8:追駆リゼンブル
※遺跡守衛の設定について捏造あり
※直接的ではありませんが、ティナリの伝説任務のネタバレあり
それから数日、ナマエが興味を引かれていたこと、好んでいたことを試した。その度にナマエの意識が浮上している様子は窺えたが、肝心の本人が出てくる気配はなかった。
もう一人のナマエも意識の奥底にいる彼女に声を掛けているようだが、上手くいっていない様子。蛍とパイモンは時間が取れる度にボクたちの元へ来てくれていた。
「うぅ、どうして出てきてくれないんだよぉ……」
「きっとナマエの心にできた傷は深いんだよ。その理由は明確ではないけど、断片的に聞いた事からなら推測はできる。……ナマエは誰かを傷つけることが怖いんじゃないかな」
「だからずっと閉じこもっているのかな……」
まだ起動前のナマエを見つめながら会話をしていたとき、音が聞こえた。それは彼女が起きた合図である起動音だった。
「おはようございます、マスターアルベド。そして蛍、パイモン」
「ああ、おはよう」
「おう! おはよう!」
「おはよう」
彼女からの挨拶に対し、ボク、蛍、パイモンも挨拶を返す。前と比べれば協調性が見え始めてきた彼女。僅かだけれど、抑揚がなかった口調も少しだけ柔らかくなっている。
「さて、こいつも起きた事だし今日は___」
「すみません。本日は、私の調べたいことを手伝って頂けませんか?」
パイモンの言葉を遮り、もう一人のナマエが言葉を発する。まさか彼女から話を振られるとは思わず、ボクは勿論、蛍とパイモンも驚いてしまった。
「調べたいこと?」
「はい。皆さんは耕運機についてご存知だったかと思いますが、認識は合っていますか?」
「おう! でも、お前の方が詳しそうだけどな」
「耕運機の詳細について問いたいのではありません。耕運機のレプリカの元へ案内して欲しいのです」
耕運機のレプリカ……停止した遺跡守衛の元へ、か。藪から棒にどうしたのだろう。
「何度かここを離れて連れ出して頂いた際、停止した耕運機のレプリカを目撃しました。あなた方ならどの場所に多くあるのか、ご存知ではありませんか?」
「まあそうだけど……でも危ないぞ」
「問題ありません。元より私は兵器ですので、戦闘はお任せください」
今更だけど、彼女を拠点から連れ出した際、魔物と遭遇することがなかった。何故かと言うと、彼女の持つ機能の1つ『敵性感知』というもののお陰だ。
どの範囲まで捕捉しているかは分からないけど、魔物の姿すら見なかったほどだ、かなりの広範囲だろう。
そんなわけで、ボク達が彼女の戦闘姿を見たのは、あの日だけである。恐らくだけど、目的地に向かいつつも「別のルートから向かう事はできませんか?」「この先は危険です。迂回しましょう」などと声を掛けたのは、ボクたちを危険から遠ざけるため?
そんな気遣い、彼女にできるのだろうか?
……いや、最近の彼女であれば可能性はある。以前までなら、無機質で機械的な部分が目立っていた。しかし、交流を深めるごとに少しずつ変化があった。
その成果が敵性感知でボクたちを脅威から遠ざけたこと、今目の前で起きた、自分の考えている事を伝えるという意思に繋がっているのではないだろうか。
今までなら彼女からの発言はほぼなかったのだ。変化があるのは間違いない。
「うーん、璃月なら集中してる場所があるけど、モンドって言えばどこだろう……?」
「ドラゴンスパインにもあるけれど、道が険しいし、この吹雪だ。長期の探索は厳しいだろう」
いくらキミが環境の変化に惑わされないとしてもだよ。
そう彼女へ向け伝えると、「分かりました」と素直に受け入れた。
「風龍廃墟はどうかな」
「風龍廃墟……あぁ、そういえば!」
蛍とパイモンで話が進んでいる。風龍廃墟に何かあるようだけど、ボクは二人の反応を見ても何の事か予想出来ない。確かにあの場所にも停止した遺跡守衛はいるけど、動いている個体がいる。
「ボクはあまり危険な場所に彼女を連れて行きたくない。だけど、キミたちの中では彼女の求めるものに近い”何か”がある。違うかい?」
ボクの問いに蛍とパイモンは頷いた。そして、彼女の方へと視線を移した。
「貴方は他の耕運機がレプリカだってことを知ってる。だから、風龍廃墟にいる耕運機を見て欲しい。……その前に、聞いてもいいかな」
「はい、なんでしょう。蛍」
「どうして耕運機を調べたいの?」
蛍の問いはボクも知りたいことだった。彼女が問わなければボクから聞くつもりだった。
何故、彼女は遺跡守衛こと耕運機を調べたいのだろう。この場では彼女が1番知っているだろうに。
「この器は耕運機を元に改良を施されています。知識として耕運機についてはインプットされていますが、実際にこの目で見て確認する事で得られる情報があると考えたのです」
「なるほど、だから遺跡守衛……じゃなかった、耕運機を調べたいんだな」
「遺跡守衛? 耕運機は遺跡守衛と呼ばれているのですか?」
「おう。寧ろ、耕運機って言われて分かる人はいないと思うぞ」
「分かりました。あなた方以外の人間と関わる機会があるとは思えませんが、その際は耕運機ではなく遺跡守衛と呼びます」
物わかりが良くて助かる。しかし、彼女をドラゴンスパインの拠点に留めているのは、彼女が人と関わる事が難しいと判断したからだ。軟禁と言っても良いだろう。
けど、それは被害を出さないためともう一つ……奥で閉じこもるナマエを思ってでもある。
いつか将来、ナマエが表に出てきた時、もし何かしら被害を出してしまっていたら……いくら自由の国とは言え、肩身の狭い思いをさせてしまう。それを何としてでも避けたかった。
戦いの場しか知らない彼女に、苦しく辛い記憶が多いキミに、楽しい思いをさせたい。……幸せな毎日を送って欲しいから。
「ここから風龍廃墟は少し遠いね。夜を跨ぐかもしれないけれど、大丈夫かな」
「オイラは問題無いぜ! 蛍は?」
「私も大丈夫。むしろ、思い着いた時にそうなると思ってたよ」
パイモンと蛍は問題ないようだ。発言者であるボクも勿論、問題無い。さて、最後は耕運機を調べたいと願い出た彼女のみだ。
「お気になさらず。一週間程度、戦闘を続けられるほどエネルギーは残っています」
「有り余ってるんだな……」
「よし。なら早速向かおうか。丁度今は吹雪が強くないし、視界もはっきりしているから、降りるには丁度良いタイミングだよ」
ボクの言葉に蛍とパイモンは頷いた。もう一人のナマエはこちらを見つめているだけだったけれど、きっと了承の意思を出しているはずだ。
「それじゃ、風龍廃墟へしゅっぱ〜つ!」
パイモンのかけ声と共にボクたちは行動を開始した。……蛍とパイモンが言う耕運機、遺跡守衛とはどんなものなのだろう。そして、その存在は、もう一人のナマエにどんな影響をもたらすのだろう。
***
「ここが、風龍廃墟」
一日半という時間をかけて着いたのは風龍廃墟だ。ここに来るのは久しぶりだね。何度来ても変わらない風景だ。
「遠くに耕運機のレプリカが歩いていますが、対処しなくて良いのですか」
「無駄な戦闘は避けようぜ!?」
「しかし、危険になり得る対象は早々に排除すべきです」
「それはそうだけどぉ……」
「ねぇ思ったんだけど……遺跡守衛は仲間じゃないの?」
確かにもう一人のナマエにとって遺跡守衛は同じ国から送られた兵器……同胞と言って良いだろう。
そんな存在をあっさりと倒した方が良いと言ってしまうのは、仲間意識としてはどうなのかと思った。
「あれはもう制御が出来ていません。以前の私と同じく、暴走状態へ陥っています」
ですから、停止させた方が彼のためだと考えたのです
そう言った彼女の声音は抑揚の無いように聞こえるのに、どこか哀愁があった。彼女はあの遺跡守衛を見て何を思ったのだろうか。
「お前なりの優しさだったんだな」
パイモンの言葉にボクは無意識に彼女の方へと視線を移した。彼女はパイモンの方を見ており、その表情はどこか驚いている様に見えた。
「優しさ? 私に慈悲の心などありません」
「そうかな? 私にはそう聞こえたよ」
「段々お前のことが分かってきた気がするぜ! 今のお前なら、ナマエも向き合ってくれるはずだぜ! 前のお前は本当に冷たかったからな」
「今の、私なら……オリジナルに?」
蛍とパイモンから掛けられた言葉に、もう一人のナマエは疑問の反応を見せる。
そんな彼女を見た蛍が口を開く。
「確かにあなたは造られた存在で、機械だ。でも私達は自我に目覚めて、感情を持った機械を知っている」
だから、自分の行動に感情がないって否定しないで
そう言った蛍の言葉を、彼女はどう受け取ったのだろうか。
「さ、目的地はこの先だよ」
先を歩く蛍とパイモンを未だに見つめる彼女の背中を軽く叩く。ボクの行動に反応した彼女がこちらを見上げる。
「行こう。キミの求めるものがあるかもしれないんだろう?」
「……はい、マスターアルベド」
実のところ、ボクは何故彼女が耕運機を調べたいと言ったのか、検討が着いている。それは先日、本人から伝えられた”例のアレ”についてだろう。
ここ数日、早めに眠りについていた彼女。しかし、偶にピピッと言った音が聞こえていた。いつもなら聞こえないはず……疑問に思ったボクはそのことについて尋ねるとスリープモードと言う普段とは違う状態で眠っていたらしい。
何故いつもと違ったのかと更に問うと、例のアレについて試行錯誤していたらしい。表側としては眠っているが、裏側……ボクからは見えないところで色々やっているそうだ。
定期的に進捗報告をくれるから、彼女の状況は分かっている。あと一歩の所が納得がいかないようで、そこで今回の行動に出たのだろう。
「しかし、ここは不思議な空間です」
「ここはモンドの四風守護が1つ、風魔龍が住んでいるからね。そう思ってしまうのも当然だと思うよ」
彼女からの質問にボクは答えながら、蛍とパイモンの後を着いて行く。どうやら先導してヒルチャールらを倒しているようだ。一人で倒してしまうなんて、流石だね。
「ここだと近距離まで近付かないと敵性感知が反応しませんね」
「この場所だからかも知れないね。風魔龍の力が影響しているんじゃないかな」
事が収まり、今は自由にしているらしい風魔龍トワリン。敵意がないとはいえ、その存在は強力な物で、ナマエの敵性感知を刺激してしまっているらしい。
だからこの道中よりも魔物に対する反応が薄かったのか。先程の遺跡守衛も、目視で確認できる距離で反応していたくらいだ。少し困っているようだが、残念ながらこればかりは解決はできないため仕方ないで済ませることしか出来ない。
「おーい! もうすぐだぞー!」
彼女から度々来る質問に答えていると、パイモンの声が聞こえた。どうやら目的地のようだ。
「ほぅ、これが」
蛍とパイモンの元へと近付くことで見えた、彼女達の背後に存在するもの。
そこには停止した遺跡守衛だった。これが彼女達が見せたかった遺跡守衛か。しかし、何て所で停止しているんだろうか。
「……これは、まさかプロトタイプの」
停止した遺跡守衛へ近付き、もう一人のナマエはそれに手を伸ばし、触れた。しばらくすると、無機質ながらもその中に驚きが含まれた声と共に、彼女が振り返った。
「なんでそう思ったんだ?」
「レプリカの特徴を知っていますから、違いが分かります。まさか、これがプロトタイプだということを知っていたのですか?」
「あーっ、えっとぉ……」
「あなたに嘘は通用しないから言うけど、ちょっとした事情でこの遺跡守衛と関わる機会があったんだ。その時にこの遺跡守衛は最古のものだって知ったの」
どうやらボクの知らない所で、この遺跡守衛について調べ、その真実を知る機会が二人にあったらしい。だから、彼女にこれを見せたかったのだろう。
「蛍の言葉通り、この個体は始まりにして完成された個体。この耕運機はレプリカには見られないものが複数存在します。……彼ならば、私の疑問を解決してくれる」
そう言ってもう一人のナマエは再び遺跡守衛……元い、最古の耕運機へと向き直る。ボクたちと会話している間もそれに触れていたが、何か読み取っているのだろうか。
「疑問? なんの疑問だよ」
「……マスターアルベドにはお伝えしていましたが、蛍とパイモンにも説明が必要ですね。私の疑問に対する最適な答えへと導いてくれたのですから」
もう一人のナマエが耕運機から手を離す。もしかして全て読み取り終わったのだろうか。相変わらず素早い行動である。
「前にこの器についてメンテナンスを行ったことを覚えていますか」
「おう! それがどうしたんだ?」
「実はあの時、貴女達には伝えていない事実が1つありました。当時、まだ貴女達を信用して良いのか分からずお伝えしていませんでした」
この場所は風が強い。だからボクの髪や服は勿論、蛍とパイモンのそれも風に靡いている。……ボク達の目の前にいる彼女もそう。
彼女の服装は遺跡守衛にそっくりで、布地が全くない。だから、プラチナブロンドの髪だけが風の強さに反応して靡いている。
「ですが、今なら伝えられます。今回、耕運機について尋ねた理由にもなりますから」
その表情は、彼女の背後に光が差しているため見えにくいけれど……今まで見た中で、1番人間らしい顔をしていた。
金色の様な光も落ち着いていて、どこかその奥から澄んだ青い瞳が覗いているような錯覚さえした。それほどに、彼女は今この瞬間は人間のように見えたんだ。
「教えてくれよ。お前が言えなかったやつって一体何なんだ?」
「はい。事前にマスターアルベドにはお伝えしていましたが、改めてお話致します。あの日、この器に施された改造でお伝えしなかった内容、それは___」
ボクは知っているけれど、蛍とパイモンは知らないその話。彼女達はもう一人のナマエの言葉を今か今かと待っていた。
彼女が口を開き、言葉を続けようとした……その時だった。
「!!」
「どうしたんだ!?」
「”敵性反応を感知。目視にて姿を確認できません、警戒してください”」
久しぶりに聞いた、彼女からのアラートメッセージ。彼女自身の口から発していない声。何故分かるかというと、目の前にいる彼女の口が一切動いていないことをこの目で見たからである。
いつもの彼女であれば、冷静な姿で状況を判断する様子を見せているはずだ。しかし、目の前にいる彼女にそれはなく、あちこち視線を彷徨わせて警戒している様子だった。
こちらに危険をもたらす可能性がある存在について察知するのが遅くなっている。やはり、この場所……風魔龍が住まう場所だからこそ、鈍くなってしまっているのだろう。
「うぅ、どこにいるんだよ!!」
パイモンが叫んだ瞬間、ボク達の前に空間の裂け目が現れた。
そして、そこから出てきたのは……
「お前は……アビスの使徒!!」
何をどう見ても魔物としか呼べない形をした存在が現れた。
パイモンはその魔物をアビスと呼んだ。
何をどう見ても、これがもう一人のナマエが感知した敵性対象だ。空間から片手剣を顕現し構える。相手が持つ武器を観察する限り、どうやら水元素を使う魔物のようだ。
「どうしてこんな所に……!」
パイモンがそう吠えた瞬間だった。
「会いたかったぞ……我が最高傑作よ!」
最高傑作?
一体どういう意味だ?
明らかに目線が合っていない。表情は分からないが、その声音から恍惚とした様子を窺える。そして、その言葉を告げた先にいたのは……
「生きていたのですか……設計者」
彼女、もう一人のナマエだった。
その声は「あり得ない」「何故」といった言葉を含んでいるように聞こえた。
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2023/07/17
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