他国より訪れし、三人の来訪者


※風花祭2023:風花の吐息より



「最近のモンド城は慌ただしいね。何か遭ったの?」


モンド城への帰り道。
共に行動していたナマエがボクにそう問うた。

遠くから見えるモンド城がいつもと違う雰囲気を感じ取ったのかもしれない。機械と化したナマエの身体は、通常の人間を凌駕した身体能力を持つ。ボクが見えている景色とは違う光景が、彼女の視界には広がっているんだろう。


話を戻そう。
ボクの視界に映るナマエは不安そうな顔をしているが、そんな顔をする心配はない。むしろ、危機とは程遠いことが起きる。


「心配することはない。危ないことじゃなくて、楽しいことが起きるんだ」

「楽しいこと?」

「うん」


ボクの予想が当たっていれば、準備はほぼ終わっていて、モンド城は賑やかな雰囲気で変わっているはずだ。
さて、橋を渡ればモンド城はすぐそこだ。

……と思っていたところで、モンド城入り口に人が集まっていることに気づく。


「あれ、スクロースだ! それに、蛍とパイモンもいる!」


この距離で知人を発見できるとは。
だが、明らかに3人以上人が集まっているように見えるけど、それ以外は彼女にとって知らない人なのだろう。


「向こうはまだボクたちに気づいていないみたいだね」

「何の話をしてるのかな。早く行って見ようよ!」


先を歩くナマエに着いて行けば、だんだんと向こうの声が聞こえてくる。……そして、聞き馴染みのある助手の声が聞こえた。


「スクロース、『天才』なんて言葉はやめてくれ。お客さんに大げさな第一印象を与えてしまうだろう」

「ア、アルベド先生。私は客観的な事実を言っただけで……」


ボクの声に反応し、複数の視線がこちらに集中する。ただし、ナマエは周囲に富んでいる蒲公英の綿毛に夢中のようで、こちらに視線が集中していることに気づいていなさそうだ。


「わあ、アルベドも来たのか。それにナマエも! なんだか賑やかになってきたぜ!」

「久しぶりだね、パイモン、蛍!」


パイモンに名前を呼ばれ、ようやくこちらに視線が集まっていたことに気づいたナマエ。余程会えたことが嬉しかったのか、ボクを置いて颯爽と走っていく。


「それと……この人たちは?」

「こいつらはスメールで知り合った友達だ!」

「そうなんだ! 初めまして、アタシはナマエ、よろしくね!」


追いつけばもう自己紹介を始めているナマエ。
蛍とパイモンの友人となれば危ない人ではないだろうし、ナマエは人と話すことがすきだ。だけど、もう少し警戒心を持ってほしい気持ちもあるから、少し複雑だ。


「ボクはアルベド。詳しい自己紹介は……スクロースがしてくれているみたいだから省くよ」

「あはは……」

「うん、彼女から聞いているよ。天才錬金術師のアルベド先生ってね。あぁ、自己紹介をしないと。僕はティナリ。スメールのアビディアの森という場所で、レンジャー長をしてるんだ。向こうにいる女の子はコレイで、レンジャー見習いだよ」

「よ、よろしく」

「そして、僕の隣にいるのが……」

「セノだ。よろしく」

「一応説明しておくと、セノはスメールで大マハマトラっていう偉い人なんだぞ!」

「さっきも言ったが、今日はプライベートでモンドに来ている。身分は気にしないで気軽に話してほしい」

「そうなんだ! みんなよろしくね!」


ここで気づいた人はいるだろうか。
まあ、皆の目線がナマエに向いているので、この場にいる人は気づいているのかもしれない。


「……うん? な、何??」


そう、ナマエだけあることを話していない。
周りは自分の名前以外にも『身分』を話している。ボクに関してはスクロースが話してしまったから省けたけど、ナマエは自分の名前しか話していない。

つまり、今日ナマエを知った三人、ティナリ、コレイ、セノはナマエが何をしている人なのかが気になっているのだ。


「いや、君は普段何をしているのかなって気になってさ」


ちなみにスクロースはナマエが普段何をしているかは知っている。
まあ、言ってしまえばナマエは身分と言える身分はない。所属している組織はないからね。つまり無職だ。


「えっ!? えーっと……モンドを探索してる? かなぁ……あっははは」

「それはただ遊んでるだけだぞ」

「うぅ……そんなの分かってるよ!!」


ナマエとパイモンのやりとりで察したのか、ティナリとコレイは苦笑いを浮かべていた。セノは表情が固い人なのか、あまり顔には出ていない。


「誤解しないでほしいんだけど、ボクがそうさせているんだ。彼女にはまだ仕事ははやいからね」

「でも、騎士団に入ってみないかってジンさんから言われたよ」

「それについては丁重に断ったから、気にしなくていい」

「なんで断るの!?」


ジンから突然ナマエの話が出てきたときは驚いたよ。まあ、ボクが騎士団所属というのもあるから、それなりに名は知れ渡っているけれども。
ちなみにどのように知り合ったのか聞いたところ、騎士団関係でナマエの力を借りたらしく、その功績を見てぜひとも入ってほしいと思ったそう。

けどボクはそれをジン本人に直接伝えたんだ。断らせてもらうってね。ジンは残念そうだったけど、渋ることもなくすぐに了承してくれた。


隣で項垂れているナマエには悪いと思っているけれど、君をもう危険な目に遭わせないためなんだ。許してくれ。
そう思いながらナマエを横目で見ていれば、もう反対側に立っている蛍が耳打ちしてきた。


「相変わらずナマエに甘いね」


蛍、そしてパイモンはボクがナマエに対しどんな気持ちを抱いているか知っている。だからボクが頑なにナマエを自由にさせていることを理解しているんだ。本人は何かの役に立ちたいみたいだけど。


「ただの興味本位なんだ。ごめんね、怪しいと疑ったわけじゃないから気にしないで」

「わ、分かった」


ティナリの言葉に少しばかり元気を取り戻したナマエ。
その後はドドリアンについては無しが展開されたのだが、パイモンと同じく内容が分からず話に着いていけないナマエは、頭上に疑問符を浮かべながら大きな瞳を瞬かせていた。


「……ただの旅行だと言ったのに、まだ薬草調合の改良について考えているのか? 今回の遠出は三人とも新しい身分で、と約束したんじゃなかったか」

「新しい身分?」


先ほど聞いた話では、ティナリはレンジャー長、コレイはレンジャー見習い、セノは大マハマトラだったはず。
けど、三人はプライベートで来ていると言っていた。新しい身分とはどういう意味だろう。


「俺は砂地の探検にたけた冒険者のセノで、ティナリ宝盗団の技術顧問、コレイは旅する音楽家だ」


淡々と話すセノの隣で、ティナリが頭を抱えている。どう見ても呆れているって様子だ。セノのもう反対側にいるコレイは困ったように笑っている。

ボクは初対面だからセノという人物像が定まっていないけれど、二人の反応から見て、どうやらこれは『ボケ』というものではないろうか。


「……それが面白いの?」

「すごく面白い」


意味を理解できていないのは、おそらくボクだけではないはず。
現に隣にいるナマエはセノを見て首をかしげている。多分もう一人の彼女、キィも理解できていないだろう。


「アビディアの森の冒険者たちも、暇があればモンド旅行に来てほしいくらいだよ。慕風のマッシュルームは食感こそよくないけど、少なくともお腹を壊したりはしない」

「ぷっ」

「ティナリさんはドドリアンの成分を抽出して、特別な解毒剤を作りたいの?」

「うん、道中素材を集めて研究してみたら、やり甲斐がありそうだったから」

「んー……分かった。ただ……水を差すつもりじゃないけど……薬の相互的作用を研究するには大量の実験データが必要だから、全体で研究開発にどれくらいかかるかは予想しにくいの……」


ふむ、これはスケジュールを立てた方がよさそうかな。
ボクはクリップボードを取り出し紙に書いていく。それに気づいたナマエが、ひょこっと覗き見る。会話の邪魔をしないよう気を使っているのか、おとなしくそれを眺めている。

たぶんナマエはボクが絵を描いているとでも思っていたんだろうけど、残念ながら違う。けどそれを口には出さず、じーっと眺めている。


「それに素材の仕入れとか運ぶ時間を考えると……みんなが戻るまでに間に合うかどうかわからない」


……よし、こんな感じかな。
再度紙に書いた内容を確認して、ボクはスクロースへ声をかけた。


「ではボクも手伝おう」

「アルベド先生!」

「今さら横から口を出してすまない。『毒キノコ』の解毒剤のことだろう? もし手元にサンプルか、その他の資料を持っているようなら、後でボクに見せてくれるかい?」


ティナリにそう問えば、彼は快くうなずいてくれた。
さて、行動に出る前に……先ほど書いたこれを。


「そうだ、その前に……三人とも、これを見てほしい」


ボクが書いていたもの。それはティナリ、コレイ、セノのために書いていた旅行プランだ。


「旅行プラン!? アルベドは隣でずっとこれを書いてたのか!? オイラ全然気づかなかったぞ!」

「すごいマルチタスク!」

「これ、旅行プランだったんだぁ」


ナマエ、最初から見ていたんだから気づいていただろう……。まあそのつぶやきは一旦スルーしておこう。


「冒険者と技術顧問、音楽家の皆さんは遠路はるばるいらっしゃって、専門知識の交流をしていたところだったのに……そこに割り込むなんて、失礼したね。とは言え、モンドでのスケジュールはやはりこの地に詳しい人が組んだ方がいいと思う」


どうかな。お気に召さないところがあれば、すぐ調整するよ。
ボクは三人へそう問うた。


「とんでもない、完璧なスケジュールだよ」

「今のままで十分素晴らしいぞ! オイラまでタダ飯が食いたくなっちゃったぜ」

「三人はどう思う?」

「オイラの意見はいいのかよ? モンドに住んでないし、オイラだって来客だぞ!」


ティナリは問題なし、と。
パイモンについては……まあ、来客は間違っていないけれど、彼女たちはそれなりにモンドへ訪れているし、スケジュールを組まなくてもいいだろう。

さて、三人の返答はどうかな?


「行き届いているな。冒険者も技術顧問も、音楽家も大変満足だ。感謝する」

「そうだな……僕たちも料理してみたいかも。会食のところを、ピクニックに変更するのはどう?」

「ピクニック!? 楽しそう!」

「うん、ならピクニックへ変更しよう」


会食の部分をピクニックへ変更、っと。
旅行プランを記載した紙にそう修正をする。


「テント張り、手伝うよ!」

「私も手伝う!」

「お……オイラはこいつを連れて鹿狩りでオードブルを注文してくるぜ。モンドの『冷製肉盛り合わせ』は特別なんだぞ」

「今から楽しみ」

「よし、それで行こう。ナマエ、スクロース、ボクと一緒にお客さんたちをホテルへ送ろうか」

「はい、アルベド先生」

「分かった!」

「それじゃあまた夕方、湖の岸辺で会おう」


夕方まではもう少し。
彼らの宿泊先であるホテルへ送ったら丁度良い時間になるだろう。


「おう、また後でな!」


というわけで、蛍とパイモンとは別行動。
ボク、ナマエ、スクロースはティナリ、コレイ、セノが宿泊するホテルへと向かうことになった。



***



「ピクニックかぁ、楽しみだなぁ……!」

「ふふっ、楽しそうだねナマエ」

「シードル湖からみる景色は綺麗だもん。楽しみで仕方ないよ!」

「楽しい思い出になるように頑張るよ! えっと……ナマエ、さん?」

「ナマエでいいよ。んもうっ、コレイったら初めましてのスクロースとまったく同じ!」

「じゃ、じゃあナマエって呼ぶな!」


後ろでは女性陣の会話内容が聞こえてくる。
持ち前のコミュニケーション能力で、ナマエはすでにコレイと打ち解けているみたいだ。


「アルベド。ナマエについて聞いてもいいか」

「構わないよ」


突然、セノがナマエについて聞きたいことがあると話しかけてきた。彼は大マハマトラというモンドでいう西風騎士団のような存在だ。裏では警戒しておいた方がいいのかもしれない。

ナマエの存在を怪しく思っているのなら、ね。彼はナマエの身分を話した際、ティナリとコレイとは違う反応だった。あの無表情がナマエについて何か考えていたのなら、今から問われる内容には慎重に答えないと。


「ナマエからは鉄のようなにおいがする。どこか怪我でもしているのか?」


彼は鼻が利くらしい。
……鉄のにおい、か。それは間違いなく、ナマエの肉体が一部機械化しているが故のものだろう。

だが、これについては綺麗にごまかすことができる。


「あぁ、それはさっきまで遺跡を探索していたからだと思う。何体かの遺跡守衛と戦闘になってしまってね。ナマエは張り切って飛び込んで行ってしまうから、においが着いてしまったのかもしれない」

「遺跡守衛って……! そんな危険な相手と戦ったというのかい?」

「普通の女性に見えるかもしれないけど、西風騎士団にスカウトされるくらいには実力があるんだよ」


ティナリが驚くのも無理はない。
普通に見れば、ナマエはどこにでもいる少女にしか見えないのだから。


「そうだったのか。てっきり怪我でもしているんじゃないかと気になってたんだ」

「それについては大丈夫だ。無傷だよ」


たまに怪我を隠そうとするけどね。どうせ自然治癒で治るから、と言って。
その辺はきちんと確認しているから、本当に無傷だ。

……けど、セノが聞きたかった内容は本当に怪我をしているのでは、というものだったんだろうか。
これはボクが疑いすぎているだけなのかな。ナマエに関することだと、どうしても神経質になってしまう。


この後のピクニック然り、スメールからの来客が滞在している間に何もなければいいんだけど。
そう思いながらボクはホテルへの道を歩き続けた。





2024/05/27


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