命の価値とは



「今からどこに向かえばいいんだ?」


外に出た俺たち。
これから向かう場所に着いてパイモンが疑問の声を上げる。


「セノ、自分の辿ってきたルートは覚えてる?」


ふと、旅人が俺にそう問いかけた。
そもそも俺の調査ルートをもとに足取りを追うという話になっているんだ。俺に尋ねるのが道理だろう。


「ああ。村を離れてからは、砂漠を通り抜けて先へ進んでいた」


着いてこい
俺はその場にいる人たちにそう言い、自分が通ったルートを辿る。日ごろから調査をする機会がある職業だ。そう簡単に調査ルートを忘れるようなことはない。
忘れるとすれば、記憶喪失くらいだろう。


「!」


俺は自分の調査ルートをたどりながら、着いて来ているか都度確認しながら進む。急ぐことだから走らなければならないが、砂漠は慣れていない人にとって厳しい場所だ。例え今走っている場所がアアル村からそう離れていないとしても、だ。

後ろで聞こえるイザークと旅人たちの会話を聞きながら走っていると、何かが見えた。俺はそれを確認するため、脚を止めて屈んだ。


「ここに何かある。これは……」

「埋もれている……。どうやら体力仕事をする必要がありそうだ」


掘り返さないことには分からない。
俺がここを通った時にはなかったものだから、何か手掛かりになるに違いない。


「ずっとここまで走ってきたのも、体力仕事だと思うんだけど」

「パイモン揚げ足取らないの」

「うぅ、ごめん。それで、掘り返すのか? 結構深いところに埋まってるみたいだぞ」


そんなことを話す旅人とパイモンの会話を聞きながらも、俺たちは砂の下にあったものを掘り出した。
……その掘り出したものには見覚えがあった。


「この破片は教令院が開発した装置で、本来は頭に着けるものだ。グラマパラは一人ではない。彼らを移送していた一行はここを通った。そして、壊れた装置が辺りに散らばっている……」


失踪したグラマパラはイザークの探す男性以外にもいる。
……そのすべての人にこの装置を使っていたと言うのか。胸糞悪い話だ。



「分かれて捜索しよう。ここにはまだ何かあるはずだ」



アルハイゼンの提案の元、俺たちはこの周囲で砂漠の砂を掘り起こした。……しばらくして、同じ装置が一台すぐ近くで掘り出された。


「これか? なんだか不気味だな……」

「これこそ、神の缶詰知識の抽出に使う装置だ」


そういえば、これが何をする装置か話していなかったな。今アルハイゼンが話した通り、この被り物みたいなものこそ、神の缶詰知識の抽出に使うため教令院が開発した装置だ。


「装置が砂の中に……普通じゃないな」

「恐らく襲撃にあったんだろう」

「えっ!?」

「おじいちゃん……どうか無事で……」

「心配するな、おじいちゃんはきっと無事だ」


どうやら状況は一刻を争うようだ。
襲撃というワードが少し気にはなるが、今気にするべき場所はそこではない。


「廃病院に残っていたラザックが、脱水症状や栄養失調になっている様子はなかった。つまり、やつらが撤退してからさほど時間が経っていない」

「まだ追いつけるはずだ」

「それから、この襲撃は砂嵐の前に起きたのだと思う。その証拠に……装置が完全に砂に埋もれている」

「同感」


この装置から読み取れる背景、そして現状を整理できた。
まだまだ走る必要があるみたいだな。



「引き続き追うぞ。まだそう遠くへは行ってないはずだ」



再び俺が通った調査ルートを進む。
……後ろから、パイモンは飛んでいるのに疲れるのか、と言った話がイザークと旅人たちの間で交わされていた。

そんな会話ができるほど、まだ心の余裕はあるみたいだ。
……イザークくらいの年齢であれば、そのほうがいいのかもしれないな。


そう思っていた時だ。……微かにだが声が聞こえる。
この感じは……言い争いか?


「……あっちの方から、誰かが言い争っている声が聞こえる」

「わぁ、耳がいいんだな……」


マハマトラで様々な調査を行った故のものだと俺は思っている。経験の積み重ねという奴だな。
俺には劣るが、ナマエも遠くから何かしらの声や物音を聞き取れるからな。


「これ以上近づくな、気づかれる」


ある程度進んだところで、俺は皆に足を止めるよう言う。
……ここからなら、声も、声の主の姿も捉えられる。そういえば、事態のことで気づかなかったが、確かに行動していなかった相手が視界の先にいる。


「ディシアとエルマイト旅団か? 面白い……何を話しているのか聞いておこう」


アルハイゼンに言われなくとも、そのつもりだったがな。
なんて思いながらも、視界の先に見えるディシアとエルマイト旅団の会話に耳を傾ける。


「……もっと早くに教えてくれたら、あたしたちだって……」

「……お前は仲間だ……オレたちは決して欺きはしない……」

「学者……あたしのほうが詳しい……あたしに……」

「ハハッ、分かってるさ……バディ……」


静かになったことで、向こうの会話が聞こえる。
……風の音もあるから、断片的にしか聞こえないが、互いが話す内容は、まるでディシアが___



「……どうして……ディシアお姉ちゃん___ディシアお姉ちゃん!」



考えたくない予想を頭の中で浮かべていた時だ。
ディシアとエルマイト旅団の会話内容が聞こえていたのか、彼女を裏切り者と認識したらしいイザークが飛び出していった。


「おいバカ! 何やってるんだよ!」


パイモンの呼び止める声も聞かず、イザークはディシアの元へと走っていく。
その心境は、ただただディシアに裏切られた。それだけだろう。

まだディシアが裏切り者か決めるのは早い、そう思っていたんだが、イザークにとっては今見えていることだけで彼女が裏切り者と決めるには十分で。



「ん?」

「おじいちゃんを連れ戻してくれるって言ってたじゃないか! なのに……なんでこいつらとグルになってるんだよ!」


イザークがディシアの前に飛び出した。
それはつまり、俺たちがいることもバレていることだ。隠れる意味がない。

ディシアも分かってるはずだ。イザークが一人砂漠に出るわけがないと。そうなったとしたら、彼女の友人であるキャンディスが止めると思うはずだからな。


そして、あのエルマイト旅団が俺たちの追う存在だとすれば……イザークを見た時点で気づく。


「ハハッ、来るのが早かったな」

「はぁ、面倒になってきたな」


俺たちがエルマイト旅団もとい、グラマパラを攫った一行を追って来たのだと。



「……アアル村を裏切ったのか」

「これはこれは……かの有名なマハマトラさんじゃないか、ハハッ」


俺を知っている……ということは、確定だな。
今俺たちが追っていた一行こそ、目の前にいるエルマイト旅団だ。

俺の身分を分かったうえでの態度……この男がこの一行のリーダーと見ていいな。


「ディシア、こいつらと組むよりオレの仲間になったほうがいいぜ。お前も見ただろ? オレにはメソッドがある。それにオレの理想は、こいつらのよりはるかに崇高でシャイニングなもんだ」

「あたしがそんな言葉で打たれるような人間じゃないって知ってるだろ、ラフマン」


ラフマン……それが今、ディシアと対面しているエルマイト旅団の男の名前だな。


「どういうことなんだよ……ディシア、おまえはいったいどっちの味方なんだ?」

「あんた、バカか」

「まあいい。誰の味方だろうが、キングデシェレト様を呼び覚ます偉業の妨げにはならんさ。遠い古の王者がこの地にお戻りになった時こそ、すべてが再び再スタートするんだからな」


この発言から見て、ラフマンはアアル村で聞いた過激派の1人と見ていいな。
そもそもグラマパラを攫ってる時点で確定していたことではあるが。


「目を覚ませ、そんなことは起きないってのは、あたし以上に知ってるはずだろ。ラフマン、これほど長く傭兵をやってきて、それでも統治者に肩入れしようってのか?」

「オレは砂漠の民、キングデシェレト様の支持者だ。この両手を血に染めようが、のんきな暮らしをしようが、この信仰はオレのソウルの奥深くに刻まれてる」

「なあ、今からでも遅くない……あいつらを解放するんだ。あのグラマ……いや、狂学者たちは、キングデシェレトを復活させることはできないんだ」


会話を聞いている限り、ディシアはこのエルマイト旅団を説得しているのか?
だから俺たちより先に彼らを見つけるため動いていたということか?

……俺たちに一言伝えても良かったのではないか?
今の状況をディシアが理解できていないとは思えない。誰が敵で味方なのか、はっきりとしていないんだ。独立した行動は信頼を裏切ると同時に、関係性を崩しかねないんだ。


それを分かったうえでディシアが先に向かったとなれば……彼女には何か考えがあったということか?

それとも、知人だから止めようとしたのか?
こればかりはディシアの中にしか答えはない。


「分かってないな、愛しきレディよ。信仰の追求は我々の障害の望みだ。たとえ成功率が一万分の一しかないとしても、試さなくちゃならない」

「そのせいで教令院に目をつけられてもいいのか? これを理由に、あんたが今まで一生懸命築き上げてきたエルマイト旅団を潰されてもいいのかよ?」

「いい。オレたちはずっとこの日を待ってたんだ。太陽も月も輝きを失い、大地は引き裂かれた……だが、今、運命は教令院に対するジョーカーをオレの手に授けてくれた」


その授けた者が教令院の奴らの可能性があることに、ラフマンは気づいているのだろうか。気づいていようがいまいが……今の発言、皮肉と言えばいいのか、滑稽と言えばいいのか。


「あいつら学者がいれば、形勢逆転さ。オレたちは防砂壁の向こうに攻め入ることができる。」

「……甘すぎる。あんたらの勢力だけで、スメール全土を掌握してる教令院に立ち向かえるわけがないだろ」


……今の教令院がどれほどの力を持っているのか、彼らは想像できないだろう。それに、教令院には俺の部下であるナマエがいる。それも、教令院によって意思を奪われ、操り人形と化してしまった彼女が。

あいつは自分の強さを自覚していないが、実力は俺に次ぐと思っている。だからこそ、ナマエの襲撃は警戒したほうがいいんだ。


彼女の炎は、ナマエがやろうと思えば簡単に周囲を燃やし尽くすことができる___それほどの力が、ナマエにはあるんだ。

もしこのエルマイト旅団が今の教令院に襲撃を実行したら、間違いなくナマエは出て来る。そして、彼らをいとも簡単に燃やし尽くしてしまうだろう。


「あたしの話が信じられないなら、そこの二人に聞いてみな。あつらも教令院と対立しているが、あんたのように自惚れちゃいない」

「……ハッ、所詮ご主人様に付き従う犬っころだろう? どうしてオレがマハールッカデヴァータの民どもとトークしなきゃならない? 卑劣な裏切り者が。お前らの神はキングデシェレト様を裏切り、動議を売り渡した。砂漠の民が草神の民を信じることは二度とない!」


……すごい定期だな。まったく会話が成り立たない。
だが、それと同時に思ったことがある。


「どうやら……」

「この学者たちだけで、教令院と交渉できるとでも?」


エルマイト旅団は教令院を把握できていない。
教令院にいたから分かる。それはアルハイゼンも同じく思っていたようだ。


「こいつらでは交渉材料にはならないよ。だが___俺が渋々人質になってやれないこともない」


俺もグラマパラだけで交渉は無理だと思っていたが、まさか自ら人質になってやると言うとは思わなかったな。
自分の立場と、教令院側が彼に対し思っている価値を分かったうえでの発言だろうな。


「教令院の捨て駒であるあいつらに対し、俺は教令院の現書記官。君たちにとっても大きな手札となるだろう」

「おいおい、マジかよ」

「ボーイ、人質交換をしたいと言うのか?」

「そうだ。まだ賢明な判断ができるなら、俺の話を受け入れられると思うが」


危険な賭けだが、エルマイト旅団にとっては価値のある話だろう。
……自ら危険の中に入り込む、その判断には感心しないが。


「なに考えてるんだよ! もしあいつがおまえを殺しちゃったらどうするんだ!」

「ん? それも運というものだろう。それに、俺もこの機会に彼が手にしている学者たちに接触し、真相を突き止められるかもしれない」


随分自分の生に無頓着なんだな。
教令院の企みを暴くためなら、自分の命も差し出せるってことか。

……まるで、ナマエみたいだ。
まだナマエ学者だった時に起きた、あの事件みたいに。自分の命を顧みらずにとった行動のおかげで助かった命と、判明した事実があった。それでもし、命を落としていたら___ナマエもアルハイゼンと同じく、運だったと答えるのだろうか。


そんなことが頭をよぎったことで、俺は目の前で広げられている会話に入ることができなかった。






2024/06/23


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