終わり良ければすべて良し、ではない
「そんな曖昧な自信でオレを説得できるとでも?」
「これは説得じゃない。ただこのやり方で、君たち反抗勢力に加わろうとしているだけだ」
「現書記官が、何のために教令院を裏切る?」
教令院を裏切る、か。
何事もない、俺の中にあった認識のままの教令院であれば、こんな行動には出ない。それはアルハイゼンも同じだろう。
「砂漠で生きる者は、何も全員がキングデシェレトを信仰しているわけじゃないだろう。ならば教令院も同じだ。知識を追い求めるからといって、何故必ず教令院に従わなければならない?」
所属しているから素直に従う。それは組織として正しいとも言えれば、従順すぎるとも捉えられ、流されるだけの存在となってしまう。
何事においても変化とは必ず訪れる。今の教令院にとってその変化は到底受け入れられるものではないから、こうして企みを暴き、止めようとしている。
それは今後のスメールのためか、一個人としての目的があるからか。
……その部分はいいだろう。
『教令院を止める』
その目的が一致したことで、俺たちは今共に行動しているのだから。
「ハハッ、ハハハハハッ! さも知ったふうな口を利くな! 教令院にいる者はすべて、いや……防砂壁の向こうの人間はこうだ! オレは言ったはずだ、草神の民のスピーチを聞くつもりはない」
やはり話を聞かないか。
説得が無理なら……残るは一つしかない。そう思い、武器を構えようとした。
「待て」
内心そう思っていた時だ。今まで黙って会話を聞いていたディシアが口を開いたのは。
「アルハイゼン、あんたは今の言葉に責任を持てるか?」
「俺は価値のない保証などしない」
「じゃあ、この選択が危険なことも知っている、そうだな?」
「そうだ」
アルハイゼンに再度それを問うなど、ディシアは何を考えているんだ?
そう思いながら、俺は彼女を見つめる。
「よし! ラフマン、あたしの話を聞いてくれ」
アルハイゼンの返事を聞いた後、ディシアはラフマンへと視線をやった。……何を言うつもりだ。
「実はこいつらはあたしの友達なんだ。草神の民は信用できなくとも、あたしのことは信じられるはずだろ?」
「昔からの知り合いだ、お前のことはもちろん認めよう」
「___あたしは、この右腕を担保にしても構わない」
スッと静かに上がったディシアの右腕。
それはまるで、切り落としても構わない、というように無防備だった。
「根性を見せろ、ラフマン。教令院と対峙する以上、覚悟も決まってるはずだ。もう何も怖くないんじゃなかったのか?」
「ハッ! 『熾鬣の獅子』の腕だと? 面白い。だが、お前が約束を破ったらどうする? ディシア、オレたち傭兵はみな頭がいいぞ。頭の悪いやつらは長生きできんからな」
「確かにその通りだ。だが今は違う、あたしにはやらなきゃいけないことがある___あたしは、友達のためにグラマパラを救うと約束したんだ」
……どいつもこいつも。なぜ自らを犠牲にして事を成そうとする。
ディシアも、アルハイゼンも……ナマエも。
「ふんっ! ならばオレの言う通りにしろ。右腕を残し、お前の結審を見せるんだ」
「……」
「ダメだぞ! こんなの交渉じゃなくて、ただの意地悪じゃないか!」
「……構わない」
「おまえまでおかしくなっちゃったのかよ!」
「命を救う方がよほど大事なことだ。この腕一本で沢山の命が救えるなら、どう考えても割に合う取引だろ」
『あの時何もできず見ているだけだったら、私は絶対に後悔していたと思うんです』
ふと、前にナマエが言っていたことを思い出す。
ナマエは自分が経験した後悔があるから、何事も見て見ぬふりはできないと、そう俺に言った。
……もし、ナマエもこのような状況に立ち合ったら。彼女はどのような選択をするのか。
いいや、そんなこと考えなくても分かる。……間違いなくディシアと同じ行動をとる。そんなやつだと俺は良く分かってるからだ。
だからこそ、ここでディシアを止めなければ、俺は同じ場面で動けなくなる。
「いいだろう。おいっ、こいつの右腕をカットして持ってこい」
「やめて!!」
「ディシア! どうするんだよ、早く方法を考えろって!」
「……そこまでする必要はない」
「それはあんたたちが決めることじゃない」
「___やれ!」
「ディシア!!」
「ディシア、逃げろ!」
「……チッ!」
目の前の光景がスローモーションで映っている。
ラフマンの指示で動いたエルマイト旅団の男が、ディシアに向かってナイフを振り下ろす。
俺が武器を取り出し、あのナイフを弾くまでには十分な距離だ。……相手も思惑通りにさせるものか!
足に力を入れ、ディシアの元へ行こうとした。その時だった。
「ストップだ!」
ラフマンの声が響く。
……今、ストップと言ったか?
そう問いかけようと思ったが、目の前でナイフを振り下ろそうとしたエルマイト旅団の男が動きを止める。俺の聞き間違いではないようだ。
「……どうした、なぜ止める?」
ディシアの提案を受け入れ、実行を決めたのはラフマンだ。
その本人がストップと指示した意図が読めない。こちらとしては嬉しいことだが、疑問に思わずにはいられない。
「『熾鬣の獅子』も砂漠の民だ。お前の腕をカットすることは、オレ自身の指を断ち切ることと同じ。同胞である我らが同士討ちをする必要はない」
ということは、初めからディシアの腕を切り落とすつもりはなかったということか。
……チッ、虫唾が走る。
「お前の決心はしかと見届けた……いいだろう。お前の友人を連れて、明日の昼、砂漠まで会いに来い」
……結果、ディシアの腕は切り落とされずに済み、アルハイゼンを引き換えにグラマパラを渡す、という話となった。
明日の昼、砂漠に来い、か。仮に戦闘となった場合も、砂漠に慣れた自分たちが有利だからという意味で指定したのだろうか。
だが、それよりも言うべきことがあるだろう。
エルマイト旅団らの元を無言で離れる中、俺はそう思っていた。
「……ふぅ。やっぱり最後にはやめてくれたか、よかったぜ」
そんなお気楽な口調の声が聞こえ、俺は足を止めた。
その声の主は、言わずもがなディシアだ。
「ディシアお姉ちゃん!」
「おまえ、おかしいんじゃないのか! どいつもこいつも、なに考えてんだよ……もし本当に腕を切り落とされてたらどうするつもりだったんだ!」
「ん? それなら左手で武器を握ればいいだろ」
「そんなリスク背負わないで!」
パイモンの説教は響いていなさそうだ。ちなみにパイモンの言葉には、アルハイゼンも含まれていると思われる。
だが、何故あんなにも危険な行動をとったんだ。それが知りたい。
「悪い……こんな状況だし、一踏ん張りしないとって思ってな」
概ね予想していたことだが、なにも自身を代償とする必要はないだろ。
……ディシアがナマエに見えて来た。顔も体格も、出身国も違うと言うのに、何故こうにも共通点が多いんだ。自己犠牲なところなんてそっくりだ。
「次はそのような保証をしなくともいい。俺ならあいつらを全員片づけられる」
「あんたの言葉は信じるよ。だがセノ、これはあたし一人だけのことじゃない。あいつらは個人じゃなく……ある種の先進の代表なのさ。たとえ一人の過激派を片づけようが、他の同類が現れる……やつらを殺したってなんの解決にもならないようだ」
どうやら同胞であるが故に、どういう人間なのか分かってるからこその行動だったらしい。
「……お前のしたいようにすればいい」
ディシアはまだ理解があった。取った行動にも、こうしなければならないと分かっているから、という明確ではっきりとした根拠があった。
だが、ナマエの場合、ただ自分の公開から来ている自己満足に近い行動だ。対象を見てこうしなければならない、という判断は勿論できるが、どうにも身を削ろうとする部分は変わらない。
……この件が片付いたら、その部分について叩きこんだ方が良さそうだ。正気に戻れば、自分が何をしてしまったのか反省するだろうし、その反省の中に今までの行動についても詰め込もう。
「あのね、裏切り者だなんて疑っちゃってごめんね……ディシアお姉ちゃん。しかも、大声であんなことまで言っちゃって……」
「いいんだ。あんたのおじいちゃんを助けるって約束したからには、何としてでもやり遂げるさ」
「これほど過激な性格だとは……学術研究に向いているな」
イザークとディシアの会話を聞いていたアルハイゼンがふと、そう零した。
「はあ? 本気で言ってんのか?」
当然、ディシアの反応はそうだろう。
だが、元教令院の学者であり、マハマトラとして様々な学者を見ているから、アルハイゼンの言い分も分からなくもないんだ。
「エルマイト旅団のやつらも、俺を狂人だと言ったことがある。もしかすると、狂人こそ学術において成功を収められるかもしれない」
「何だか……あたしを褒めてるように見せかけて、ただ自慢してるだけのような……」
「客観的に述べてるだけだから、気にしないで」
……それ、自分がすごいと自慢しているだけなんじゃないのか。
そう心の中で思っていると、ディシアも同じことを思ったようで、意見が被った。フォローした旅人に免じて、気にしないでおくとしよう。
「ま、突っ立ってないで村に戻ろうぜ。明日の昼には、またデカい騒ぎがあたしたちを待ってる」
ディシアの言葉に、それぞれアアル村へと向かうため、足を進める。
……人質交換は上手くいくのだろうか。そう考えるのもあるが、なによりも今日は自らを犠牲にする場面を2度も見たためか、あまりいい気分ではない。
「……」
アアル村に着いた後、俺は少し村から離れた場所に移動した。頭の整理がしたかったからだ。明日の人質交換で冷静な判断ができるようにするためにも、静アカナ場所で落ち着きたかった。
「ここにいたか」
……落ち着きたかったんだが、それは後になりそうだ。
「なんだ、アルハイゼン」
俺の元へやってきたのはアルハイゼンだ。俺に何の用だろうか。
「何か話すことでも?」
「俺とディシアが取った行動に、ある人物を重ねていそうだと思って、謝罪しにきた」
その割には謝罪するような雰囲気をしていないんだが……。
というより、気づかれていたのか。……そんなに俺は分かりやすいのだろうか。分かりにくいと言われる方が多いんだがな。
「……お前は、ナマエについて知っていることが多いんだな」
「彼女は自己犠牲が強いからな。マハマトラとして動いている場面を見ていれば、自然と読み取れることだ。それに、学者のころから彼女にはそういった傾向があっただろう」
……そうだったな。
自ら率先して行動するのは積極的であると好評だった。しかし、その行動力は危険な場面でも発揮されていた。
おそらくアルハイゼンはその場面を見たことがあるのだろう。
ナマエは学者のころ、派閥を跨いで交流を持っている人が多くいた。それにアルハイゼンも含まれている。
たびたび彼女を気にする様子を見せるアルハイゼンだが、あいつをどう思っているんだ。ナマエをだたの後輩として見ているのか、それとも……それ以上で見ているのか。
普段、女性の気配がない男だ。まさか……な。
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2024/06/23
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