七:千寿菊
「あ、蛍殿にパイモン殿!」
「お、楓真だ!」
再び稲妻を訪れた際、偶然にも楓真くんと再会した。私達の姿を見てこちらに駆け寄ってきた。その手には竹刀が握られており、前に宵宮が言っていた素振りをやっていたのだろう。
「久しぶりでござるな! どこに行っていたのでござるか?」
「モンドや璃月を行ったり来たり。あとは、冒険者が行くような場所、かな」
「わあぁ……拙者もいつか稲妻の外に行ってみたいでござる!」
楓真くんも稲妻の外を夢見る子供の1人のようだ。他の子供も稲妻の外に出ることが夢らしい。鎖国令も終わったことだし、いつか叶いそうな夢だ。
しかし、楓真くんがそれを言うと、どうしても父親の影がちらつく。彼は各地を旅する流浪人だからね。今は北斗の所に身を置いているけれど。
「でも、今の拙者の実力では駄目だ」
「どうして?」
「拙者は弱い。これでは母上を守れぬ……」
しょぼんと顔を項垂れた楓真くん。稲妻の外に出るときは、名前も一緒がいいんだろう。
今の彼は守られる側であることは間違いないだろう。それを自覚している彼は自己評価がきちんと出来ている。
「名前とは最近会えた?」
「一月前に宵宮の姉君の家に泊まりに来ていた。……だが、拙者が起きた時には既に家を発っていた」
楓真くんの発言から、一緒に夜を過ごすことは少ないのだろう。それだけ名前は重要な仕事を行っており、いつも身の危険を抱えている。
「楓真……」
「気にしなくて良い。慣れておるし、母上の仕事は重要であることも承知している」
「でも、本当は寂しいだろう?」
パイモンの言葉に楓真くんは顔を上げる。その表情はパイモンの言葉通り、寂しそうで、悲しそうで。
「わがままなど言えぬ。母上は命を掛けて、この稲妻を守っておるのだ。邪魔をしてはならない」
……けど、本当は。
そう言って声を詰まらせた楓真くん。どうやら先の言葉を言うか迷っているみたいだ。
「聞くだけならできるよ。……言ってみて」
「……かたじけない、蛍殿」
儚げに笑うその顔は、万葉というより名前に似ている。万葉の血が強いようだが、名前の血もしっかり継いでいるみたいだ。
「……本当は、ずっと一緒にいたい。いつか母上が戻ってこなくなるのではないか……そう考えてしまって、怖くてたまらなくなる」
「楓真……」
やはり、その心は母を想う子供だった。しっかりした性格の奥に本音をしまい込んでいる……その点は母親にそっくりだ。
本当は万葉と話したいし、一緒にいたい。けど、そんなことは許されないから避けて、嫌われようとしている。名前は本音を隠して押さえ込んでいるだけなんだ。
「母上はいつも悲しそうで、寂しそうだ。拙者を見つめるその瞳は、拙者ではない誰かを見ているような気がしてならぬ」
楓真くんが言う名前は、楓真くんを誰と重ねてみていたのだろうか。……いや、考えずとも1人しかいない。万葉で間違いないだろう。
「……つかぬ事を聞いても良いだろうか」
「おう、いいぜ!」
「前に拙者を楓原万葉と間違えたであろう? その、2人は楓原万葉の顔を見たことあるのか?」
なんと楓真くんの方から万葉について尋ねられるとは。その意図はなんだろう。とりあえず彼の質問に返答しよう。
「見た事あると言うか、友達だよ」
「友人であったのか」
「もしかして楓真は万葉の顔を知らないの?」
「存じ上げぬ」
「指名手配されてたけど、その……顔とか出てなかったのか?」
「目狩り令のことでござるか? あの時は、宵宮の姉君に家の外に出てはならぬと言いつけられていた故、指名手配等は知らないでござる」
なるほど、そう言う事だったのか……。
宵宮の指示で、と言っているが、恐らく名前が宵宮に伝え、そして楓真くんに告げられたと言う流れだろう。
「……拙者は本当に楓原万葉と似ておるのか?」
「めちゃくちゃ似てるぞ。1回見て欲しいくらいだ!」
なるほど……万葉の顔を知らないのも、父親ではないかと楓真くんが疑問を持たなかった理由の1つなのだろう。
「そこまで言われると、一度見てみたくなった」
どうやら楓真くんに興味を持たせられたらしい。これは名前と万葉を引き合わせるきっかけになれるかもしれない。
だけど今、万葉は稲妻にいるのだろうか……。そこが問題だ。
でも、万葉は稲妻に来たら宵宮の家こと長野原家が建つ稲妻城入り口周辺を歩いているそうだ。実際に目撃したことと、名前が宵宮と交流が深いことの2点が理由だろう。
「せっかくだし、連れ出して見るか?」
「でも宵宮からは止められてるし……」
「宵宮の姉君がどうかしたか?」
パイモンとコソコソ話していると、楓真くんが宵宮の名前に反応した。そうだった、この子耳がいいんだった……!
「もしや、楓原万葉がいる場所を知っておるのか!?」
「え、えぇっと……」
キラキラとした眼差しを受けて、知らないとは言えなくなってしまった……。それに、いるかどうかも分からないため、落ち込ませてしまう可能性もある。
……見てみるだけだ。いる確率なんて低いだろうし、大丈夫だろう!
それに、あの身なりは結構目立つ。先に見つけられればいいだけだ。多分向こうが先に気づく可能性が高いけど……。
「よ、よく見かける場所なら知ってるかな〜? でも、絶対にいるってわけじゃないけど……」
「それでも構わぬ。拙者は見ることができれば、それで良い」
「あの将軍の無想の一太刀を受け止めた英雄だぞ? 話したくないのか?」
「拙者はただ、周りが言うように本当に似ているかどうか確かめたいだけだ。会話を望んでいるわけではない」
あくまで似ているかどうか。会話が目的ではないみたい。目的がはっきりしていて偉いと思うと同時に、普通は憧れると思うけどな……という疑問も浮かぶ。まぁ、もしかしたら楓真くんは名前に憧れているかもしれない。身近な目標と言うと変だけど、名前の実力は高い。
前に一度、仕事中の名前を手伝ったことがあるのだが、淡々と任務をこなすその姿は仕事人そのものだった。綾人さんが高評価していたのも頷ける。
「それじゃあ、その場所に行ってみよっか。あ、宵宮に言わなくても大丈夫?」
「遠い場所なのか?」
「いや、割と近場だよ」
「であれば、心配は無用でござる。紺田村までなら宵宮の姉君の許容範囲内でござる」
「丁度良かった。その辺りで見かけることが多いんだ! なら早速出発しよう!」
「怪しい人を見かけたり、魔物を見たら私に絶対言うんだよ? 戦いに行かないようにね」
「承知した」
いくら鍛錬をしているとはいえ、まだ5歳。魔物や盗賊団、野伏衆と戦えるわけがない。注意深く見ておかないと。
「パイモン、ちゃんと辺りを警戒しておいてね。特に白狐の野からは急激に人気がなくなるから注意してね」
「おう」
ますは初めに、九歩の躑躅が目立つ稲妻城入り口付近を訪れた。……当然だが、万葉の姿はない。
歩き回っていない場合、可能性としていそうな場所が2つある。1つはこの少し離れた場所……薄らと神無塚が見えるあの場所で草笛を吹いているか、その下に降りて釣り糸を垂らしているかのどちらかだ。
「お、楓真じゃん! オッス!」
「宏一ではないか」
「楓真くんだ! こんにちは!」
「緑か。こんにちは」
「あ、本当に楓真くんがいる!」
と、考え込んでいると、どうやら楓真くんは友達と会話している様子。続々と彼の周りに人が集まる様子を見ていると、友人関係は結構広そうだ。……女の子の比率が高いなぁ。万葉と名前の容姿を継いでいるだけあって、結構モテそうな顔してるもんね。
「一緒に遊ぼうよ!」
「すまぬ、今は少々取り込んでおるのだ」
「えーっ」
「今日は難しいが、明日なら構わぬ。それで良いか?」
「分かった! 絶対だよ!」
「感謝する。では人を待たせている故、これにて失礼する」
友達に手を振った後、楓真くんはこちらに駆け寄ってきた。
「すまぬ、友人達に捕まってしまった」
「大丈夫だぞ! 良かったのか?」
「明日に予定を変更して貰ったから、大丈夫でござる」
それで、楓原万葉は?
そう尋ねた楓真くんにいなかった事と、少し離れた場所にいるかもしれないという事を伝える。
「ではそこへ行ってみよう!」
という訳で、思い当たる2箇所の場所へ行ってみたが……残念ながら目的の人物はおらず。
「じゃあ紺田村辺りまで行ってみよっか」
「うむ!」
というわけで、白狐の野を経由して紺田村へ向かう。途中、魔物や野伏衆を見かけたが、こちらには気づいていなかったようで、特に危険な事は無く目的地に着いた。
「紺田村だと、どの辺りで見かけることがあるのだ?」
「狐と遊んでることが多いな」
「拙者もよく狐と遊ぶことがある。とても愛らしいでござる」
子は親に似るってこういうことだろうか……いや、違うか。紺田村周辺で見かける狐の元へと片っ端から向かう。……が、やはりいない。
そもそも彼が現在稲妻にいるという確証がないのだ。いない確率の方が高い。……やはり、確実に会えるときに出直した方が良いだろうか?
「……やはり、そう簡単には会えぬ方なのだな」
「どうして万葉を見たいの? やっぱり自分に似てるから?」
「それもある。……だが。いや、でも母上はそんなこと一言も……」
ブツブツと考え込んでしまった楓真くん。どうやら似ている意外にも理由があるようだ。
「言ってみて」
「……その、母上と楓原万葉は顔見知りなのだろうか?」
「え?」
「前に一度だけ、友人から楓原万葉に似ていると言われた事を話したとき……母上は寂しそうに笑ったのだ」
「……そっか」
「それで、2人は何か知っておるか?」
正直に話した方がいいのだろうか?
けど、宵宮から万葉について明かすことはダメだと言われている。……どうしたら。そう思ったときだ。
「おー、あんたら! 紺田村におったんやな!」
「あれ、宵宮じゃないか!」
「宵宮の姉君」
「楓真もおるやないか。なんや、冒険か?」
「それが……」
楓真くんを前に誤魔化すことが出来ず、正直に万葉を探していたことを伝えた。
万葉の顔を知らないため、楓真くんが一目見てみたいというのが始まりという事も一緒に伝えた。
「……ま、見るだけならええやろ」
宵宮の言葉と反応から、会話はダメだという意図を汲み取る。それは私も理解していたことだ。
「そういえば、なんで宵宮は紺田村に?」
「じいちゃんとばあちゃんの手伝いに来てたんや。いい汗かいたで〜」
「楓真くんの面倒は見てないの?」
「勿論見とるよ。ずっと閉じ込めとくのは教育によくないで。それに、子供は自由でないとな!」
流石宵宮だ。子供の扱いが上手い。
「けど、正直言うと楓真は他の子供より賢いし大人やから、ちょっと苦手なんよ」
「あぁ……なんか分かる気がするぞ」
「全く、どっちに似たんやろうなぁ……いや、両方に似たのかもしれんな」
そう言いながら目を閉じる宵宮。きっと彼女の頭には2人の男女が浮かんでいることだろう。子供らしさの中に混じった両親の面影。あの落ち着き様は5歳児とは思えないもんね。
「それにしても、漸く楓真も万葉に興味を持ち始めたか。前までは少し嫌がっとる節があったんやけどな」
「え、なんでだ?」
「楓真は名前を守れるようになりたいのは知っとるやろ? その気持ちを持った楓真に英雄視されとる万葉に似とるって言われて……少し劣等感をもったんや」
「そこは喜ぶとこじゃないか?」
「うちも思ったんよ。けど、楓真は違った。……似てると言われて、今の自分の実力と万葉の実力を比べてしもうたんよ。ま、このくらいの歳にある悩みやな」
確かにあの年頃は悩み事があるかもしれないけど、楓真くんの悩みがとても5歳児とは思えない……。
「あれ、そういえば楓真は?」
「さっき猛に誘われて遊びに行ったで。まぁ、そのうち戻ってくるやろ」
会話に夢中になっててすっかり忘れていたけど、宵宮は楓真くんがどこにいったのかちゃんと把握してくれていた。……と思った時だ。
「宵宮おねえちゃああああん!!」
「猛。どうしたん?」
大声で宵宮を呼ぶ子供の声。その声の主は猛だった。
全力で走ってきたのか、ゼェゼェと息を切らしている。
「楓真が、楓真が……!」
「落ち着きぃ。んで、楓真がどうしたんや」
「楓真が、刀を持った男の人に……っ」
涙を流し、声を詰ませながら猛は放った言葉に緊張が走る。……刀を持った男の人。幕府の人間の可能性は低い。この辺りで見かけないからだ。
であれば残るのは……野伏衆!
流浪が何故楓真くんを……まさか、彼の両親のどちらかに関係している?
可能性として高いのは、かつて流浪狩りを行っていた名前だろうか……そんなことはどうでもいい。
「どこや!」
「あ、あっち……!」
猛が指指した方向は、薄暗い雰囲気が印象的な鎮守の森だった。何を目的に楓真くんを誘拐したんだ……!
「鎮守の森か……チッ、よりによって薄暗い場所に逃げたか」
「どうしよう、名前に伝えないと……!」
「今、名前は鳴神島おらん。確か、神無塚の九条家に潜入するって言っとったはず……」
「なんだって……!?」
任務内容は伝えないようだが、どこに行くのかは宵宮に伝えているらしい。そして、楓真くんが1ヶ月名前と会ってないということは、潜入している可能性が高い。
「二手に分れよう。うちは楓真を追う。あんた達は社奉行に行ってこの事を神里家の人に伝えるんや!」
「分かった! 綾華達に知らせて、すぐに合流するよ!」
「おん、任せたで!」
途中までの道のりは同じである為、鎮守の森に入った後、二手に分れた。……お願い、無事でいて楓真くん……!
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千寿菊(マリーゴールド)...絶望
ごめん、ごめんね……私の不注意なばっかりに貴女の宝物を危険に晒してしまった……!
どうか無事でいて……!
───蛍
2023年02月26日
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