11:報復ツインクル



「数が多すぎるぞ!!」

「くっ……!」


ナマエが気絶して、どれほどの時間が経っただろうか。
動けない人を庇いながら相手の動きを伺うのは中々大変だ。

この場所は隠れられる場所がない。見晴らしが良すぎるのだ。
そのため、身を隠す事ができず攻撃を躱し続けるしかない。

ボクはナマエを庇いながら攻撃を躱したり、相殺したりしている。蛍は遺跡守衛たちの気を引いてくれているけれど、いくら彼女が戦闘に長けているとは言え、この数は無理がある。


「いっ……!?」

「蛍っ!!」


パイモンの悲鳴が聞こえる。蛍の方を振り返れば、遺跡守衛の攻撃を受け倒れた彼女が目に入った。


「!」


ギギギっと、機械が鈍く動く音が聞こえた。
自分達の元に影が差す。……見上げれば、そこには遺跡守衛がいて、こちらに巨大な手を振り下ろそうと___



「アルベド!!!」



この距離では躱せない!
そう思ったボクはナマエを強く抱きしめて、片手剣を前に構えた。


「……?」


いつまで経っても衝撃が来ない。
それに気づき、ゆっくりと目を開けた。


「! ナマエ、」


いつの間にか腕の外にいた彼女が、遺跡守衛の攻撃を防いでいたからだ。
あの一瞬で再起動し、両手剣を顕現させて防いだなんて、全く気がつかなかった。

ナマエは遺跡守衛を押し返すと同時に、その小さく華奢な身体のどこから出ているんだと問いかけたい程の力で、遺跡守衛を遠くへ突き飛ばした。

遺跡守衛は大きな音を立てて壁にぶつかり、停止した。それを見届けたナマエは、構えていた両手剣を降ろして消滅させた。


「ナマエ、お前起きたのか? 大丈夫なのか!?」


遠くからパイモンがナマエに問いかける。その表情は窺えない。ボクの視界に映るナマエは背を向けているからだ。


「ふん、再起動しても無駄だ! あの小娘でないのなら、また同じ事をするまで!」


そうだ。
いくら彼女が再起動したとしても、相手のコマンドから逃れられない。再び同じ事が通用するかどうか分からないのだ。


「……設計者の言う通り、私は貴方が作りだしたコマンドに逆らうことはできません」

「それを分かって出てきたのか? 今すぐその男のマスター権限を放棄し、私の元へ戻ってくるのなら殺さないでやる」

「そんなやつの言葉、聞かなくていいぞ!!」

「ボク達は大丈夫だ、だから……っ」


眠ってて良い。また爆破なんてことを命令されたら、今度こそ助けられないかもしれない。

きっと彼女はボク達の危機を察知して起動したに違いない。その優しさが、今では仇になり得る可能性が……っ。


「その言葉について、私とオリジナルは拒否します」

「なんだと?」

「私のマスターはアルベド。それは今後変わる事はありません」

「この私に反抗するか、失敗作!」


そう叫んだ魔物は、再びナマエに向けて例のコマンド命令……自爆プログラムのコードを告げた。


「……あれ、何も起きないぞ」


しかし、先程のような抵抗する様子を彼女は見せない。
こちらに背を向けているため、はっきりと様子が分かるわけではないが、蛍とパイモンが慌てていない様子を見る限り、あのコマンドが発動していないということになる。


「どういうことだ!! このコマンドは一度きりになどしていない……何をした!!」

「私は爆破しないよう、この身体を強制シャットダウンするソースしか組んでいません」

「バグか、そうだな!?」

「バグ……あなたにとっては、そうかもしれませんね」


ナマエが魔物の方へと歩き出す。
……あれ?


「貴方はオリジナルのことを”バグ”として見ていた。本来は、彼女にとって私がバグのような存在であるはずなのに、貴方にとってはオリジナルがバグだった」


彼女の歩き方が違う気がする。
ボクは少しの違和感にも気づける自信がある。……もう一人のナマエの歩き方はこの数日間で特徴を掴んだ。だからこそ、違和感を感じる。

もう一人のナマエの歩き方は、人が歩いているように見えて、何処か機械のような動きが見えていた。しかし、ボクの視界に映る彼女は、その機械のような動きが見えないのだ。


「それがなんだ!」

「私にコマンドが通用しなかった理由を教えて差し上げます。それは簡単です、貴方はコマンドをを扱うためだけに作ったのですから」

「! まさか、」


二人の会話が読めない。
……いや、読めないのではない。あり得ない可能性が邪魔をして、会話の内容を理解できずにいた。

もう一人のナマエの発言はこうだ。コマンドは、彼女を支配するためだけに埋め込まれた命令群だ。

今目の前にいるのは彼女で違いないはずなのに、先程魔物が告げたコマンドに反応しなかった。


もう一人のナマエの発言が正であるなら、意識の奥深い場所に閉じこもっているナマエには通用しないという事になる。

だからボクは二人の会話が読めないんだ。ナマエはずっと意識の奥深い場所で閉じこもっている。出てくるなんて思えない。

だが、コマンドが発動していないことは事実だ。
だからボクは期待のような低い可能性を否定したくても、できずにいる。
今、ボクの目の前にいる彼女が___


「……コマンドが存在する以上、私は戦えません」


目の前の彼女が空間から両手剣を顕現させる。……その時、紫色の閃光が、彼女の身体を走った。



「___だから、今度は”アタシ”の番ッ!!」



バチッと力強い声と共に、強力な雷元素の力が発生する。その雷元素は目の前にいる彼女から発生したものだった。

しかし、ボクは雷元素の力よりも気を引かれることがあった。
……もう一人のナマエと同じ声なのに、口調も、声音も、その力強さも違う。目の前にいる彼女は一体誰だ?


「……っ」


そんなの、疑問に思うだけでも無駄だ。何故なら、ボクはその口調も、声音も知っているのだから。


「ナマエ……?」


『アルベド!』
明るい声音で、どこか幼さが残る口調。
あり得ない可能性が現実となって目の前に現れた___ナマエが表に出てきたのだ。


「ナマエだって!?」

「忌々しい小娘だと……!? あの臆病者が私と戦うというのか!」


高笑いする魔物に向かって、ナマエは雷元素を纏いながらゆっくり近づいて行く。
そして、ある程度の距離を保ち、ナマエは立ち止まった。


「……久しぶりだね、先生」

「!」


ナマエが放った言葉に、魔物は高笑いを止めた。そして、ゆっくりとナマエの方へと顔を下げていく。


「なるほど、どうやら本当らしい」


魔物に向かってナマエは『先生』と言った。もう一人のナマエは、あの魔物を『設計者』と呼んだ。
……ナマエにとってあの魔物は、どのような存在だったのだろうか。



「忌々しい小娘め……! 存在だけに足らず、神の目まで授かるとは……!!」

「えっ、神の目だって!?」



そうだった。ナマエが表に出てきたことの方が1番気になっていたから、雷元素について忘れていた。
もう一人のナマエは元素を使った戦いを全くしていない。また、昔ナマエと過ごしていた時も、元素らしきものは感じなかった。故に、神の目は持っていなかったのだろう。

だから、あの魔物の言う通り……今さっき・・・・神の目を授かったというのだろう。そういえば、風の噂で聞いた限り、稲妻で目狩り令が行われていた際、雷元素の神の目が現れていなかったらしい。


神の目を授かるには、強い願望が必要である事は知っている。その他の要因があるらしいとは聞くが、神の目自体、謎に包まれた存在だ。

あの神の目は、ナマエが抱いた願いに応えて現れたはずだ。
……一体ナマエは何を願ったんだろう。



「これが、神の目……。初めて見た」

「お前は裏切り者だ!! カーンルイアの恥め!!!」


両手で包み込むように、ナマエは神の目を握った。そして、それをボクからは見えない場所に着けたようだ。

ボクの視界には、未だこちらに背を向けるナマエが映っている。
だから、あの魔物の言葉に対し、ナマエが何を思ったのか、どんな表情をしているのか分からない。


「きっとアタシは可笑しい人に含まれると思う。だって、カーンルイアがどうなろうと、何とも思っていないもん」

「なんだと……!!」

「何年も見てきたから分かる。……滅ぼされて当然だと、アタシは思ってる」


ナマエはボクよりも長生きだ。それは、あの魔物によって人の理から外されたからである。故に、カーンルイアが滅んだはっきりとした理由も知っているかもしれない。


「カーンルイア人はみんな罪人だ。当然、アタシもそう。そして、貴方も」


ナマエは片手で両手剣を持ち、その剣先を魔物へと向けた。


「貴方のような考えを持つ人がいたから、カーンルイアは神に滅ぼされた」

「お前は昔からそうだ! 何故憎まない!? カーンルイアを滅ぼした神に対し、何も思わないのか!!」

「思わない」


魔物の言葉に対し、ナマエははっきりとした口調で返答した。その口調は、過去にボクがナマエと過ごした時間の中に、一切なかった芯の通ったものだった。

正直に言えば、話の内容は全く入ってこない。きっとこれは、ナマエとあの魔物の中にある共通認識から来るものだからだろう。


「アタシには愛国心がない。だから、カーンルイアがどうなろうと何も思わない。むしろ、嫌悪さえ抱いてる。けど、1番嫌悪感を抱いているのは……貴方だよ、先生」

「何故だ、私はお前が望んだようにしてやっただろう? 丈夫な身体にしてやったではないか…」


雷の音。それは、ナマエが魔物に向けて雷元素を飛ばしたからだ。
魔物が言い終える前に行動に出た。……それは、ナマエの中で、今の話は怒りのポイントだということだ。


「確かに望んだよ。けど、アタシがほしかったのは『永遠』じゃない!! 貴方は分からないでしょ……っ、大好きな人達を何度も見送ったアタシの気持ちなんて!!」


その速さは雷の如く。
雷元素の神の目の力を使っているのか、その速さは目で追うので精一杯だ。


「くっ、どこからその速さが……!?」

「”人は感情に左右される。機械の私では起こりえない事象です”」

「その声、もしかして!」


どこからか聞こえたその声は、パイモンの言う通り、これまでボク達が関わってきたもう一人のナマエのものだった。
しかし、一体どこから?


「”設計者。あなたは機械でありながら戦える人間兵器を画策し、形にした。その完成形が今、目の前にあります”」

「っ、クソ……っ、クソォ……!!」


そう言えばナマエは、耳を覆い込むような形状の不思議な形をしたものを頭部に着けている。蛍とパイモンが言うには、ヘッドホンというものに似ているという。

聞く限り、あの場所から出ていると思う。今までアラートの音声があの場所から出ていたのだが、もう一人のナマエの声はその時のものによく似ている。


「何故なのだ! お前は私が作ったのだから、私に従うのが通りだろう!?」

「”それならば既に説明は付きます。貴方は攻撃ばかりに重視したために、感情面について見ていなかった。学習能力を身に付けた際に、その点を考慮していれば、私は永遠に貴方にとって都合の良い道具だったでしょう”」

「感情だと? そんなものは不要だ! 現に、その小娘が怯えるばかりで役割をこなさなかったから、お前を造ったのだ!」

「”その時点で貴方は既に見落としていたのです、設計者。人間だというのに、何故気づけなかったのでしょう”」

「何……ッ!?」

「”私は学びました。感情というものは、様々な影響を与える。それは私の計算では図り得ないものです。デメリットを招くときもあれば、メリットを招くこともある。貴方はそれを危惧し、私の中に感情というプログラムを意図的に外した”」


もう一人のナマエの言葉に区切りが付くと同時に、魔物がナマエの攻撃に耐えられず、後ろへ吹き飛ぶ。
両手剣を扱っているのもそうだが、改造された故の強さがあるナマエだ。その力は普通の少女と同じという認識を持っていてはダメだろう。


「”これは全て、アルベドがマスターとなってから知ったことです。だからこそ、私はオリジナルを理解したいと思った”」

「心……心があれば、お前は最初から私の道具となっていたのか!?」

「無理だよ。人を簡単に放棄できる『道具』だと思ってる時点でね」


ナマエが両手剣を振りかざした。それに直撃した魔物は、壁に向かって吹っ飛ばされた。
その威力は簡単に土埃を発生させるほどに、強力なものだった。


「ぐっ……かはっ、こんなはずでは……!!」

「まだアタシの怒りは収まってない。だから、まだ消えないでね……ッ」


土埃が晴れた後そこから見えたのは、割れた壁に叩きつけられたあの魔物だ。どうやらナマエは完全に倒す気でいるようだ。

それもそうだろう。
正直言って、ボクはナマエが怒るような人だとは思っていなかった。想像ができないほど、明るい人だったからだ。


だが、彼女が怒るのも無理はない。
本人が見せた、怒りの中に含まれた悲しみ。……ボクの推測はこうだ、ナマエは身体が弱かったんだ。相手に対し『先生』と呼ぶのは、医者としての意味だとすれば、ほぼ確実だ。

弱い身体を診て貰い、治す術を教えられた。その結果が、今のナマエなのではないだろうか?


「やられっぱなしでたまるか! 来い、この生意気な小娘を殺せ!!」

「死ねないよ、壊されない限りねッ!」


行くよ、お願い!
”お任せください、オリジナル”

そんな会話が聞こえた。
……もしかして、和解したのかな。なんて、本人達から聞いてないのに、勝手にそう思ってしまった。

もう一人のナマエの様子を見てきたから、そうだったら嬉しいなと勝手な妄想してしまったんだ。


「”標的の行動パターンを共有します”」

「ここだッ!!」


遺跡守衛らを倒すナマエは、先程のもう一人の自身と動きが似ているのに、違うと思ってしまう。それは単純に、決まった動きしかできない機械と、同じ動きでも個人差により完璧な模写は不可能である人間の”違い”があったからだ。


「”神の目の解析完了。使う際は教えてください。元素付与を行います”」

「ありがとうっ、じゃあ今できる!?」

「”勿論です”」


もう一人のナマエは、まるでナマエをサポートしているような立ち回りだ。確かに彼女が出てしまえば、あの魔物のコマンドに捕まってしまうだろう。だからナマエが戦っている。

本人達から聞けていないけれど、もう一人のナマエがサポートしている時点で、ボクの予想はほぼ合っているだろう。

……ナマエは戦闘を知らない。または、戦う事ができない。
あの魔物が言っていた、怯えていたと。だから戦闘に使えるようにと、もう一人のナマエが造り出された。


「数が多いなら、強い攻撃で一掃しちゃえばいいじゃん!」

「”以前の状態であれば難しいでしょうが、神の目による恩恵がある今ならば、耕運機のレプリカなど苦ではありません”」

「よし、だったら最大攻撃で行くよ!」

「”お任せください。エネルギーを収束……完了”」


ナマエが両手剣を消す。
そして、両手を遺跡守衛らに向けたと思えば……彼女の手元が紫色に輝き始める。



「___最大火力、いっけえええええぇっ!!!」



強い光が一瞬見えたと思った瞬間、紫色に輝く巨大な光線が放たれた。
その威力は、触れた遺跡守衛が簡単に停止してしまうほどのものだった。


「……最古の耕運機を元に造られた存在だからこそ、この威力なのだろうか」


光線による風圧が、自身の髪と服を靡かせる。
眩しいほどの光線が消え、そこに残ったのは壊れた遺跡守衛のみ。


「ひっ……!? だったら!!」


魔物が攻撃態勢に入った。水元素を纏い、呪文の様なものを唱え始めた。……しかし、それすら許さないというように、紫色の光が邪魔をした、


「ぐあぁっ!!」

「させない。友達を殺させないために……!」


雷元素を纏った両手剣が、魔物に直撃した。
水元素を纏っていたからか、雷元素が合わさって感電反応が起こる。魔物は感電反応により動きを制限されてしまった。



「アタシと”あの子”の報復を受けて___消えて」



感電反応により動けなくなった魔物に向けて、ナマエが両手を構えた。それは、先程見せた巨大な光線を放ったときの構えだ。

まさか、あの火力をまだ出せるというのか?



「私は、カーンルイア復興の為に、消えるためには!!」

「その夢は諦めて。……アタシと同じ人を造る前に、無に帰って」



数秒後、先程と同じ威力の光線が魔物に向けて放たれた。その光線は、感電反応により動きが鈍っていた魔物に直撃。



「がああああああああっ!!!!」



響く魔物の断末魔。
蛍とパイモン、そしてボクはその光景をただ見る事しかできなかった。

……いや、無意識に思っていたのかもしれない。この戦いに割って入ってはダメだと。
この戦いは本人が言っていたとおり、ナマエと、もう一人のナマエにとっての報復だったのだから。



「……さようなら、先生」



魔物の断末魔が消え、余韻が空間に響く中、ポツリと聞こえた声。
それはナマエがあの魔物に対し送った言葉だった。



「……えっと、ナマエ、なのか?」



先程よりも落ち着き、少しだけ余韻が残った空間にパイモンの声が響く。それはナマエに向けられた言葉だ。

それに反応したナマエがこちらを半身で振り返る。……視界に入ったのは、もう一人のナマエの瞳の色、遺跡守衛を彷彿させる金色の様な瞳だった。

……また、ナマエは閉じこもってしまったのか。そう思った時だった。



「___うんっ、そうだよ! 初めましてだね、パイモン、蛍っ」



弾むような動きでこちらを振り返ったナマエ。
その声と動き……そして、左右非対称の金色に似た色と、澄んだ青色の瞳でこちらを見た彼女は、ボクが良く知る笑みを向けていた。






2023/08/18


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