炎は燃え続けているだろうか



「おはよう、僕に忠実な賢者」


僕の声に反応し、赤い瞳がゆっくりと開かれる。
その瞳には光はなく、無機質に僕の方へと視線が向く。


「君の過去は理解しているよ。何せ、僕は君を使う者だからね。把握しているのは当たり前だろう?」


目元を覆うように、その部分へゆっくりと触れる。
僕の視界から美しい赤色の瞳は消えた。感情を何一つ移さない、無の瞳が。

……だけど、僕は知っているよ。
君はずっと寂しかったんだもんね?


「幸せはいつか崩れる。それを守ろうとした君は立派だ。けれど、その努力は報われなかった」


だから、生まれ故郷を捨てて、この地にやってきたんだよね?
……僕にそっくりだ。だからこそ、気に入ったんだけれど。


「君はその小動物がいなければ何もできない。過去に君臨した神の眷属らしいけど……随分と弱っているみたいだね。だから、この子がいないと君は何もできない……一心同体だもんね」


次に僕が触れたのは、人が生きている証明ともいえる器官、心臓。
その部分の真上へ手を移動させれば、抵抗するように炎元素が発生した。


「ははっ! まだ僕に抗うか! けど、いずれは君の主と同じく服従してもらうよ。なんせ、君の主は僕に従順だからね」


そう言ってやれば、また抵抗するように炎元素が現れる。
こんな炎、僕を燃やし尽くすには至らないね。痛くも痒くもないよ。むしろ、自分が燃えてしまうんじゃないかい?


「いずれ、このスメールという国の神になるんだ。……何もできないあの神より、僕に従え」


そう告げれば、もう炎元素が現れることはなかった。



***



「君たちが調査をしている間に、俺も自分の仕事を終わらせていた」


そう告げたアルハイゼンだが、その発言を信じる材料がない。信じることはまだできない。


「本当か? 信じられないぜ……」

「正直言って、俺たちは一つの団体とは言えない。ゆえに、俺の行動を君たちに伝える義理はないはずだ。さらに、別れて動いたおかげで、君たちが見逃した重要な手がかりを俺が発見できるという利点もあった」


だが、どうやらアルハイゼンは俺たちが集めたもの以外の手がかりを見つけたという。


「えっ? 村に手がかりがあったのか?」

「そうだ」

「どんな内容なんだ?」


素直に教えてくれるとは思わないが、聞くしかない。
グラマパラを救うためにも、情報は必要だ。


「これからある人に会わせに行く。だがその前に、相手の立場について理解してもらう必要がある」

「立場?」

「アアル村の人々は、俺たちが今やっていることをどのように感じていると思う?」


アルハイゼンは共有してもいい、と言った発言をしたが……交換条件と言いたげに、俺たちにそう告げた。


「言葉を変えよう。君たちが調査で得た情報は、果たしてすべて真実だったのだろうか?」

「それって、オイラたちを騙してる人がいるってことか?」


そうとも言えるが、そもそも集めた情報が本当に真実なのか、という意味もある。
だが、この感じだとパイモンの発言の意味でとらえてよさそうだ。


「隠蔽イコール欺瞞、というわけではない。ここの人々にもそれぞれ自分の立場があるんだ。キャンディスの言っていた通り、アアル村の人々はスメールが誰によって掌握されるかなど気にしてはいない。キングデシェレトだろうが、草神だろうが……彼らにとって何ら重要ではない」


……なるほど、話が読めた。


「皆、自らの災難の中に生きているんだ。だから、彼らはすべての情報をさらけ出すようなことはしない。これこそ、君たちが村に手がかりがないと思ってしまった要因だろう」


アルハイゼンが言いたいこと、それは……。


「手がかりは今まで出会った人々の中にある……」


今、旅人が気づいたように、どうやら俺たちが聞いた村人の中に偽りの情報を告げたものがいたようだ。
さて、前に聞き込みをした村人を思い出そう。

行方不明のグラマパラについて、俺と旅人、パイモンは現地民に聞き込みをした。その時に会話した三人を一人ずつ思い出す。


この中で違和感があったもの……あぁ、そういえばやけに不自然な奴がいたな。


『わぁ、なんて迫力のある目力! あ、あなた……とってもケンカが強い系の人でしょ!』

『話を逸らすな』


俺が思い出した中で引っかかったのは、とある現地民の女性だ。
ただの現地民、ということであの発言を流していたが……あれは俺に怯えていた故の行動だったのか。

というより、何故アルハイゼンが知っている。聞いていたのか……。気配を消すのが上手いようだな。


『そ、そうだったね! グラマ……いや、狂学者か』


グラマパラと尋ねたはずなのに狂学者とわざわざ言い換えたのは、アアル村にキングデシェレトの支持者がいることを知っていたからか。
ということは、グラマパラと言うのはその支持者たちに狙われる可能性がある、と分かっていたんだ。

この時はまだキングデシェレト復活についての情報を得ていなかったから、気づくことはできなかった。
だが、わざわざ言い換えた、という部分をもっと気にしていれば、早くにその違和感に気づけたのかもしれない。


『最後にあの人たちを見たのは五日くらい前だったかも。あたし寝るのが早くて、夜のことはほとんど知らないんだよね』


これについては、やけに具体的とは思ったが貴重な情報だと思い、特に気にしていなかった。だが、この後の発言は意識していれば気づけたな。


『でも、あの人たちのことは結構好きだよ。精神状態はちょっと変かもしれないけど、前に助けてくれたことがあるから。あの人達がいなかったら、あたしの家も崩れていたかもしれない』


グラマパラと呼ばれるようになったきっかけについて、再度振り返ろう。
アアル村でグラマパラがまだ狂学者と呼ばれていた当時の夜、激しい地震が発生した。その地震の中である狂学者が淡い緑色の光を放ったことで、死傷者は出なかった、という話だ。

それを見た村人たちは、村を守ってくれた狂学者をグラマパラと呼ぶようになった。


さて、ここでグラマパラについて聞いた村人の女性の発言を思い出してくれ。
彼女は自分で『寝るのが早いから、夜に起きたことはほとんど知らない』と言った。だが、その後に『前に助けてくれたことがある』と言っていた。

他人から聞いた、となれば話は変わってくるが……寝るのが早いから夜のことを知らないはずなのに、何故グラマパラが救ってくれたことを知っているのか?


グラマパラがアアル村を救った件は、夜に起きたものと語り継がれている。寝るのが早いのなら知らないはずだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと___彼女は眠ってはいなかった、ということになる。


「でも、どうして嘘なんかつく必要があるんだ?」

「外部からきた者と関われば、何かしら狙われる可能性が出てきてしまう。なぜそこまで気にするかについては……本人に直接聞いた方が早いだろう」


話がまとまったようだ。
しかし、今の話の流れでいえば……。


「待て、俺は行かない」

「セノ?」

「今の話からすると、彼女は俺を恐れているようだ」


俺がいれば、まともに情報は引き出せない。
そう判断した。


「だから……お前に任せた」


隠れて聞くこともできなくはないが、万が一もある。
それに、旅人たちならきちんと役目をこなしてくれる……これまでの仕事ぶりからして、俺はそう確信していた。


「おう、任せとけ!」


俺は目的地へ向かう旅人、パイモン、アルハイゼンを見送った。
それと同時に朝日が昇りだした。……そうか、キャンディスの家で尋問していた時間が、思っていたより長かったのか。

アルハイゼンの話を聞いていた時にはすでに夜になっていたが、それすら気にする余裕はなかった。
むしろ、この状況で朝日を気にしている暇はない。……教令院を出てからも、ずっとそうだっただろう?



「……やはり、どこへ行っても恐れられるものなのか」



むしろ、受け入れられる方が運の良いことだったのだろう。
アルハイゼンとの話で思い出した、あの村人の女性の態度。大マハマトラという立場になってから、恐れられることが多くなった。

それでも、ずっと変わらず接してくれる人はいる。プライベートとして付き合いのある友人はもちろん、教令院時代からずっと付き合いのあるナマエも。


「俺にとっての光。俺が闇ならば、お前は光だな」


彼女が操る炎元素は、見た目の通り激しく燃え、相手の罪を暴く。
だが、その輝きは時に相手を優しく自白させることもある。

仕事モードと称し、常に冷酷であろうとするナマエだが、仕事中でも優しさが出てしまうんだ。


「そんなお前が、なぜ教令院の悪事に加担しているんだ……」


自然と手に力がこもる。
爪を長くしていなくてよかった。もし長くしていたら、それが食い込んで血が出ていただろう。


「必ず、お前を元に戻す」


そのためにも、目の前にあることを一つ一つ処理していかなければ。
教令院が絡むこの件は、必ずナマエにつながっているはずだ。

空を見上げれば、1匹の鳥が俺の視界に入り、そして横切っていった。






2024/05/08


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