番外編:相まみえるは風の神



「大きい木だなぁ……!」



空には太陽が浮かび、気温は熱くも寒くもない丁度いい温度。快晴ってやつだね!
そんな日にアタシがいるのは、風立の地と呼ばれる場所で、その場所を象徴するように生えている1本の大きな木の元へ来ていた。


「うん? この像は?」


少し前から見えてたから気にはなってたんだけど、これは何だろう?


『七天神像です。これらはテイワットに存在する7つの国に存在しており、その国を象徴する”神”をモチーフに作られています』

「七天神像……各国の神、か」



アタシ自身にとってはあまり馴染みはないけど、キィちゃん___正確には、キィちゃんを作り出し、アタシを人という存在から外れさせた存在……先生には憎むべき存在だった。



『テイワットでは、その神らのことを俗世の七執政とも呼ぶそうです。ですが、その正体は数千年前に起こった魔神戦争を勝ち抜き生き残った、魔神という存在です』

「……アタシ、モンドに居ていいのか不安になってきた」

『何故?』

「だってアタシ、カーンルイアの人間だし……。それに、あの戦争にアタシは参加してた。可能性は低いだろうけど、この国の神様が、アタシの存在を知ってるかもしれない」



むしろ、今まで何もなかったことをおかしいと思うべきだった。
ガイアさんもカーンルイアの血が流れているけど、あの人とアタシには違いがある___あの人はカーンルイアと別の血が混ざった人……つまり、混血だ。

対するアタシは、カーンルイアの両親から生まれた、純粋なカーンルイア人。そして、あの戦争からずっと生き続けている存在だ。


平和な日常で忘れかけてた。アタシは兵器として改造された存在だ。このモンドに害を及ぼさない保証なんて、どこにもない。
……自分のことも、神がアタシに何かしら行動を起こさないことも。何もかも起きていない方がおかしいんだ。



「……優しい風」



モンドは風の国であり、自由を理念としていると教えてもらった。
だから、この国にとって風は当たり前の存在。この優しい風がアタシのことを慰めてくれてるのかな、なんて考えちゃった。

そう思いながらそよ風を受けていた時だった。


「!」


ポロロン、と楽器の音が聞こえる。
これ、モンド城で見かける吟遊詩人が持ってるライアーっていう楽器の音色に似てる。結構近くから聞こえたけど、どこから?



「やあお嬢さん。こんな場所に1人なんて、何か悩み事でもあるのかい?」



音の出所を探そうとした時。
男性にも女性にも聞える中世的な声が聞こえた。もしかしてライアーの音はこの人が鳴らしたもの?

そう思いながら声の聞こえた方へ振り返り……ターコイズのような綺麗な瞳と目が合った時だ。



「!? う、ぐぅ……っ!?」



急に身体が自分の意思と反して動こうとした。目の前の人に……襲い掛かろうとした。

なんで?
キィちゃんはもう先生の意思に縛られてない。アタシの意識を意味もなく乗っ取ろうとしない。変わるときは事前に言ってくれるのに、どうして?


「君、どうしたの? 具合が悪いの?」

「きちゃ……、ダメ……!!」


キィちゃん、どうしてこの人を襲おうとしてるの?
ねぇキィちゃん、返事してよ……!!



「キィちゃ、嫌だ……っ、嫌だ……ッ!!」



もう、自分を。キィちゃんを抑え込めない……っ。もう誰も、殺したくないのに……!!
キィちゃんの力に負けそうになった、その時だった。


「……?」


ポロロン、とまたライアーの音が聞こえた。
その音色は、目の前にいた人によるものだった。

だめ、早く逃げて……!
そう言おうとしたけど、それに気づいた時アタシはキィちゃんの力が落ち着いていることに気づいた。


「……落ち着いた?」


いつの間にかペタリと座り込んでいたアタシの目線に合わせて、その人はかがんだ。そして、ライアーをしまうとアタシの顔の横……ヘッドホンに触れた。


「あ、」


その人はアタシに何も言う事なく、ヘッドホンを外した。
アタシの身体はところどころ機械化してて、肉体と呼べない部分がいくつか存在する。それらは付け外しができないんだけど、ヘッドホンは数少ない例外だった。このヘッドホンは所謂通信機としての役割を担っていた。

けど、その役割は先生がいない以上、もう機能する機会が訪れない。なので今は、キィちゃんが居る場所という役割しか残っていない。


でもアタシ、外すことができることは知ってたけど今まで一度も外したことはなかったし、それを教えた人なんていない。なのになぜ、この人はアタシのヘッドホンが外れることを知ってた?

いや、ヘッドホンで耳が隠れているから聞こえていないと思って外したとか……?



「きみは……あの国・・・の人だね」



一瞬だけ浮かんだ予想も、今の言葉で消えた。
間違いない……この人は今、アタシにカーンルイアの人間だと断言した。

けど、カーンルイアを知る人なんでもうそんなに多くないのに、どうして知ってるの?


「ボクが憎い?」


アタシはその問いに首を横に振った。
問いの答えに対し、目の前の人はターコイズのような瞳を大きく見開いた。


「……じゃあ、そのヘッドホンの中にいる君に聞こうか」


そう言うと、その人は外したヘッドホンを再びアタシに着ける。それと同時に、アタシの耳にキィちゃんが起動する音が聞こえた。ヘッドホンを外したことがなかったから知らなかったけど、これ外すとキィちゃん自動的に寝ちゃうんだ……。


「ボクが憎いかい? 作られた魂の君」


その問いは、明らかにキィちゃんへ向けられた言葉だった。ピコピコと音が鳴る中、アタシは黙ってキィちゃんが目の前の人の問いに答えるのを待った。


『……私には憎いという感情はありません』

「ならどうしてボクを襲おうとしたんだい? さっきの行動は君のものだろう?」

『否定しません。なぜなら、あれは私がプログラムに乗っ取られたために起きたことですから』


プログラムに乗っ取られた……?
今までそんなことあったかな。キィちゃんは命令を忠実に実行はするけど、それはキィちゃんが与えられた知識をもとに計算して実行しているだけ。完全にプログラムによるものとは言えないし、キィちゃん自身もそう言わない。

けど今、キィちゃんは確かに自分の意思でない、プログラムによるものだったと言ったんだ。


「今は大丈夫なの……?」

『心配無用です、オリジナル。ヘッドホンを取られる前に該当のプログラムを削除しましたので、もう再発しません。ですが、このプログラムがあったことに私は今日まで気づくことができませんでした』


キィちゃんは定期的にスキャンしてアタシの身体についてメンテナンスしている。不要なものがあれば削除し、アップデートが必要なものがあれば更新する。

そんなキィちゃんが気付かないなんて、どういう事?


『おそらく、実行されるまで明かされることのないプログラムだったのでしょう。私を作った際、前マスターであり、設計者である存在は、自分の夢と野望、復讐心をすべて「私」に詰め込みました。その中に、祖国を滅ぼした神に対するプログラムもあったということです』

「それは困ったね。もしその設計者とやらが、それぞれの神に対しそのプログラムを用意していたら……また君はプログラムに支配されるよ」


この人の言う通りだ。
それに……この人が予想した通り、先生は各国の神それぞれに対するプログラムを作ってるような気がしているんだ。


『私もその可能性を考え、例のプログラムのソースをコメントアウトした形でバックアップしています。多くのプログラムの中に隠れている可能性を考え、今までのスキャンの仕組みを変える必要があると結論付けました。今日から対策を練ります』

「あっはは! 君は行動力があるんだね! 感心したよ」



今更だけど、キィちゃん普通に目の前の人と話してるな……。
アタシは二人の会話をずっと黙って聞いていただけだったし、なんだったら話にも若干ついていけてない。



『誉め言葉として受け取っておきます___風神、バルバトス』



ぼんやりとそう思っていた時だ___キィちゃんが告げた名前を聞いた瞬間、ターコイズの瞳が少しだけ細くなった。


「ふう、じん?」

『オリジナル、先ほど話した俗世の七執政を覚えていますか。その一柱が今、目の前にいるその人物です』


キィちゃんの言葉を受け、もう一度目の前の人___風神を見る。
この人が、モンドを統率する神……!


「あーあ、バレちゃった。そもそも思ってたんだけど、どうしてボクが神だと分かったの? 例のプログラムのおかげかな?」

『はい。あのプログラムが実行される条件は、俗世の七執政と呼ばれる各国の神であることでしたから』

「もっと詳しく聞きたいねぇ。何をどう見たら、ボクをバルバトスと見抜けるのか」

『企業秘密というものにさせていただきます』


普通に会話してるけど、アタシものすごく怖いよ……!
今までの会話を聞いた感じだと、アタシの存在知ってるってことだよね……?

国を守るためにアタシを壊す気じゃ……もしかして今こんな感じで会話してるのは、アタシを油断させるため……!?



「___ねぇ。ねぇってば!」

「!!?」

「ボーっとしてたでしょ。もう、ずーっと声かけてたんだよ?」


ぷくっと頬を膨らませているバルバトスだけど、絶対アタシを油断させるためのしぐさだよね!?
全力で走れば逃げられるかな……いや、モンドを出たら次に踏み入れた国の神に襲われる……っ。

アタシ、どうしたら……!



「そんな不安そうな顔しないで」

「え……?」

「ボクは君を殺すつもりはない」



はっきりとした口調で告げられたその言葉。
下がっていた顔を上げれば、そこにはさっきまでのニコニコした表情はどこにもなかった。その表情が本音であると告げていた。


「どうして? あなたはあの戦争に参加してたんだよね? アタシは生き残りで、兵器だった存在。あなたの国に害を及ぼす可能性があるんだよ?」

「それは否定できない。……けど、今のモンドは人間たちに任せるって決めてるんだ。だから、何かあればきっと彼らが解決してくれるよ〜」


途中までは真面目な顔してたのに、後半からだんだんとさっきの雰囲気……ゆるーい感じに戻っちゃった……。

バルバトスってこういう神様なんだね。


「それに、君の近くにもいるじゃないか。君と同じく、モンドに属さない存在が」

「え?」

「アルベド。彼もまた、モンドの人間ではない。そうでしょ?」


モンドの神だから、誰が自分の国にいるかなんて分かってるんだ。ということは、アタシの存在はずっと前から分かってて、それで……



「アタシ、ここに居ていいの?」

「モンドは自由の国。この国に住まうものがどんな存在であれ、自由の国は歓迎するよ」



アタシを受け入れてくれてたってこと?
……バルバトスの言葉と、アタシが頭の中で考えてたことが重なる。


「……ありがとう、バルバトス」

「どういたしまして。あと、ボクのことはバルバトスじゃなくて、『ウェンティ』って呼んでよ。魔神名なんてかたっ苦しいじゃないか」

「分かった。……ありがとう、ウェンティ」

「ヘッドホンにいる君も、そう呼んでね」

「はい。ウェンティ」

「適用能力が高くて助かるよ」


あの後、ウェンティが教えてくれたんだけど、どうやら自分が神であることを国民に隠しているらしい。一部の人は知ってるって言ってたけど。

なのでアタシも、今日からバルバトス……彼が神であることを知る人物の1人となったわけだ。



「ねぇ、どうしてキィちゃんを正気に戻せたの? プログラムに乗っ取られてたキィちゃんが落ち着かせるなんてすごすぎる……」

「あの子の言葉を借りるなら、企業秘密ってやつだね!」

「ぶー」



和解(?)したところで、今アタシたちがいるのはエンジェルズシェアだ。なぜなのかというと、アタシが今回の件でお礼がしたいと言ったところ、ウェンティが「じゃあ君のおごりでお酒が飲みたい!」と言い出したのが始まりだ。

アタシの正面に座るウェンティは、いたずらっ子のように舌を出し、ウインクをしている。その様子から見るに、教える気はないってことだ。

今後同じことがあったとき、アタシにもできないか聞こうと思ったんだけど……ちぇっ、ダメかぁ。


「ナマエさん。彼は多くのツケを持ってるんだ。だから、無理して払わない方が良い」

「でも、ウェンティに助けてもらったし、お礼しないと」


今日はバーテンダーをしていたらしいディルックさんが、アタシたちが座ってる席に料理とお酒を運んでくれた。


「今日はいつもより控えめにするさ〜。女性に奢られるなんて、男としてはなさけないしねぇ」

「それに、彼女のモラはボクが渡してるものだからね。抑えてくれると助かるよ」



ディルックさんに返答してたウェンティに向けられた誰かの声。その声はアタシの後ろから聞こえたし、なんだったら聞き覚えのありすぎる声だった。


「あ、アルベド!? なんでここに!?」

「ここにいるって教えてもらったからね」


誰に、と聞く必要はなかった。
誰が教えたのか分かってたから___キィちゃんだ。

アタシが一時的にキィちゃんに乗っ取られそうになったとき……キィちゃんが
アルベドにアラートを送信したって言ってた。けど、もう大丈夫であることも伝えたって言ってたから、家に帰ったら説教されるんだろうなぁって思ってたのに。


「……もしかして、ここに行くことも教えた?」


酒場は騒がしい場所だから、小さな声はすぐにかき消される。
それを利用し、キィちゃんに聞いてみたところ……ピコピコと音が返ってきたので、キィちゃんのしわざで確定した。


「ナマエと二人きりは都合が悪かったのかな? けど、今回は彼女から誘ってもらったからボクは何もしてないよ」

「……」


アタシの気のせいじゃなければ、アルベド機嫌悪そう……?
それもそうか、アタシ暴走しかけたんだし、迷惑かかってるよね……。


「おやおや〜? 君の大事な女の子が泣きそうだよ? 何か勘違いしてるんじゃなーい?」

「君、わざとだよね」

「ふふっ! どうだろうね!」


なんか横でウェンティとアルベドが話してるみたいだけど、周りが騒がしすぎて聞こえない……。うぅ、聴覚が良くなったことがこんな場所で仇になるとは……。


「ナマエを助けてくれたことは感謝している。けど、男女二人だけは見過ごせない。ボクも参加させてもらうよ」

「しかたないな〜。ま、大人数の方が楽しいしね!」


ちびちびとぶどうジュース(ディルックさんからお酒はダメって言われた……飲める年齢であることは証明済みなのに……)を飲んでいると、隣に座る影。ちらっと見れば、アルベドが座っていた。


「え?」

「君1人で相手させたくないからね。いくら恩人だろうと」

「お、怒ってないの?」

「怒る? 何に?」

「だって、アルベドにも迷惑かけたと思うし……」


だんだん尻すぼみになっていくアタシの声が聞こえたのか、アルベドは数回瞳を瞬かせた後、「はぁ……」とため息をついた。


「ボクは迷惑だなんて思ってないし、怒ってもない。ただ、ボクをからかう彼に呆れてただけ」

「呆れてた〜? 嫉妬の間違いでしょ」

「え? え??」


話に着いていけてないんだけど、とりあえずアルベドの言葉を信じで、怒ってないって思っていいんだよね?



『……マスターアルベドも大変ですね』

「? 何が?」

『それはマスターアルベド本人に聞いた方がよろしいかと。これは自力で気づく方は良いと教えていただいたので、私からはお伝え出来ません」

「えぇっ、キィちゃん知ってるなら教えてよ〜っ」





2024/06/16


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