かった。一度冷静になりたい」

「はい、では村の人達にもう大丈夫である事をお伝えにいきましょう。そうすれば、自ずと落ち着いてくるはずです」


キャンディスの指示の元、俺と旅人は避難していた村人達に脅威は去ったことを伝え回った。

……大体30分程度だろうか。そのくらいの時間が経った頃、俺と旅人、そしてキャンディスは村長の家の前に集合した。



「お疲れ様でした。それで、ご気分は大丈夫ですか?」

「オイラは大丈夫だぞ」

「俺も大丈夫」

「セノさんは?」

「……何とか落ち着いたよ」

「良かったです。では、先程の人物について詳しく教えていただけますか?」



キャンディスが問うたのは、勿論ナマエのことだ。アアル村を襲ったのだ、この村のガーディアンとして見過ごせない存在だろう。

俺は彼女にナマエとの関係、先程俺たちを襲ったナマエの状態についての推測を伝えた。……これは、ナマエの襲撃が起きる前に旅人たちに伝えていた内容。だが、それは今になっては殆どが推測と言えなくなってしまった。


「何か遭った、というのは推測だった。先程ナマエと会う、その前までは」

「セノ……」

「考えたくないが、確実だ。……ナマエは何者かによって操られている」

「そう思ったきっかけは? まさか、普段と様子が違うからというものではありませんよね」


様子が違う、というのも判断材料にはなるが確固たるものではない。
だから、俺が操られていると考えたのは別の要素だ。その要素について俺は伝えた。


「ピーって音が聞こえた?」

「ああ。キャンディスの攻撃によって意識が朦朧としたナマエに近付いたとき聞こえたんだ」

「それってもしかして……アーカーシャを操作している音じゃないか!?」


俺の問いに答えたのはパイモンだ。
……聞き捨てならない単語が聞こえたな。アーカーシャを操作と。


「実はオイラ達、前にそんな感じの体験をしたんだ」

「その体験で、俺とパイモン……いや。スメールシティにいた人達は全員『花神誕日の輪廻』に巻き込まれていたんだ」


旅人とパイモンによると、アーカーシャによって起った輪廻……彼らはそれを『花神誕日の輪廻』と呼んでいたが、その輪廻でピーッという音が聞こえたという。
アーカーシャを管理しているのは教令院だ。もし、あの時俺が聞いた音が旅人達の言うものと同じであれば……。



「まさか、ナマエは教令院の奴らに操られていると言うのか……?」



当然だが、ナマエもアーカーシャ端末を身に付けている。俺の問い掛けに全く答える気がなかったことも、普段の様子と違ったことも……俺を襲ったことも。何もかもが納得がいく。


「お二人の話が事実であるなら、可能性は高いでしょう。彼女は教令院の者なのでしょう?」

「そんな……!」

「セノ……」


旅人に名前を呼ばれたことで、顔が下がっていたことに気づく。
この感情は……後悔だ。やはり、危険を承知で共に抜け出すべきだった。これは俺の判断ミスであり、責任だ。


「……大丈夫だ。気にするな」

「でも、お前辛そうだぞ……」

「いいや、辛いのはナマエのほうだ。彼奴が簡単に教令院の奴らに捕まったとは考えづらい……何か裏があるはずなんだ」


俺が辛いのは絶対に違う。絶対に助けなければ……だが、どうやって?
確実に敵が教令院であることは分かっている。だが、教令院を落とせばナマエが必ず救えるとは限らない。少なくとも、現時点では。


「それと共通点があるかどうか分からないのですが、先程ナマエさんと一戦を交えた時に気になった事があります」

「どうしたんだキャンディス?」


話は俺からキャンディスに変わる。
ナマエとの戦闘で何か感じたことでもあったのだろうか?


「実は彼女を撤退に追い込んだ決定的な攻撃が出来たのは、彼女自身が隙を見せたからなのです」


……恐らくキャンディスが言っている場面は、ナマエを吹き飛ばした時のことだろう。
確かにあの時のナマエは明らかに隙を見せていた。

その時にキャンディスが感じたというのは何なのだろう?


「そうだったのか? オイラにはそんな風に見えなかったぞ」

「いいえ。彼女が隙を見せたからだったのです」

「でも、あの時の彼奴が隙を見せるなんて思い着かないんだけど……それについて何か知ってるか?」


パイモンの問いかけは、彼女が言わなければ俺から言おうとしていた内容だった。


「はい。それを今お伝えしようと思っていました」

「教えて、キャンディス」


旅人の声にキャンディスは頷く。
前に向き直った彼女が口を開く……その内容は。



「目が合った時、彼女は確かに言ったんです___私の事を『アモン』と」



知らぬ名をナマエが口にしていたと言うものだった。
……アモンとは一体誰の事なんだ。お前はそれを何処で知ったんだ、ナマエ。






2023/12/29


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