後日談・一:帰る場所



「あれ、あの後ろ姿は……!」


名前が自身の祖先と相まみえた翌日。
再び元桔梗院本家があった地を訪れると、そこには先客がいた。

名前はその後姿を視界に入れた瞬間、駆け足で向かっていった。拙者はその後を楓真と共にゆっくり歩いて追う。


「綾人様、綾華様、トーマさん!」


拙者たちの目の先にいたのは、神里家の三人、当主の神里綾人、ご令嬢である神里綾華、家司トーマだ。
何故彼らがここに?


「おや、名前ではありませんか。変わりありませんか?」

「はい。皆様もお変わりないようで。本当にお久しぶりです」

「稲妻に戻っていらしたのなら、家に来て下さればよかったのに……」

「お忙しい中時間を割いていただくのも申し訳なくて……」

「相変わらずのようだね」


話し込んでいる中遮ってしまうのはいかがなものかと思い、黙って名前へと近づくが、名前が話している相手が知人だと知ると、楓真も駆け出して行ってしまった。


「綾人の兄君、綾華の姉君、トーマの兄君! 久しぶりでござる!」

「おや、楓真も一緒でしたか」

「お久しぶりです、楓真」

「元気そうで何よりだよ」

「ということは……あぁ、あなたも一緒でしたか」


楓真からこちらへと視線を移した人物……綾人殿はじっと拙者を見る。
今思えば、彼とはこのような距離感で話したことがなかったな。


「久方ぶりでござる」

「楓原さん、お久しぶりです。やはり一緒だと思っていました」

「今でも一緒で安心したよ」


綾華殿とトーマ殿へ簡単に挨拶を終えた後。名前は綾華殿と話に花を咲かせ、楓真はトーマ殿と遊んでいる。
で、拙者は何をしているのかというと。


「しかし驚きました。私が幼いころには桔梗院家の桔梗はすべて燃えてしまったと聞いていましたし、実際にこの地に足を運び事実であることも確認済みだったんですが……」

「にわかには信じられない話かもしれぬが、たった一晩でこの桔梗はまた花を咲かせたのでござる」


綾人殿と共に桔梗の花園を眺めていた。
拙者は愛する二人を眺めていたかったのだが……まあ綾人殿は名前にとって恩人だ。無下に扱うことはできぬ。それに、楓原家は神里家とかかわりがあったと聞いておるしな。


「興味深い話ですね。どうやらこの桔梗たちが再び咲いた経緯もご存じのようですし、お聞きしたいのですが」

「長くなるが、それでも良いか」

「はい、構いません」


本来ならば名前から話すべきであろうが、拙者から話すことにしよう。あの数日間に起きたことは、しっかり名前から聞いておる故、説明できるだろう。



「……本当に、信じがたい内容です。ですが、彼女を見ていると、どことなく雰囲気が変わっているようにも感じ取れます。祖先という存在は一族の始まりなのですから、その血を持つものが憧れるのも当然のこと」


彼女にとって、よい経験だったのですね。
そう言って自分の妹と会話している名前を綾人殿は見つめた。

……そんな綾人殿を見て、ふと拙者は違和感を覚えた。
気にすることではないだろう、何せ名前と綾人殿は上司と部下という関係だったのだ。長い間共に過ごしていたのなら情が湧くのも当然のこと。


当然のこと、だと思っているのだが……今拙者が綾人殿に感じたものは信じがたいものだった。なぜなら、綾人殿は名前が拙者を好いていることを知っていたはず。

……自信のある発言、と思ったか?
当然であろう、名前が拙者を愛していることは当然のことなのだから。勿論、拙者も名前を愛している、名前以上にでござる。


長々と話したが、拙者が思ったこと。それは……。



「名前、少しよろしいですか」

「綾人様。はい、何でしょう?」

「私はもう貴女の上司ではないのですが……まあ良いでしょう。実は元桔梗院本家を再建しようと思うのですが、いかがでしょう?」

「えっ!!? そ、そんなことしていただく理由が……」

「貴女もご存知、桔梗院家は元々神里家の配下にありました。ですが、神里家が衰退していたせいで桔梗院家を守ることができなかった……まだ形が残るこの場だけでも修復できないかと思ったのです」

「ですが、桔梗院家はもう絶家しました。私も正式に楓原を名乗るようになりましたし、もう桔梗院を名乗るものはいないのです」

「何も私は桔梗院という名を戻したいわけではありません。勿論、桔梗院家が絶家したことも把握しています。ただあなた方がまた稲妻に帰った際、きちんとした帰る場所があった方が良いと思ったのですよ」

「綾人様……嬉しいお言葉ですが、気が引けるといいますか、わざわざそんなことをしていただくわけには……」

「私たちの中ではありませんか。それに、人の厚意は素直に受け取るものですよ」

「規模というものがあるんですよ、綾人様!?」

「私はお兄様に賛成です!」

「あ、綾華様ぁ〜〜……っ」



それは、名前を見る綾人殿の視線が、愛おしいものを見る眼差しであったことだ。

……綾人殿。拙者という存在がおり、名前が好意を抱き続ける相手が拙者しかおらぬことを分かったうえで、名前を好いていると言うのか?


「貴女は母親の願いであった絶家を果たしました。ですが、桔梗院家という名は名前だけでも語り継がれるべきだと思ったのですよ」

「……」

「貴女のことです。楓真が望めば桔梗院家の武術を教えるつもりでしょう?」

「綾人様に隠し事は通用しなさそうです」

「ふふっ、貴女が隠してきたことすべてを見抜けるほど、私は鋭くありません。名前は隠すのが上手ですよ。ねぇ、楓原万葉さん?」


名前から拙者へと向けられる瞳は、果たして同意を求めるものだったのか。それとも……名前を狙う男としてのものか。

自分で言うのもなんだが、楓真は拙者によく似ている。髪色が名前の色を強く受け継いでしまっているが、銀髪部分は拙者のもの。幼いがゆえに名前へ似ているようにも見えるが、微かに拙者の遺伝子を継いだものもある。

何をどう見ても楓真は拙者の遺伝子を継ぐ正真正銘の息子であり、名前の子でもある。つまり、心身ともに名前は拙者の色に染まっておるのだ。それを分かった上で名前を奪おうなど考えておるまい。


「そうでござるな。だが、それについては心配無用。拙者なりに隠し事をせぬよう言い聞かせることもできる故」

「ほう? 是非とも聞いてみたいものです。部下の教育に立つかもしれませんからね」


上辺だけはそう言いつつも、裏では名前に対する接し方を知ろうとしているのだろう。そうやすやすと教えるわけがなかろう。


「これは名前のために考案したもの。それに、本人がいる前で明かすことではない」

「それは残念です」

「……あの、綾華様。私の見間違いでなければ二人の空気がとても重たい気がするのですが」

「そうですか? 名前さんに関する話で盛り上がっているだけなのでは?」



……神里家三人が帰った後だが、名前から「二人とも表情は笑顔でも目が笑ってなかった」と言われたのだが……はて、何のことやら。



***



あぁ、そうだ。
結局名前の申し訳ないという気持ちは押し切られ、桔梗院本家の再建は確定した。名前の気持ちとしては、神里家に申し訳ないことと、楓原家のことも考えていたため桔梗院家だけ再建は、という気持ちがあったのだと言う。

だが、拙者は楓原家の再建は望んでいない。それは遠い過去に置いてきた話だ。それでも名前の気遣いには胸が温かくなったし、素直に嬉しかった。

それに、今拙者にとっての喜びは名前の喜びだ。名前が嬉しい、楽しいと言った明るい気持ちを持った時、拙者もまた同じ気持ちになるのでござる。

だから、後ろめたさはありつつも名前が桔梗院本家の再建に喜んでいることが嬉しい。


「次に稲妻へ帰れる日がいつなるか分からないけれど、この地に帰るたびに私はここに居ていいんだって思えるのがちょっと嬉しいんだ」


神里家の三人が帰った後。しばらくの間、桔梗の花が咲き乱れた桔梗院家の跡地に滞在し、風邪を浴びていた。
楓真はトーマ殿に沢山遊んでもらって疲れたのか、名前の膝の上に頭を乗せて眠っている。


「たとえ稲妻になかったとしても、名前の帰る場所は拙者だ。それだけは忘れないでほしい」

「……! うんっ」


稲妻が帰る場所というのは、名前も拙者も同じだ。だが、何よりも身近な帰る場所は拙者であってほしい。そう思うのは普通であろう?







2024年06月02日


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