俺も、彼女も、誰もが使い捨ての駒



旅人と別行動をすること2日。
昨日訪れていたアアル村村長の家の前に着くと、旅人とパイモン、そしてディシアがいた。どうやら戻ってきていたみたいだ。


「セノもいたのか、ずいぶん早いな!」


俺に気づいたパイモンが話しかけてきた。
無視する理由もないため、彼女の声に返答する。


「ああ。昨日も来て、ちょっと手伝ったんだ」

「手伝い? なにをやったんだ?」

「拷問の手法を少しばかり共有した」

「うぅ……それって、キャンディスにどうやって拷問するか教えたってことか?」

「そうだ」


質問に答えたというのに、パイモンは微妙な顔を浮かべている。まあ、拷問と聞いたらいい顔はしないだろうな。

パイモンの反応を見ると、マハマトラとして駆け出しだった頃のナマエを思い出す。彼女はこういったものには無縁の生活をしていただろうからな。勿論、マハマトラになる前に彼女には伝えた……時には残酷な手を取らなければならないこともある、と。

それを分かったうえでナマエはマハマトラになることを選んだ。後にナマエは「想像以上に厳しいものなんですね……」と零していた。


……一応言っておくが、ナマエに拷問を教えたのは俺だ。純粋な彼女に教えるのは心が痛んだよ。
だが、今では俺に次ぐほどに恐れられる存在となっている。普段は年相応の愛らしい姿を見せるが、仕事となると緩やかな雰囲気はどこへやら、緊張感漂わせる頼もしい雰囲気を纏う。

その鋭い瞳を上空から獲物を狙う隼、と表現したものがいたな。
確かに彼女はどこか鳥を彷彿させる衣装を着ているし、元素を扱うときも鳥らしさが見えることもある。

……先日、俺たちを襲撃したナマエはまさに獲物を見つけた隼そのものだった。
ターゲットを確実に戦闘不能にするという意思は、こちらにも伝わってきたのだから。



「皆さん、お入りください」



話し込んでいると、扉の奥からキャンディスの声が聞こえた。
それを聞いた俺たちは、村長の家へと踏み入れた。



***



「キャンディス、オイラたち……ってうわっ! なんかすごく怒ってるみたいだぞ!」


家に入れば、そこにいたのは村長とキャンディス、3人の村人と思われる男性たちだった。
パイモンの声に振り返ったキャンディスの顔は、いかにも怒っていますと言いたげな表情を浮かべていた。


……なるほど。これが普段優し気な人が怒ると怖いってやつだな。マハマトラではナマエで例える人が多いんだが、ナマエはあまり怒りを見せない人だ。

そんな話をしていたマハマトラ達は、きっと仕事モードのナマエを怒った状態、と認識していたんだろうな。



「おや? 隠しきれていませんでしたか?」

「知ってるか、殺意ってのは目を隠しても口元からあふれ出すものなんだぜ」

「私もまだまだ修行が足りませんね……」


こちらを振り返ってすぐに表情を戻したキャンディスだが、今更誤魔化そうとしても遅い。
ディシアは口元で抑えられていない怒りを見抜けると言ったが、他にもいろいろとある。雰囲気でも察せるときはあるからな。

本当に怒っているのなら、その感情を完全に押し殺すことは不可能だ。怒りとは簡単に起こせるような感情ではない……どこかしらで感情は漏れ出てしまうんだ。


「しかし、私が怒るのも当然のことです。皆さんなら、分かって下さいますよね?」

「わ、わかってる……」

「もうぶたないでくれ、死んじまう……」


どうやら俺が教えた手法は役に立っているようだ。拷問を受けたであろう3人のうち2人は、キャンディスに怯えきっている。
教えた甲斐があった。


「自分は死を恐れるのに、平気で他人を危ない状況にさらしたと言うのですか? 滑稽ですね。あなたたちの言う狂学者は、アアル村では『グラマパラ』と呼ばれています。彼らはアアル村の一部であり、家族のように思っている者もいる……。その重要な村人をあなたたちは道具として利用した。……私は、あなたたちをどうすればいいのかしら?」

「ひぃっ! おやめください、どうかご慈悲を!」

「自業自得だな」


助ける理由がないな。
そう思いながら見ていると、キャンディスが口を開いた。


「同じ砂漠の民ではありますが、私はあなたたちよりもこの道理を知っています。___キングデシェレトの復活は、戦争をもたらすのみであると……戦争を好む者など誰もいません」


確か、彼女は前にキングデシェレトの末裔と言っていたはずだ。
キャンディスの言葉は誰よりも説得力があるな。


「本当の神が誰で、すべてを仕切っているのが誰か……そんなこと、ここに住む者たちは気にしていません。たとえ辛くとも苦しくとも、私たちは今の生活を維持したいと思っているだけ。戦争は人々からすべてを奪い去ります。そしてそれは、到底背負いきれない責任となって、あなたたちに覆いかぶさる」

「ええ、分かりました! 申し訳ございません……」


謝り、許しを請うだけで状況は解決しない。
この3人がやったことをすべて白状してから、彼らの処遇は考える。まだ彼らを許すかどうかの判断をしていい場面ではない。


「知っていることをすべて話します……どうかお許しを……」

「言いなさい」


3人の内の1人が話し始めた。
彼が言うには、自発的にやったのではなく、噂でキングデシェレトが復活することを告げた者がいると言う。

その噂を流した者が言ったそうだ……キングデシェレトの復活には生贄、つまり狂学者が必要だと。彼らがいれば、キングデシェレトは復活し、願いが実現すると。
ここまではこちらが事前に集めた情報通りだな。

と言うより……。


「彼らのことは『グラマパラ』と呼べ。二度と間違った呼び名を聞かせるな」

「はっ、はい!」


キャンディスの発言を聞いていなかったようだな。
アアル村では狂学者をグラマパラと呼ぶのが正しい。狂学者と呼ぶことは、相手を見下していると同義だ。

俺が話を中断させてしまったため、話の続きをさせる。
どうしても癪に障る言い方だったんだ、訂正させないと俺の怒りが蓄積するばかりだったからな。


さて、話の続きだな。
噂を流した者……彼は謎の人物と称していたため、以降は俺もそう言おう。
その謎の人物は、彼らにキングデシェレト復活の知らせを流すようにと指示したそうだ。告げた本人は手伝ってほしい、と言っていたが、十中八九指示だろう。

その謎の人物は、キングデシェレト復活を見返りとして約束したようで。何を根拠にそんなことを言えたのだろうか。


「グラマパラたちは今どこにいるの」


旅人がそう問うた。
その返答は「分からない」と返したが、本当にそうか?
……まったく知らないのならそれまでだが、まだ情報は出せる。俺はそう確信していた。


「一」

「えっ? どういう意味で…」

「俺の忍耐がすり減った数だ。三つ数えたら、お前を殺す」

「お待ちを! 嘘はついていません! 本当に知らないんです、あれは彼が……」


かかった。
まだ情報は引き出せる。


「二」

「彼が俺たちに、毎晩お香であの人たちを誘い出すよう言ってきたんです。そして村を出たら、決まった拠点で引き渡す……そうすれば、謎の人物が彼らを連れ去るって!」


必死な様子でそう告げた。
……先ほどから一人しか話していないが、他の二人は何も言わないのか?

それぞれで情報を持っていることもある。口を割らせなければならないか?


「……」

「本当です、全部本当なんです! どうか信じてください! もちろん、他の二人に聞いてくださってもいい!」


俺は喋る男性を見た後、ずっと黙っている男性二人に視線を向ける。
……ふむ、嘘は付いていなさそうだな。今のところは、だが。


「確かに本音のようだ。旅人、続けていい」


俺は旅人にそう伝え、後ろに下がる。
また俺を動かさないといいがな。


「謎の人物が誰か分かる?」

「信じてください! もしそいつを知ってるなら、さっきの時点でとっくに話してました。こんなリスク背負ってまで隠すつもりは毛頭ありません!」


これも本当のようだな。
まぁ、よくあることだ。駒として使う存在には名前はおろか、顔も見せない場合もある。後が大変だからな。


「そいつは、いつもマントを羽織っていて、顔も厳重に隠していて……それからキングデシェレト様の使者を名乗ってました」


使者、か。
それだけで砂漠の民かどうか断定することはできないが、キングデシェレト復活を成し遂げようしているのであれば、その可能性は高いか……。

いや、そもそも何故突然キングデシェレト復活について噂を流したのか?
偶然という言葉はあるが、あまりにも出来すぎている……教令院のこともあるから、余計に考えてしまう。


教令院のこと……そういえば、ナマエがアアル村に襲撃したのは偶然だったのか?
旅人が言うには、教令院の奴らによって操られている可能性があると言っていたな……まさか!


「みんな、私に一つ推測がある」

「アンプおじさん? それはどのような……」


そう考えていた時だ、村長が声をかけたのは。
……推測。もしや、村長も俺と同じ考えなのか?

であれば。


「!!」


少々派手な音を立ててしまったが、これから村長が話す内容を考えれば、さらっと流してほしい。
……首謀者とまったくつながっていない、と言い切れないからな。


「お見事!」

「続けろ」


俺は三人を気絶させた後、村長の推測について話していいことを伝えた。
数名は驚いたような顔で俺を見ていたが……事前に気絶させるなんて言えば、逃げられるか、上手く気絶させられないだろう。仕方のないことだ。

で、村長の話だ。
……あなたは何を思いついたんだ?



「その謎の人物……もしかすると、教令院の者かもしれない」



あぁ、あなたも同じ考えだったか。
三人の言う謎の人物は、教令院の人間じゃないか、と。

俺も教令院の人間だから、少々気まずいところはある。それも、グラマパラ関連で接触したことがあるからこそ、だ。

しかし、何故村長はその考えに至ったんだ?


「昔、教令院の人がここに住むグラマパラたちを連れて行こうとしたことがあるんだ。その時は、グラマパラも村の一員であることを理由に断った。でも今思い出してみると……さっき出てきた謎の人物と、その目的が似ているんだ」

「そう言われてみれば、確かに教令院のやつが偽の情報を流し、過激派をだましてグラマパラを連れ去ろうとしてるのかもな。フンッ、自分勝手にこっちに送り込んで、また連れ戻そうだなんて……あいつらの好きにさせるもんかってんだ」

「……また、教令院か」


ディシアの言葉を聞いて、無意識にこぼれた言葉だ。
離れた身であるからこそ思う……教令院は恐ろしいことに手をかけていることが、日に日に確信へと向かっているように感じる。

いや、実際にそうであるんだが、その証拠を見つける度に思ってしまうんだ。……その企みにナマエも関わっていることが、何よりも悔しい。


「スメールシティでセタレも言ってた。キングデシェレト復活の噂は、教令院が……」

「やっぱりか……でも、あいつらは一体何のためにグラマパラを連れて行こうとしているんだ……?」


そうだな、理由が分からない。
追放したものをわざわざ連れ戻すことについて、俺たちは情報が不足している。だが、これは分かる。


「教令院は昔から人を道具としてしか見ていない。動きにこういう変化があったのは、彼らに何らかの『用途』を見出したからだろうな」


教令院にとって、誰しもが道具だ。
……俺たちマハマトラも、だ。

大マハマトラという称号も、大マハマトラの右腕という役割があろうとも……彼らにとって、俺たちは道具でしかないんだ。


「とにかく、今はグラマパラたちを探し出すのが最優先だ」

「そうですね、イザークも知らせを待っているでしょうし……」

「そろそろ行こう。村を出て、手がかりを探すぞ」


これ以上、新しい情報は出てこないだろう。
情報を探すために外に出るしかない。ここにいるだけでは、ただ時間を無駄にしているだけだ。


「ああ。少し片付けをしてから出発しよう」

「よし、キャンディスは残ってこの過激派たちの処理をしてくれ。村の外はあたしたちに任せろ」

「はい、分かりました」

「じゃあ、あとでここに集合しようぜ!」


話はまとまった。
それぞれが行動に移る。さて、俺は教令院の企みについて再度調査し直すとしようか。

村長の家を離れる旅人たちに続き、俺も外に出た。
……のは良かったんだが。


「おう、ここに居てもこれ以上手がかりはなさそうだし、外に行ったほうがいいと思うんだ」


パイモンの声が聞こえ、俺は耳を傾けることにした。
……彼らは誰と話している?

その疑問はすぐに晴れることになる。


「なんでまた黙り込むんだよ!」

「考える時間をくれてるの……?」

「いや、君たちのもう一人の同行者に驚いたんだ」


どうやら向こうも俺に気づいているらしい。
……静かに読書しているようにしか見えなかったんだがな。


「アルハイゼン、アアル村に来てから何の役にも立たなかったお前が、俺たちの行動を疑うのか?」


アルハイゼン……お前がいままで何をしていたのか、聞かせてもらおうじゃないか。
独自で調査していた内容とやらも一緒にな。






2024/05/03


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